閑話・日常編その1
私がこのエルディナに来て、半月あまり。ここしばらく、仕事の無い日は、エルディナの図書館か冒険者ギルドに通うのが、私の日課になっています。
え? 図書館は解るが、冒険者ギルドに通うのはなぜかって? ギルドの書庫には、この世界のモンスターや害獣に関する資料が、大量にファイルされているのですよ。
つい最近判明したばかりの最新情報、学者ですら知らないような裏情報も少なくないので、趣味と実益を兼ね、持ち前の知的好奇心を満たしに通う毎日です。一日中読んでいても飽きません。
しかしこの日は、普段とはギルドの雰囲気が違っていました。ルミニアの革命についての、続報が入っていたからです。
それによれば、革命軍が王宮の中心部に突入した時は、国王も王妃も、第一王子も第二王子も、すでに自害していたそうです。他国に嫁いだ第一王女、行方不明の第二王女を除き、ルミニアの王族はすべて死に絶えたと、続報は伝えていました。
──無論、とっくに覚悟はしていました。予想したことではありました。しかし、それでもなお、ショックはどうしようもありません。悲しみは、どうしようもありません。こうして現実に直面させられると、家族の死という、事実に直面させられると。
今の私が、表情を持たない作り物の顔であることを、これほど感謝したことはありませんでした。
そのまま、部屋の隅でぼんやりしていると──冒険者の一人が、声をかけて来ました。三十前後と思われる、髭面の男性です。
「おい、レイミ・ラーダというのはあんたか?」
「そうですが……私に何か?」
「『知の砦』を攻略したのはあんただっていうのは本当か? その姿は鎧で、それこそがあのダンジョンに有った『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』だというのは本当か?」
「本当ですが……」
「じゃあ…あんた、なんでいつも、その鎧を着てるんだ? なぜ脱がないんだ?」
「『究極の装備』というだけあって、普通の鎧とは違うんです。一日中、いや何日着ていたって、平気なんですよ」
「へえ……それじゃ……あんた、まだ十五歳だっていうのは本当か?」
「本当です」
「信じられんな……背丈から言っても声から言っても」
「聞いていないんですか? 本当の私は、こんなに背が高くはないし、こんな大人びた体型でもなければ、声でもありません。すべて、この鎧のせいなんです」
「ちぇ、つまり、この胸も尻も張りぼてだってことかよ」
そう言って、いきなり胸をつかんできました。そんなことになるとは思っていなかった、私の油断です。しかし当然ながら、許すつもりなどありません。その手首をつかんで、少しばかり力を込めました。
「いてててててててて! なんて力だよ!」
「『動甲冑』ですからね。力では、人間とは比べものになりませんよ」
「冗談じゃない! 危うく、手首を折るところだったじゃねえか!」
「そっちが悪いんでしょう。女の胸をつかんだりしたら、きつい仕返しをされても文句は言えない──。それくらい、解らないとは言わせませんよ? 第一、こんな鎧の上からさわったって、嬉しくないでしょう」
「そっちこそ! 普通、鎧の上からさわられたって平気だろうが!」
「普通の鎧と違う、と言ったでしょう。この鎧は、上からでも、さわられると判るんです」
おかげで、さっき胸をつかまれた時、ちょっぴり気持ち良かったのは内緒です。
「……ちぇ……じゃあ……あと一つ訊いていいか?」
「何でしょう?」
「あんた、その鎧の下は裸だっていうのは本当か? 何も身に着けていないっていうのは本当か?」
「な!」
「あんたが鎧を脱がないのは、そのせいだっていうのは本当か?」
「だっ、誰がそんなことを?!」
「誰がって……昨日から、もうギルド中の噂だぜ?」
「!!」
無言で、その場から窓口へとダッシュしました。そこにいたフォーリイさんの胸倉をつかみ、奥へと引っ張り込みます。
「フォーリイさん! どういうことなんです!」
「な、何が?」
「『私は、この鎧の下には何も着けていない』、そのことが、なぜばれてるんですか?」
「わ、私は何も言ってませんよ」
「じゃあ誰がばらしたんです?! 知っているのは、パーティーの人たちを除けば、フォーリイさんと、あの時(第7話)の……」
そこまで言って、私たち、無言で顔を見合わせました。二人して、あの年配女性職員のところへ押しかけます。彼女、私たち二人を見て、ばつの悪そうな顔になりました。これはもう確定ですね。
「「どういうことなんですか?!」」
「ごめんなさい、問い詰められて、つい……」
「「問い詰められた?」」
「昨日の朝、噂になってたのよ。レイミさんが鎧を脱がないのは、顔を見せないのは、素顔が醜いのか、あるいは何か後ろ暗いことがあるからじゃないかって……。『そうじゃない、ちゃんと理由があるんだ』と言ってあげたら、逆に、その理由は何かと、問い詰められてしまって……」
「冗談じゃあありません! ばれたらどうなるかくらい、解ってたはずでしょう! 私、周りから変な目で見られるなんて、まっぴらです! 鎧の下に何も着けない変態女と見られるなんて、まっぴらです!」
「だから、『あの鎧は、全裸でないと着られない』のだと、言ってあげたのだけど……」
「……だからといって!」
