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災いを呼ぶ箒星

 矢三野刹那の朝は遅い。

 午前7時にスマートフォンのアプリで目覚まし(アラーム)を使っているが、当然のように起きない。起きたとしてもベッドの中でゴロゴロしている内に二度寝してしまう。

 午前10時にようやく刹那は起きた。


「ふぁあ~…………よく寝た……。今、何時だ? あ、もう10時かよ……。朝飯我慢して昼飯を多くするか」

 矢三野刹那の朝に朝飯と言う概念は基本的に存在しない。

 齢16歳でありながら3LDKの立派な一軒家に1人暮らししている刹那の自堕落な生活を注意する者はこの世界の何処にも居ない。

 深夜遅くまで起きてても誰も注意しない、昼過ぎまで寝ていても誰も何も言わない。


 矢三野刹那は無職である。無職であるゆえに学校や会社などの組織に属していない。そのため、時間に縛られない自由な生活を送っている。

 朝食代わりにカフェオレを飲み、パソコンを立ち上げた。

 矢三野家にはテレビは存在しない、ついでに言えば新聞も取っていない。そのため世界情勢を知る媒体はインターネットのみとなっているが、現代の日本ではインターネットさえあれば情報に困ることはないと言うのが刹那の考えだった。


「今日は特に興味を引かれるような記事はないな。うむ、平和が一番♪ 平和が一番♪」

 ニュースサイトで1日の情報を手に入れた刹那は動画サイトで新着の動画を見ることにしている。

 最近は動画サイトと言うのは有料チャンネルでアニメなどが見放題のサービスもある。

 刹那は暇な1日、動画サイトでだらだらとお気に入りのアニメやドラマを見ている。

 思春期の男子としてはかなり残念な引きこもりである。


 だが、それも仕方がない。

 何を隠そう矢三野刹那は純粋な日本人ではない。

 魔法使いなのだ。

 確かに彼には黄色人種としての血と親から貰った日本人としての名が存在するが、正式な日本国籍を有していない。つまり彼は密入国者の不法滞在者なのである。

 不法滞在者の彼は日本社会に必要以上干渉するのを嫌っている。そんな大義名分を抱いているためアルバイトをしない。

 そんな彼が日本で1人暮らしできているのは彼の母の友人であり、日本人の魔法使いの土永清美が手続きをしてくれたからだ。

 かつては世界に数名しか居ない最高ランクの『Aランク』の魔法使いであった刹那はある出来事を境に魔法使いを辞めて日本で上記のような自堕落な生活を送っていた。

 そんな感じで自堕落な生活を送り始めて今日でちょうど1000日目になる。


「退屈……それはこの世で最も恵まれた感覚である。そして同時に最も苦しい感覚でもある」

 このような独り言を言っても聞く人間は矢三野家には居ない、『人間』は。

「刹那、今日はどうしますか?」

 刹那の独り言を無視して、掃除機と洗濯機を足し合わして古代土器のような形に整えたような外見をしている謎の存在が刹那に質問する。

「いつも通りで良いぞ、スイープ。掃除と洗濯だけで」

「了解しました」

 そう言って、スイープと呼ばれた土器のような物は掃除機らしい部位で床のゴミを吸いだす。

 そう、掃除機と洗濯機を足し合わせた土器のような物は清美が作り出した掃除洗濯特化型家事手伝い用のロボット「スイープ」である。

 刹那が自堕落な1人暮らしを送れているのはこの超高性能の掃除ロボットのおかげだ。



 惰性でアニメを観だして約1時間半。

 時刻は12時前になっている。

 刹那の空腹も限界に近くなってきた。

「今日は月曜日だな。と言うことはハンバーガーか」


 矢三野刹那は昼食には人一倍こだわっている。

 月曜日はハンバーガー等のパン類。

 火曜日はラーメン等の麺類。

 水曜日はイタリア料理で有名なパスタ。

 木曜日は焼き魚等の和食。

 金曜日はインドカレー。

 土曜日は豪華なフランス料理のフルコース(念のために言っておくが勿論ランチである)

