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閑話・日常編その2

 窓から差し込む朝日の中で、私は目を覚まします。半分寝ぼけたまま、左手の甲を額にあて、いつもとは感触が違っているのに気づきます。

『あ、そうか、夕べは久々に、レミイを脱いで寝たんだっけ』。そのことを思い出し、目を開けます。もう、レミイに入ったまま寝るのが当たり前になっていることに気づき、苦笑しました。


 え? なぜ、レミイを脱いで寝たのかって? べつに理由などありません。単なる気まぐれです。起き上がって左を見ると、ジェーンさん、ミーニャさんはもう起きたらしく、寝床は空になっていました。


 顔を反対側に巡らし、そこに立っているものを見ます。私の分身であり、私のもう一つの姿であり、もう一つの身体であり、もう一人の私でもあるものを。


『動甲冑』レミイ。ダンジョン『知の砦』に隠されていた宝物であるレミイ。『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』であるレミイ。冒険者としての私の命、冒険者としての私そのものとも言えるレミイ。


 こうして、朝の光の中に立つレミイを見ていると、レミイを手に入れられたことが、私にとって人生最大の幸運なのだと、実感せざるを得ませんでした。


 ベッドから降り、夜着を脱ぎ捨てます。そのままレミイに入ろうかと思ったのですが、この時、これも久々に──少し食欲をおぼえたので、考えを変えました。

 荷物から、普段着として使っていたシンプルなワンピースを取り出し、身にまといます。階下に降りると、他の皆さんは、朝食の真っ最中でした。


 私の顔を見て、全員ちょっと驚いた顔をしています。どういうことかと問うと、「普段飲まず食わずのあんたが、食堂に来たので驚いた」とか、「もうレミイの姿の方を見慣れてしまって、素顔の印象が薄くなっていた」とか言われました。人としては自然なことだと思いますけど、何気にちょっと失礼だと思いません?


 軽く朝食を済ませて部屋に戻り、今度こそレミイの中に入ります。下着を含めてすべてを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ全裸で、レミイに背後から身体を密着させます。フッと一瞬、気が遠くなって──次の瞬間、視線が高くなったのが、自分でもよくわかりました。


 私、今、レミイの中に入ったのです。『美しい女性型ロボット』に、姿を変えたのです。ある意味で、レミイそのものになったのです。レミイの中には、何も身に着けていない私がいるのです。


 いえ、今の私、ある意味でロボットのようなものです。生身の人間のまま、血の通った身体のまま、ロボットになったようなものです。なにしろ、レミイに入っている限り、飲まず食わずでも平気だし、下の方の処理も必要無い。疲れることすら無いのですから。


 実際、レミイに入っていると、時々自分がロボットになったような気分に──本当にロボットになったみたいな気持ちになりますが──不思議なことに、それをつらいとは、まったく思わないんです。

 真っ裸でレミイの中に入るのも、レミイに全身を覆われ、硬く冷たい金属の身体になるのも、食事もトイレも必要無く、疲れることも無いロボットのような身体になるのも──もう全然つらくありません。


『私、もう人間でなくなってもいい。ロボットになってしまってもいい。このままずっと、レミイの中に入っていたい。このまま一生、レミイの姿でもいい』

 時々本気でそう思うほど、レミイの中は快適なのです。レミイに入るのが、私、とっても楽しいのです。こうしてレミイになっていると、真っ裸で、レミイの中に入っていると、それほど心地良いのです。

 たとえ、人間に戻れなくなったとしても──レミイの中に閉じ込められ、一生、金属の身体で過ごす羽目になったとしても──私、後悔はしません。

 絶望も、しないでしょう。


 レミイの姿で宿を出て、エルディナの図書館へと向かいます。


 途中、相変わらず目立ちまくりですが、もうほとんど慣れました。恥ずかしいとも思いません。周囲の視線も、もう大して気になりません。

 中には、今の私の姿──レミイの姿に見とれている人もいるようですが、本当の姿でない以上、今の私がどんなに美しくても、今の姿をどんなにほめられても、大して嬉しくありません。いくらレミイが、私のもう一つの身体であり、もう一人の私のようなものだとはいえ。

──いや、もしかすると、すでにレミイは、私の『もう一つの本当の姿』になっているのでしょうか? もう、レミイの姿こそが、『私の本当の姿』だと、言えるのでしょうか?


 図書館に着いても、来館者さんたちには相変わらずジロジロ見られていますが、職員さんたちはもう、ほとんど気にしていません。慣れもあるのでしょうが、「普通の来館者と、何も変わらないのだ」と判ったことも、大きいのでしょうね。


 本棚から、主に博物学関係の本を取り出して、読みふけります。私、前世と同じく、最も関心のある学問は生物学です。この世界、前の世界にはいなかった生き物も多いし、前の世界の生き物と酷似していても、性質が違っていたりします。知るべきこと、知りたいことは、いつまでたっても尽きることがありません。


 ただし、前の世界でもかつてよく有ったことですが、確たる証拠どころか客観性も無しに、思い込みだけで書かれている本や記事も多いので、そのあたりの見極めには注意しないと。


──そんなことを思いながら、書かれた内容に没頭していると──横から不意に、声がかけられました。「あなたがレイミ・ラーダか?」と。


 驚いて顔を上げると、机の脇に立っていたのは、男性ばかり6人の一団でした。年齢・容姿・服装、いずれも見事にバラバラでしたが、それとは逆に、彼らの持つ人としての雰囲気は、全員見事に同じでした。いずれも知的で、かつ生真面目そうな印象なのです。


