第10話 冒険者の仕事(人喰い跳竜編)後編
というわけで、2日後──私たちは今、問題の村に来ています。でも、今さらながらですが、私、この村でも目立ちまくりで──。この姿は鎧だと説明しても、ゴーレムではないかと疑っている人が、未だ大勢いるようです。
私──目立つのにはもう慣れかけてますが、ゴーレム扱いされるのには、慣れられそうもありません。乙女心とプライドの、両方が傷つきますから。
そしてここは、依頼主であるアルゴス卿の屋敷です。応接間に通された私たちの前に、五十歳前後と思われる男性が、二人現れました。やや若く、身なりも良い方が、アルゴス卿自身でしょうか? もう一人は──執事には見えないので、この村の村長さんか何かでしょうか?
「よく来てくれた。私がここの領主、レオン・クリストファー・アルゴスだ」
「当村の村長、ジョージ・ストフェルだ」
私の推測、当たっていたようです。
「当パーティーの代表を務めます、ジェーン・フォッセルと申します」
ジェーンさんが丁寧に、腰を折って挨拶します。普段はぶっきらぼうでも、さすがにこういう時は、きちんとした態度をとるようですね。
「早速ですが、問題の『人喰い跳竜』について、詳しいことをお伺いしたいのですが」
「無論だ。村長に説明させよう」
そう言って、村長さんを振り返ります。話を振られた村長さんは、ソファの上で威儀を正すと、改まった口調でしゃべり出しました。
「事の起こりは、今から半月ほど前のことだ。村はずれの空き地で、とある夫婦者が、幼い娘を二人遊ばせていた。ところが、しばらく目を離した隙に、姿が見えなくなってしまい──。探す両親の耳に、跳竜の鳴き声が聞こえてきた。まさか!と思ってそちらへ向かった夫婦が見たものは──」
「──娘たちを喰らっている、跳竜の群れだった、というのですか?!」
「そうだ。父親は逆上して、跳竜に向かっていったが、同じく餌食になってしまい──。母親からの知らせで村の若い衆が駆けつけた時は、もう跳竜の姿はどこにも無く、有ったのは、ばらばらにされた無残な亡骸だけだった」
「………」。村長さんが、悲痛な顔で歯噛みしています──。ジェーンさんを始め私たちも、同じ顔にならざるを得ませんでした。
「元々、このあたりには跳竜が棲息していたが、今までは、家畜を年に数頭やられる程度だった。ところが奴らめ、それ以来、人間が簡単に捕れる獲物だと、覚えてしまったらしく──。その後のわずか半月で、子供が4人、若い女が2人、奴らに喰われている。もう女子供は、家の外には出せない──男でも、1人では家から出られないありさまだ」
「そんな……」。予想していたより、はるかに深刻な状況に、皆さん顔を歪めて絶句しています──。──鎧の顔に表情は無いとはいえ、私も同じでした。
「とにかくもう、放ってはおけん。一日も早く、退治せねばならんのだ。頼む、奴らをなんとかしてくれ!」
「もちろんです。我々は、そのために来たのですから」
ジェーンさんがきっぱりと、そう断言します。当然でしょう。ここで拒否するようなら、まともな人間ではありません。しかし──。
「ただ──我々だけではいかんともし難いので、協力をお願いできますでしょうか?」
「無論だ、我々にできることなら、大抵のことはする」。これまた当然でしょうね。
「では、まず──奴らをおびき出さねばなりませんが、それに適当な場所は?」
「ある。村はずれに、かなり大きな窪地がある」
「それでは──用意していただきたいものがあります」
「何かね?」
「奴らをおびき出すためのおとりを」
「当然だろうな──他には?」
「他にはいりません。おまかせください」
「大丈夫なのかね? 解っていると思うが、奴らを5匹や10匹倒しても、どうにもならん。群れごと壊滅させない限り、意味が無いのだぞ?」
「解っております。必ず──とまでは言いませんが、少なくとも、おとりに釣られて集まってきた奴らは、全滅させてご覧にいれます」
「──どうやって?」
「どんな方法でかね?」
「それは見てのお楽しみです。まあ見ていてください」
そう言って笑うジェーンさんを、怪訝な顔で見つめるアルゴス卿と村長さんでした──。
その日の午後──。村はずれにある、直径100メートルくらいありそうな、すり鉢状の窪地。その中央に杭を打ち、おとりである山羊を繋いでおきます。
私たち5人にアルゴス卿と村長さん、他に、奴らについて知っているという猟師が2人。総勢9名で、すり鉢の縁にある茂みで待ち構えます。
一抱えほどある小麦粉の袋──私がエルディナから背負ってきたもの──を地面に置き、あとは、『奴ら』が来るのを待つだけです。
幸い今日は、ほとんど風もありません。小麦粉が吹き散らされる心配も無い。おとりに引っかかってくれさえすれば、仕留めたも同然です。
