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Secret Sanctuary  作者: 空国慄
浅井さんと小野さんの朝
5/10

浅井さんと小野さんの朝(5)

「えっと……どんなことを……言えばいいんすかね……」

「めいっぱい!! めいっぱい私を見下げ果てたように罵ってください!! 今の私は上司じゃありません!! 浅井さんに従順な駄犬マゾ奴隷ですから!!」

「えぇー…………急にそんなこと言われましても……」

 居酒屋での告白から数時間後。浅井さんの家の寝室で改めてコトに及ぼうとする私は、割と唐突に始まったSMプレイにちょっと困惑していた。

 記憶が飛ぶほど酔いまくってる時のノリならともかく、シラフでS役をやれというのは中々難儀な注文だと思いませんか。いやまぁ、ウーロンハイは二、三杯くらい飲みましたけどね。

 ボンデージ姿でひざまずく小野さんはそれはもう、めちゃくちゃ扇情的で、むき出しの背中のやわらかな肉付きに肩甲骨がちょっと盛り上がってる感じとか凄くそそられる。背筋の弧状にくぼんだラインを今にもすっとなぞりたくなる。ってかこうしてると結構私、女の子好きなんだって思う。

「放置プレイ!? 放置プレイですね!? 焦らすのがお上手!!」

「あ、違います」

 そう言って小野さんは早速ノリノリで腰をくねらせてらっしゃいますけど。そりゃあ私だってノッてあげたいですけど! あぁ~どうしてくれようこの温度差!! SMのエの字、いやSの字? も知らない一般ピーポーのつもりだったものですから。でも小野さんのMに火を点けちゃったのは他でもない私なんだよなぁ~!! どうしてくれましょうかねぇ~!!

 一日中申し訳ない気持ちに懊悩していたものだから、ここにきていきなり上から目線で小野さんを罵るだなんてことはとても出来そうにない。いくら告白した直後に相手の家に上がってコトに及ぼうとする厚かましい私でも、それだけは心が痛みます。

「やっぱり放置プレイですね!? 興味がないように振舞って、私を悶々とさせているんですね!! お上手!!」

「本当に違います」

 私のこの若干引き気味な視線すらも小野さんを興奮させるだけでしかない。あぁ、心が通い合ったと思ったのに、早くも遠ざかってる……。

「す、すいません小野さん……やっぱハードル高いっす。かなり置いてかれてる感強いです今」

「初手SM、駄目ですか?」

「駄目です。初手詰んでます。テトリスで言ったら凸の字の巨大なブロックが落ちてきて開幕で画面七割埋まってるくらいあります」

「将棋で言ったら?」

「開幕から王将が竜王と竜馬に四方を囲まれてるくらいあります」

「なるほど…………」

 テトリスじゃ伝わらなかったですか。そんなに世代間の格差ってありましたっけ、私達。せいぜい三、四くらいの年の差しかないはずでは。

 まぁ例え方は若干盛りめだったけど、とりあえずいきなりハードル高いってことは伝わったのかな。

「いつもならSMで高まった後にベッドで思うさま乱れるという順序なのですが」

「定例化してたんすか」

「儀式のようなものです」

「ずいぶんと淫らな儀式があったもんすね……」

 うぅん、どうやら小野さん的にも譲れない所があるみたい。私としても、今までそうしてきたという事実を踏まえて付き合ってあげたい……のは確かな本心。とはいえ、そもそもの方法論とか心構えみたいなものがちょっと分からないし、そこまで奔放なノリに今の自分を持っていけない。

 どうしたらいいものかと頭を抱える私に、小野さんの面持ちは少し哀しげな色を纏いはじめる。

「なら……いいです。私一人だけが盛り上がって、浅井さんを無理やり付き合わせる形になって……意味がないですよね。ごめんなさい。今日はもうやめておきましょう」

 あぁ、小野さんの表情がどんどん曇っていく。こんなんじゃ駄目だ。今日まで散々、私との関係で小野さんを悩ませ続けてきたというのに、ここでまた同じ想いをさせてしまっては。今、ここで私のほうが歩み寄らなきゃ、ずっと同じだ――。

 小野さんをSM大好きな変態にしてしまったのは私なんだから。私自身も変わらなきゃ。SM大好きな超変態にならなきゃ。――うん、こう言うと字面としてちょっと深刻さが薄れてしまう感じはあるけど!

 私は密かに鞄に隠しておいた切り札を手に取る。コンビニで買ってきた百八十ml・三百円のウイスキーだ。

「まって小野さん!!」

「……浅井、さん……?」

 私はどこまで行っても酒がなきゃ生きていけない駄目人間。でも、駄目人間なりに小野さんの気持ちを受け止めて、大切にしてあげたいって思った。だからここに誓う。

「これは羽目を外すためのお酒じゃありません。自分のためじゃなくて今、はじめて小野さんのために飲みます――!」

 意を決し、のウイスキーを――アルコール分四〇%の黄金の蜜を――やにわに喉へ流し込む。

 熱い。喉が燃え上がるようだ。飲み干した矢先から込み上げてくる、重過ぎる芳香。むせ返りそうなほど濃厚なそれは、鼻を抜け、然る後に脳を侵していく。やっぱり安酒は不味い。でも、気持ちの昂ぶりは想像以上だった。

「小野さァァァーん!! いや変態ィィィィーー!! 今すぐそこに跪けェェェェーーーー!!!」

「はっ、はいぃぃーーーー!!!」



 カーテンを透過して陽光が部屋に差し込む。窓の近くで囀る雀たちが朝の訪れを告げる。

 眩く光るシーツの上には二つの裸体。愛し合った数だけ傷ついた柔肌を、互いに癒すように抱きしめあう二人の女。

 やがて申し合わせたわけでもなしに、二人は同時に瞼を開く。真っ白に染まる世界で、生まれたままのお互いが最初に目に映った。

「……小野さん、大好きです」

「…………私もです」

 気だるい身体に活を入れるように、二人揃って伸びをする。少し冷えた身体をほぐすうちに、どことなく快感の余韻が残っているような気がした。

 ウイスキーを次々飲み散らしたけど、思いのほか記憶ははっきり残っている。二人の夜を忘れずに済んだのは何よりだった。

「いい朝、っすね」

 また新しい一日が始まる。今日からの仕事場では、小野さんはどんな顔をしているのかな。

 きっと上司として相変わらず怖い顔をしているのかもしれない。でも私だけが、彼女の本当の顔を知ってる――。

 ふしぎな優越感と背徳感に胸を躍らせながら、私は半ば強引に小野さんの唇を奪った。

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