「そうですが──私に何か御用ですか?」


「私、ユーヴェルニア国立学術研究所の、アラン・エーベル・ラッドといいます。後ろにいる者も、所属や立場は違っても、皆同じ学者仲間です」


「ええ?!」


 先頭の、三十代前半と思われる男性にそう言われ、私は仰天しました。いえ、いつかはこうなるだろうと、予想してはいたのですが──。


「『知の砦』の謎を解いた人物に、話を伺いたい──そう思って来ました」


「え、あ、あの──国立研究所に務めるような学者先生が、私みたいな一介の冒険者に何を?」


「謙遜する必要はありません。あなたは、『知の砦』の謎を解き、いま身に着けている、その鎧を手に入れた。これまで誰にも出来なかったことを、やってのけたのです。もっと誇ってもいい、自慢してもいいはずです」


「え、で、でも──」


「──おそらくご存知だと思いますが、『知の砦』は、我が国の冒険者と学者、およびその関係者の間では、有名な存在でした。これまで、冒険者だけでなく、我が国を代表するような学者が何人も力を合わせて、その謎を解こうと努力してきたのですが、遂に、すべての謎を解くことは出来なかった──。ところが、一介の名も無い女性が、一人ですべての謎を解いてしまったという──。その噂が聞こえてきた時、我々がどれほど仰天したか、想像がつきますか? あわてて『知の砦』の現状を確認したけれど、確かにすべての謎は解かれていました。その謎を解いた人物に、話を聞きたい──我々がそう思うのは、当然でしょう?」


──と、持っていた分厚いファイルを私に見せ──。


「──ここには、『知の砦』に有った謎について、判っている限りのことが記されています。──あなたが、いかにしてあのダンジョンの謎を解いたのか、それをお教え願えないだろうか?」


──これはもう、逃れられそうな雰囲気ではありません。たとえここで拒否したとしても、話に応じるまで、しつこくつきまとわれることは、疑いありません。故に観念するしかありませんでした。「解りました」と。


「では、まず──」


 そう言う学者先生たちの質問に、一つ一つ丁寧に答えます。さすがに学者だけのことはあり、その知性は一般人とは比べものになりません。日常生活とは縁のない高度な抽象概念も、容易に理解してくれました。しかし──私自身について、訊かれるのにはまいりました。私が、いったいどこで、これだけの知性と教養を身に付けたのかと──。


 彼らが疑問に思うのは当たり前、好奇心に駆られるのは当たり前で、そのことは私もよく解ります。しかし私自身としては、プライベートなことをしつこく訊かれてはたまりません。


「私の父は、ルミニアのとある大貴族に仕えていた学者で、これらの知識は、父自身に教わったり、父の蔵書から得たものです」。そう言ってごまかしたのですが、学者先生たち、明らかに釈然としない、どう見ても信じていない様子──。


 結局、「これ以上、プライベートなことについての質問はお断りします」と言って、黙らせるしかありませんでした。


 一つ一つの謎をどうやって解いたのか、大半のそれは、皆さん、容易に理解してくれたのですが──。あの、定積分の問題については、そうはいきませんでした。

 私の説明が、あまり上手くないせいでもあるのでしょうが──どれだけ言葉を尽くしても、概念そのものが、なかなか伝わりません。

 例えを変え表現を変え方法を変え、数え切れないほど説明を繰り返し──どうにか理解してもらえた頃は、すでに夕方になっていました。


「あなたとは、これからも話をしたいと思います。出来れば冒険者などやめて、私たち学者仲間に加わってくれることを、期待していますよ」

 そう言って彼らは去って行きました。それはお世辞でも建前でもなく、本心から言っているように、私には見えたのですが──。


 図書館からの帰り道、私は脳味噌を絞り取られたような気分で、心底疲れたと感じていました。


 え? 待ってください、疲れた──? レミイに入っている限り、これまで疲れなど感じたことも無い、その私が、疲れた──?

 ということは、身体をいくら動かしても疲れないけれど、頭と神経を使うと疲れるのでしょうか? 身体は疲れないけれど、心は疲れるのでしょうか?

 レミイに関して、また新たな謎が、疑問が増えました。


 とはいえ、今はその疑問を解き明かす、あてどころか糸口すらもありません。いつかは解き明かしたいと思うけど、正直、私が生きている間に解き明かせるかどうか、それすら怪しいでしょう。私が今後、どれだけ権威や権力や財力を手に入れたとしても──。


 それに、レミイのことはあくまで学者としての知的好奇心、探求心。より重要な問題を解決するまで、力を注ぐべきではありません。そこのところ、間違えないようにしないと。


 そんなことを思いながら、私は、宿の灯りを見上げたのでした──。

「閑話・日常編が2話続くのはどうか」と思う方も、おられるでしょうが……。

「物語の内容から考えて、起こらねばならないはずのこと」を、この2話で入れておきました。

 レイミことレーニが、家族の運命を知って悲しむのも、『知の砦』の謎を解いたことで、学者たちから様々な質問を投げかけられるのも、物語の中で描くか否かは別として、「起こらなければならないはずの出来事」です。

 時期的にも、これ以上遅いと不自然になる。そう思われたので。

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