悪の明星(3)
シエルは私と会うたび、毎回何かしら悪戯を仕掛けてくる。今日は噴水の泉に引きずり込んで、頭からつま先までびしょびしょにさせられた。
まんまと引っかかった私はその後、服を乾かす間だけという口実のもとシエルの住処へと招かれていた。私を家に上げたいなら最初から素直に誘ってくれればいいのに。
いつもは大人もたじろぐほど妖艶でミステリアスな彼女だが、一方でこんな子供っぽい天邪鬼さも持ち合わせている。つくづく不思議な少女だ。
「腑に落ちないというなら、濡れたままでも構わないのよ。そのほうがふしだらに見えて素敵」
そしてこんな具合に私の考えてることを見透かして、意地悪な軽口を返してくるんだから敵わない。
上がり込んだシエルの家は家具の一つすら置かれておらず、ひどく生活感を欠いていた。住居というより最早ただの箱である。中等学校に通う私と同い年のはずなのに、シエルは学校制服も持っていない様子。
唖然とする私を見て気を良くしたのか、シエルの悪戯っ子の目がまたも光る。
「それじゃあ全部脱いじゃいましょう」
「えっ!? わ、ちょっと……」
有無を言わさず、シエルは私の衣服を強引に剥ぎ取ろうとしてくる。
自分で脱ぐならともかく人に脱がされるのはなんだか気恥ずかしくて、私はとっさに拒む。しかしシエルは手を止めようとしない。
「や、やめてって……!」
「どうして? 服、乾かすんでしょう?」
「そうだけど……」
「だめかしら?」
見る見るうちにシエルの目の色が変わる。はじめはじゃれているようだったのに、いつの間にかぞっとするほど冷たい目。
その刹那、胸の奥に甘く切ない電流が走る。私はあの瞳に逆らえない。シエルのなすがまま弄ばれることを、むしろ期待してしまう。
「それでいいわ…………本当に可愛い」
抵抗をやめた私にシエルがとろけた視線を向ける。彼女の手つきはやはりどこか淫猥で、ボタンを一つ外すたびに私のウィークポイントを抜け目なくすっと撫でていく。しかし恥部だけは徹底して避けている。すでに被虐心に火がついていた私の心臓は、焦らされるほどに脈動を早くしていった。
然る後に一糸纏わぬ姿になった私を、なぜかシエルは押し倒そうとしなかった。自身も衣服をすべて脱ぎ去ると、ベッドではなく部屋の隅へと向かう。
床には地下へと続く正方形の扉。まさか、公園で話していた地下道路への入り口か。
「たまには真っ暗な所でするのも、淫らで良いと思わない?」
「……もう」
私との交わりですら計画を説明するための理由付けなのだろうか。……そう思うと一抹の寂しさを禁じ得ない。
わずかに陰った私の表情を見逃さなかったシエルは、すかさず肩を抱いてくる。
「二人きりの秘密を、二人の身体で共有したいの。優先順位はリィが上なのよ?」
まったくよく舌が回るものだ。シエルに乗せられているとはわかっていながらも、私は自分の感情に嘘はつけなかった。