 そして日曜日は鍋料理のような汁物と決めていた。


 これは矢三野刹那の自堕落な生活の中での最低限の自分ルールである。

「昼飯に行ってきまぁ~す」

 スイープの返事を待たずに刹那は昼飯のために家を出る。

 矢三野刹那は冷凍食品を嫌っている。

 しかし、自炊するのは面倒なので基本的に昼飯は外食で済ませている。

 引きこもりのダメ人間になっている刹那が家を出る数少ない瞬間の1つであり、基本的にこれ以外の外出はない。コンビニ等に行くことがあっても昼食のついでにしている。



 午後1時過ぎ、ファーストフードではなくハンバーガー専門のレストランに行った刹那は空腹だった胃にメインのハンバーガーとサブのフライドポテトを大量に入れ、消費する予定の無い無駄なカロリーを摂取して帰路をのんびり歩いていた。

「はぁ~♪ やっぱ魔法使いなんてやるもんじゃないな。毎日幸せだ♪ 日本に着て良かった♪」

 刹那は魔法使いを辞めてからの自堕落な生活が気に入っていた。

 仕事しかなかった毎日と今の生活を比べると地獄と天国に思える。

 この生活を捨てて魔法使いに戻りたいと、この1000日の間で1日も思ったことなどない。

 つまるところ、矢三野刹那はクズニートと呼ばれる人種なのであった。



 十数分後、家の近くにまで帰ってきた刹那が自分の家の前に10代前半くらいの女の子がもじもじしながら立っていたのに気付いた。

 この瞬間、刹那はなぜ自分の家の前に女の子が居るのかが分かった。

 実は土永清美は刹那が日本で1人暮らししていることが気に食わないようで、たまに自分が受けるはずの仕事を刹那にまわしている。

 つまり、自分の家の前で挙動不審な人間が居れば8割方は仕事の依頼人である。

 残り2割ほどは刹那に恨みを持つ人間の復讐とかなのだが、そんな人間は矢三野家の前でもじもじなどせず、家の破壊工作に移るか、工作活動中の仲間のために周囲を警戒しているか、もしくはインターホンを連打しているかのいずれかだろう。


 うげっ、と先ほどまでの幸せ気分を害されたと言わんばかりの表情で自宅まで歩き、見知らぬ少女に話しかける。

「何か御用ですか?あ、なるほど、そうですか。それはお気の毒ですが、当方では力になれそうにありません。お引取りください。なにとぞよしなに」

「え?あ、あの!!」

 刹那の自分勝手な発言に戸惑う少女を刹那は無視して自宅の鍵を素早く開錠して素早く複数の鍵をかけた。大抵の人間はこれで諦めるか、刹那に失望して諦めるか、何時間も粘って諦めるかのどれかである。


「あ、あの!お願いです!!話だけでも聞いてください!!」

 少女の必死な声と共に扉をドンドンと叩く騒音が刹那の耳を襲う。

(礼儀を知らない女だ……親の顔が見てみたい……)

 篭城を決めた刹那は少女が諦めてこの場を去るのを玄関の傍で待っていた。

 待っていたのだが……。

「お願いです!お願いですから助けてください!!助けてください!!」

 あろうことか、少女は泣き叫びながら刹那に助けを求めてきたのである。

 防音対策も何も無い矢三野家の前の道路で。


(ちょっ!?正気か、あの女!?こんなところでそんな風に叫ぶか普通!?ま、まずいぞ……もしもこれを近所の人たちに聞かれて警察でも呼ばれたら……)