「でも、言い訳がましいけど、いつかはばれることだったんじゃないの? 少なくともいずれ、顔を見せない理由を、問い詰められていたはずだわ」
「……それは……」
「ばらした張本人が言うのもなんだけど、いつかは開き直るしか無かったんじゃないの?」
「う………」
──結局それ以上、何も言い返せませんでした。私が落ち込みながらフロントに戻ると、あの男性と、他に数人の男性が、腕組みして待ち構えていました。
「どうやら本当だったみたいだな」。にやついた顔で、そう言われます。
「!!」。──私、彼らをきっとにらみつけました。しかし、冒険者などやるような男性が、にらまれた程度でひるむはずがありません。逆に、勝ち誇ったような顔で言われました。
「あんた、その鎧の下は裸なんだ。だから、鎧を脱ぎたくないんだ」
一発、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られ──無理矢理、それを押さえ込みます。私が、この動甲冑の力で殴りつけたら、生身の人間など即死ですから。
あの女性職員の言う通り、もう開き直るしかありません。──今後は極力、この鎧については、何も隠さないようにすると、この時心に決めました。
握り締めていた手を降ろし、相手の顔を見据えて言います。
「ええ、その通りです。私、この鎧の下は全裸なんです。何も身に着けていないんです。だから脱ぎたくないんです。でもそれは、この鎧が、『全裸でないと着られない』からなんです。ほかに理由などありません」
「本当かい?」
「本当です。ほかに、それらしい理由など有りますか?」
「う──それは──あんた、裸でいるのが好きなんじゃないのか? あるいは、男の気を引きたいんじゃないのか? 裸になって喜ぶ女は確かにいるし、男の気を引きたがる女は、それこそ掃いて捨てるほどいるぜ」
「──たとえそうだったとしても、痛くもない腹を探られてまで、そんなことすると思いますか? 後ろ暗いことがあるんじゃないかと勘繰られてまで、そんなことをすると思いますか?」
「それは──」。そこまで言って、相手は絶句しました。さすがに、言うべき言葉が見つからないようですね。
「──さあ、この話はこれで終わりです。第一、こんなことで女にからむなんて、自分が『下衆』だと言ってるようなものですよ」
彼ら、今度こそ絶句しています。顔を歪め、『やられた!』と言わんばかりの表情でした。実際、この種の『下衆の勘繰り』には、そのことを指摘してやるに限りますよね。
終わり良ければすべて良し──なのでしょうか? ちょっぴり晴れやかな気持ちで宿に戻り、テウさんを相手に、剣の練習をします。と言っても、ほとんど練習にならない、というのが実状なのですが。
元々私には剣の才能は無いし、多少の攻撃は、鎧が受け止めてくれます。それに──私が、この動甲冑の力で剣を振るったら、練習用の木剣でさえ、相手を即死させかねません。
だからどうしても及び腰に、おっかなびっくりにならざるを得ず──私自身の技倆の向上には、ほとんど役立っていないのが実状です。
結局、私が剣で戦う時には、防御は鎧に任せて、初太刀か、あるいはカウンターでの一撃に賭けるのが最良──というのが、皆さん全員の一致した意見でした。
単純な、力任せの攻撃でも、相手を圧倒できるだけのパワーがあるからだと。
でもそれは、私は戦いに置いては、攻撃も防御も鎧任せだということ。なおかつ、単純なパワー馬鹿だということで──正直、あまりいい気持ちはしません。
それが事実だと、認めざるを得ないからなおさら。
いえ、もちろん、この鎧そのものには感謝しています。この鎧を手に入れられた、幸運にも感謝しています。手に入れられなければ、私はそれでお終いだったかもしれない──そのことも、よく解っています。ただちょっと腹が立つのは、そのことで、時々嫌味を言われること。──今日も、ジェーンさんに言われました。
「レイミ、あんた、その鎧に感謝しなければいけないよ」と。
「解っています。レミイには感謝していますよ」。私はそう答えます。
「レミイ?」
「この鎧のことです。いつまでも、『鎧』とか『この鎧』とか言ってるのもどうかと思ったので──。この鎧、今では私のもう一つの姿で、もう一つの身体のようなもので、私の分身のようなものですから」
「レイミの分身だからレミイか──なるほどね」
「でもレイミ、あんた、本当に感謝しなければいけないわよ。あんたが冒険者をやっていられるのは、そのレミイのおかげなんだから」。ミーニャさんにもそう言われました。
「もちろんです。レミイを手に入れられなかったら、私、今頃どうなっていたか──。そう思うと、本当に寒気がします」
「そうそう──あんた、本当に運が良かったんだ。そのことを感謝すべきだよ」
「まったくです──。皆さんと出会えたことも、レミイを手に入れられたことも、本当に感謝していますよ」
きっかけは嫌味だったとはいえ、女同士のたわいもないおしゃべりは楽しいものです。
「そして──私、いつかはお返しをするつもりです。私に幸運を与えてくれた、この世界そのものに」
意外に思うかも知れませんが、これは私の本心です。私の目的は、前世の知識を生かすことであり、それにより、この世界を少しでも、より良くすることなのですから。
──改めて、そのことを心に誓う私でした。




