悪の明星(4)
扉の先に続く梯子は思いの外長くて、途中、一メートル四方ほどの足場を幾つか経て最下層にたどり着いた頃には、既に自然光がまったく届かなくなっていた。辿り着いた部屋にも照明は二、三個ほどあったが、如何せん空間の広さに照度が追い付いておらず、不気味なほどに仄暗い。
部屋はざっと見て二〇㎡程度。長く使われてなかったためか、そこらじゅうに埃が積もっている。そして最奥部には鉄製の重厚な扉――古めかしい錠前と鎖で厳重に封じられている――があった。
この扉の向こうがかつての交通機関、シエルの計画が始まる場所。ここを踏み越えたら、後戻りは叶わない。
異界への入口を目の当たりにして、テロ計画の現実味が一気に増す。
退屈という鎧に守られた私の平穏な世界を打ち壊し、甘美で刹那的な終末が、あそこから始まる。私は少し怖いと思った。シエルと私の共謀がもはや妄想では済まなくなってしまう。
無論、シエルと一緒に成し遂げたいという気持ちは確かにある。その役目を誰にも譲るつもりはない。けどそれは、人類史に残るレベルの大犯罪を犯すということ。今の私にそれだけの覚悟があるだろうか。
シエルをみると、いつになく優しい微笑を返してくれる。一糸纏わぬ姿の彼女の手には、錠前を開く鍵はない。
「その扉の向こう、気になるのかしら?」
「……うん」
私はつい反射的に答える。シエルの問いにはなんでも肯定的に返してしまう、悪い癖だ。
つまらない人間ばかりになったこの街で、私だけは他とは違うとしてシエルに選ばれた。期待されているから、裏切れない。
そんな私の性格を、シエルもよく知っている。
「嬉しいわ。でも生憎、鍵を持ってきていないの。……次にここへ来るときは、忘れないようにするわ」
シエルがにやりと笑う。きっとわざと持ってこなかったのだろう。彼女が自分のとる言動に口実や保険をかける時というのは、たいてい私を試そうとする時だ。どんなに強引に私を巻き込んでいても、最後の一押しには必ず私の意思を求める。本質的には私の自由意思を尊重しているのだ。
今回のことも同じ。テロに加わるか否かを問うため、こうして私を試す。次ここに来る時はすなわち決行の時でしかないと、それまでに選ぶ猶予を与えると、そう言っているのだ。
私はシエルが好き。いっそ何もかも強引に決定してくれたなら、きっと私も不満の一つすら漏らさず従う。でもシエルはそれを許さない。
“選択肢を持つ”ということの苦しみを、シエルは敢えて私に課す。シエルは意地悪だ。