 この状況が招く最悪の悲劇を避けるために刹那はしぶしぶ、しかし速やかに玄関のドアを開けて少女を前に姿を現した。

「あ……」

 感情のままに泣いていた少女の顔は刹那を見た瞬間に明るくなったが、そんなことは刹那にとってはどうでもよく、近所の人の反応である。

 辺りを確認してみると、窓からこちらを伺っている主婦が数人居た。

 もう少し対応が遅れていたら警察を呼ばれていたかもしれない。



「どうもすみません。こいつちょっと情緒不安定でして、医者からも注意されているんですよ。昼間っからご迷惑をかけました」

 深々と頭をさげる刹那を見て少女も自分の取った行動が周囲から見るとどのように見えるのかを理解したようで紅潮しながら刹那同様に頭を下げる。

 誤解と理解した主婦は窓を閉めて家事に戻った。それを確認した刹那はホっと一息ついて少女を殴りたい衝動を抑え少女を家に迎えた。

「これ以上、騒がれても迷惑だ。話だけは聞いてやる。『話だけ』はな」

「は、はい!!ありがとうございます!!」

 絶望的な状況でありながら希望が見えた、と言いたいような笑顔で少女はクズニートである刹那に感謝した。


「はい、じゃあ氏名をお願いします」

「名前はコメット・エクリプスです」

 持て成しの紅茶をテーブルに出して少女の名前を伊達めがねをかけながら事業聴取する警察官のように尋問、もとい質問した。

「年齢は?」

「14です」

「ほぅほぅ、なかなかだね」

「え?そうですか?」

 刹那の反応に戸惑いながらコメットは聞き返した。

「うむ、それで生理は来たかな?」

「え!? ……あ、はい……一応……」

 恥ずかしさのあまり、コメットは顔を真っ赤にしながら小声で返事をした。

「なるほど、では最後に……処女ですか?」

「…………」

 最後の質問にはコメットはもう黙ることしか出来なかった。


「刹那、そういうセクハラはどうかと思いますが?」

 黙ったままのコメットの代わりにスイープが刹那に苦情を言う。

 このように刹那の行動に口を出すのも彼(?)の大事な仕事の1つである。

 行動には口を出しても、なぜか生活には口を出さないようであるが。

「やかましいぞ、これが俺の久しぶりの仕事なんだから」

「セクハラが今の刹那の仕事なのですか……これは報告しないと」

「お前は大人しく掃除と洗濯だけしてれば良いモノを……」

 スイープが五月蝿いので、刹那はボードに貼り付けていたアンケート用紙に「セクハラへの耐性は0、しかしそれを受け入れるだけの精神力はあるようである」と書いてボードを異空間に収納した。


「あ、あの……一応確認しておきたいのですが、あなた様はあのAランクの魔法使い『史上最強ストロンゲスト』様ですよね?」

 コメットが刹那に質問する。

 魔法使いの序列はFからAの6段階に分けられる。

 見習い魔法使いのFから究極の魔法使いのAまでであり、世界で数人しか居ないAランクの魔法使いには彼らに相応しい二つ名が与えられる。矢三野刹那の場合は『史上最強ストロンゲスト』である。


「元な、元Aランクの魔法使いの矢三野刹那だ。そこら辺理解してもらいたいものだな」

「あの……それでもあなたは『あの』矢三野刹那様なのですよね?」

「どの矢三野刹那なのか知らないが、少なくとも俺は元Aランクの魔法使いの矢三野刹那だ。で?そろそろ本題に戻ろう。俺に何を助けろと?アンタか?少なくとも俺はアンタを助ける必要があるとは思えないのだけど?」

「いえ、実は私の故郷のケネティアは今マフィアが潜伏しているのです」

「物騒だなぁ……」

 刹那が飲むヨーグルトを飲みながら適当に相槌を打つ。

 どうやらこの状況でも刹那はコメットを助けるつもりなど無いらしい。


「このマフィアを故郷から追い出して欲しいのです」

「子供でも分かるような簡単な話でありがたい。で?相手の戦力は?」

「……さぁ?」

「『さぁ?』だって?アンタ、正気か?相手の戦力も分からないのに追い出してくれってどういう発想だ?バカなのか?バカなんだろ?とりあえず地元に帰って戦力を把握して用心棒を雇うことを勧めるよ。そして二度と日本には来るな」


「そ、そこまで言わないでください。マフィアの方々は少なく見積もってもBランクが200人は……居るかもです……」

 後半の声に自信がないことは刹那にもはっきりと理解できた。

 Bランクの魔法使いともなればエリートである。そんなエリート魔法使いが200人も居るとなれば彼らに支払う給料は月に並みになるかもである。そんなエリートテロリストが200人も居る組織があるのなら、刹那ものん気でいられないかもしれない。

「そうか、Bランクの魔法使いが200人もか……物騒だな」

 前言撤回、刹那はのん気にシャーベットを食べていた。


「あ、あの……助けてくれないのですか?」

「あぁ、助けない。俺はもう魔法使いなんて面倒なことは二度とゴメンなんだ」

 口元を紙ナプキンで拭きながら刹那は呟く。

「そ、そんな…………」

 コメットは大金を賭けた馬が負けたオッサンのような絶望感を出しながらテーブルに突っ伏した。

「さて、話は終わりかな?なら国に帰りたまえ。安心しろ、良い魔法使いを紹介してやる」

 刹那が面倒くさそうに食器を片付けながら事務的に発言する。


「タライ回しじゃないですか、刹那」

 今度はスイープが刹那に質問した。

「俺には関係ない。どうせ土永清美、『武器庫ヴァルハラ』が『仕事したくないーーー!!』って子供みたいに駄々こねたんだろ?40近くのオバサンなんだから仕事くらいちゃんとしてもらいたいものだ」