え? 小麦粉なんてどこにでも有るのに、なぜ現地調達しなかったのかって? 粉塵爆発の原理を、世に広めたくないからです。ただの小麦粉が、使い方によっては強力な武器になることを、世間に知られたくないからです。
私としては、この原理を兵器として、使わせたくありません。人間同士の戦争に、粉塵爆発が兵器として使われるなんて、はっきり言って悪夢ですから。
だから、これがただの小麦粉であることは、アルゴス卿にも教えていません。何かの特別な粉と誤解するよう、わざと仕向けています。
パーティーの皆さんにも、決して口外しないよう、念を押しておきました。
──おっと、一つ忘れていました。瞬間的に大量の酸素を消費する以上、窪地が酸欠状態になる恐れが、加えて、多量の二酸化炭素・一酸化炭素が充満する恐れがあります。爆発直後、窪地の中を風で一掃してくれるよう、コペルさんに頼んでおかなければ。
待つこと数時間──日がすっかり西に傾いた頃、奴らが姿を現しました。明らかに警戒した様子ですが、獲物の魅力には勝てないらしく、怖々と、しかし確実に、おとりに近づいて来ます。
念のため、猟師の1人に確認しました。
「『奴ら』の群れに、間違い無いですか? 別の群れという可能性は?」
「間違い無い。ほら、あのひときわでかいやつ。おそらくこの群れのボスだろうが──顔に傷痕があるだろう? だから間違えようが無いんだ」
「数は? これで全部ですか?」
「ああ。群れの正確な数は判っていないが、これまでの目撃情報では、多くて20頭のはずだ。これでほぼすべてと見ていいだろう」
「なら問題無いですね。奴らが、食事に夢中になった時がチャンスです。群れごと吹き飛ばすとしましょう」
「吹き飛ばす? どうやって?」
「まあ見ていてください。風と火の複合魔法です。爆発するので、皆さんその場に伏せてください」
「爆発?!」
「ええ、この窪地を丸ごと一杯にするほどの、大爆発が起こるはずです」
そう言って、全員がその場に伏せた頃、ボスらしき個体が山羊の喉笛に噛みつき、息の根を止めていました。待ってましたとばかりに、他の跳竜も群がります。そいつらが獲物に夢中になったところで──。
「今です!」 「よし!」
コペルさんが起こせる最大級のつむじ風が、袋から大量の粉を巻き上げました。たちまち、上空で小麦粉が、雲のごとく渦を巻きます。その雲が落ちて来て地上に達し、跳竜どもが気づいた時──。
「ジェーンさん!」 「了解!」
普段より大きなファイアーボールが飛んで行きます──。次の瞬間、窪地に巨大な火球が出現しました。高温の爆風が、頭上を吹き過ぎて行きます。見たわけではありませんが、既に知っているジェーンさんたちはともかく、アルゴス卿や他の人たちは、顎が外れるほど驚いたことでしょう。
火球が消えてすぐ、顔を上げて覗くと、跳竜の群れは、皆焼かれて倒れ伏していました。ほとんどは黒こげで、二度と動きませんでしたが、まだ生きて、動いているものもいます。とどめを刺すべく飛び出した時、ひときわ大きな一頭が、その場に起き上がりました。そう、あのボスらしき跳竜です。
そのまま、先頭を走る私の前に立ち塞がります。こうなってもなお群れを守ろうとする、リーダーとしての責任感なのか。もはや助からぬと知って、地獄の道連れにするつもりなのか。いずれにせよ、これは見上げた根性と言わざるを得ません。しかし残念なことに、すでにどう見ても悪足掻きでした。
最後の力を振り絞るかのように、ボス跳竜が私に飛びかかります。とっさにその身体を、両腕でしっかり抱え込みました。そのまま腕に力を込めます。プロレスで言う、ベアハッグの体勢です。
胴体をギリギリと締め上げられ、そいつが苦し紛れに、私に爪や牙を立てます。しかし跳竜の爪や牙など、私の鎧には通用しません。文字通り歯が立ちません。
「死になさい! 人を、それも子供を喰らった時、お前たちはもう、生かしておけなくなったのよ! 悪足掻きはやめなさい! さっさと死になさい! いい加減諦めて、あの世へ逝きなさい!」。そう叫び、さらに力を込めました。
「ギエエエエエエエ!」。断末魔の、身の毛もよだつような叫びが、そいつの口から上がります。バキィ!と派手な音と共に、背骨と肋骨が砕け、その身体から力が抜けました。
私が、死んだボスを地面に降ろした時、もはや跳竜の群れに、生きているものはいませんでした。
──後味の悪い事件でした。人喰いどもは全滅させたとはいえ、村は安全になったとはいえ、死んだ者は帰らないのですから。
復讐など自己満足にすぎません。村の人たちも、喜んだのはほんの一時で、後は皆、沈んだ顔をしていました。
約束の報酬を受け取り、逃げるように村を立ち去ったのですが……。まさか、アルゴス卿およびこの村と、後にあれほど深く関わることになろうとは、神ならぬ身の私には、この時まったく予想出来ませんでした。