 土永清美、通称『武器庫ヴァルハラ』もAランクの魔法使いである。年齢は40歳前後で家族構成は息子1人と娘が1人。夫は他界している。なお、日本人のAランクの魔法使いは刹那と清美の2人だけであり、同時に黄色人種のAランクの魔法使いも彼らだけである。

「少なくとも、刹那にマスターを非難する権利はありません」

「やかましい、俺はもう魔法使いを辞めたんだ。なんで退職したのに仕事をしないといけないんだ?仕事をしないために退職したのに」


「その……なんで魔法使いをお辞めになったのか聞いてもよろしいですか?」

「聞こえなかったか?仕事をしないためだ。それ以上の理由なんて無い」

 刹那はニートになるために日本に着たのではなく、老人のセカンドライフを送るつもりで日本にやって来た。結果はクズニートになってしまったが。

「そんなに嫌になるような何か有ったのですか?」

「人の過去を詮索するのは淑女のすることではないぞ?デリカシーは今後のためにも持っていたほうが良いと思うが」

「あ、あのすみません……」

 コメットはまるでオモチャを取り上げられた小動物のようにしょんぼりした。

(こうも分かりやすいと逆に困るな……今までの奴等は逆ギレしたり、日本までの通行費だけでも取り替えそうとしたり、なんとか説得したりするのに……)


 今までの依頼人との違いに違和感を感じていた。

 今まで刹那に何かを頼むような人間は大抵、強盗や殺人などであり、刹那にとっては仕事と割り切りたくないような物ばかりであった。

 たしかに彼は既に何人もの人間を殺している。

 しかし、彼にも自分を律するためのルールがある。

 誰かに頼まれたから人を殺すのは彼のポリシーに反する。

 だがそのようなポリシーは仕事の前では無意味であり、時には金のために従僕のように他人に尽くさなければならない、それが仕事である。

 仕事を生きがいと言える人間も居るが、刹那がそのような人間ならニートになどならなかっただろう。


 けれど、久しぶりに、本当に久しぶりに善意だけで仕事がしたくなってきたのである。

 今さっき出会った見知らぬ女のために仕事をしても良いかな?と血迷ってしまっている。


 それでも仕事をしないのは例外というモノを刹那は嫌う。例外とは存在せず、例外が存在した時点でそれは例外ではなく実例になる。

 つまり、刹那は刹那がコメットを助けるために仕事を請ければ他の仕事も請けなければいけなくなることを危ぶんでいるのである。


「つまり刹那は例外を作れれば良いのですよね?実例になりえない例外を」

「そうだが、スイープ。お前のお粗末な思考回路が思いつくようなことは俺の思考回路でも思いつくわけである」

「そうですか?ワタシは刹那の能力は評価してますが、刹那は論争などのようなものは基本的に苦手だと記録してますが?」

「そんなことはない、俺を言い負かせる人間なんて世の中にそう居ない」

「なのですか、では良いアイデアをお願いします。例外になるだけの理由を」

 刹那は言い負かされないと強がった瞬間にお粗末な思考回路しか搭載していないロボットに言い負かされたような気分になってしまった。


(だがしかし、実例には決してならず例外にしかなりえないファクターが存在すれば良いのだ。そうすればこの女を気まぐれで助けても他の奴からの依頼から逃れられる……何かあるか?何か……あ、そうだ!)

「おい!コメット・エクリプス!この条件を飲めればお前を助けてやっても良いぞ!」

「え!?本当ですか!!その条件って何ですか!!」

 絶望の淵に落とされたと思ったコメットは刹那の一言で矢三野家に入ったときのように満面の笑顔になった。



「お前、俺の嫁になれ!!」


 その瞬間、矢三野家の空気は死んだ。


 矢三野刹那は史上最強の魔法使いだった。

 けれど、彼は世界が驚くほどのアホなのであった。

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