3/ feel like
時に、一九九九年八月末。とある国の森の中にある施設で一人の男が苦悩したままに息を引き取った。
彼はとある機関の研究員だった。その機関は内部の人間からMoBと呼ばれていた。
そして、彼の研究は世界を変革するのには十分すぎた。
彼は「彼女」を残したまま彼女との約束を果たせずに逝き、そしてそれが結果として「彼女」を生んだ。
†
私がここに存在を開始したとき、私はすでにそこに存在していた。
だから、私にはその時点で存在意義など無かったのではないだろうか。世界には同じ存在は二人と要らない。
そして、私はいつか私のために消えてしまおうと心に誓った。
でも、でも……。
いや、それは私の意思。そうなのだけど、どうしてこんなにもそれを拒絶しようとする私がいるのだろう。私と私が乖離してしまうような恐怖。怖かった。私が一人になるのが。
でも、計画に無いはずの彼女の登場は、私にあることを気づかせてくれた。
†
彼女の名前は浦斗友愛。私が通う学校のクラスメイトだった。
人間でない私は、なるべく目立たないためにも、最初の段階で周りの人間全てに暗示をかけておいた。しかし、友愛、彼女だけはどうしてもその暗示が効かなかった。
そこで私は彼女が「力」を持っているのだと気づいた。
でも、はじめはそんなことどうでも良かった。普通の人間の中にも「力」を持った人間はたくさんいる。塔の力の綻びは私にはどうすることもできない。だから放っておいた。
そしてあの日がやってきた。
計画通り、あの日私の学校に私と同じように人ならざる者が紛れ込んでいた。彼らには知性がほとんどない。
私はそれを殺して、その足で一人で塔へ行くつもりだった。
でも、そこに彼女が現れた。
予想外だった。驚いた。だってありえないのだから。計画されていなかった事象だったのだから。彼女の行動はどの可能性にも存在していなかったのだ。
私はそこで初めて彼女に興味を持った。
だから私は彼女に手伝ってもらうことにしたのだ。
それが私の意思じゃないと気づくのには相当時間がかかったけれども。今は別に惜しくは思ってない。
友愛。浦斗友愛。
今は彼女がいるだけでなんだか落ち着く。
強引に分けの分からない事を言ってこんな場所に来てもらったのに、彼女は文句ひとつ言わない。変わった人間だとは思う。
でもいい。
多分、私を理解してくれてるということが私にとって嬉しかったのではないかと思う。
私は進む。塔をひたすらに上へ上へと進む。
この塔の頂上にある、この塔の基幹部たる神脳を破壊するために。
†
「友愛……、ちょっと止まって」
その日、塔を進み始めて一時間もしない内に、凛乃はふいに足を止めた。
「どうしたの?」
私が聞こうとすると、凛乃は私に静かにするように言った。
彼女はじっと前方の方を睨んでいる(いつものように、表情はほとんど変えていないが)。
私は彼女の視線のさきを見た。でも、そこには壁があるだけ。何もなかった。
「視界干渉系の力――――? いや、空間迷彩……」
「な、なに?」
「友愛、敵がいる」
「敵? 敵って、あのAH?」
「そう。友愛なら見えるかも。よく、視てみて」
私はもう一度凛乃の見ている場所に目を凝らした。
「あ……、なにかいる……?」
うっすらと。うっすらとではあるけれど、凛乃の視線の先には確かに何かがいた。輪郭だけがぼんやりと見える。人の形をしているようだった。
AH。人の創りだした人のような生命体。凛乃も似たような存在であるというのだが、少しだけ違うらしい。
敵である彼らは、塔の操り人形だ。塔に害を与えるものを排除する存在。だけれども、今の今までそのAHには遭遇しなかった。
「友愛。友愛は後ろに下がってて。私一人で何とかなるから……。あ、でも、そうだ。やっぱり友愛の力を借りたい」
「私の力? 私なんかが役に立つかな……」
「うん。友愛の力を使って、アレの姿を捉えてほしい。そして、その視界を私の視界にフィードバックしてほしいの。詳しい接続は私がやる。本当は私自身の力でも捕捉できるのだけど、無駄な回路に力を使いたくないの」
凛乃の言っていることを理解できたわけではないが、彼女の言うことだ。何も問題はないだろう。
私は大きくうなずいた。
「じゃあ、力を」
「うん」
言われて、私は目を閉じる。
そして、自分の奥底にある何かを意識へ浮上させる。それは、第六感のような何かなのだ。まぶたを開くと私の視界は変化している。セピア色のセロファンを通して見たような視界。私の眼は先に立つAHの姿を確かに捉えていた。
目まで隠れるほどの長い髪のせいで性別はわからない。背格好は私たちと同じくらいだ。彼はじっと斜め下を見ているようだった。まだ私たちには気づいていないのだろうか?
「友愛」
突然、凛乃が私の肩に手を置いた。私の真正面に立ち顔を近づけてくる。
「え、ちょっ……」
こつん、と凛乃は自分のおでこを私のおでこにくっつけた。なんだかひんやりとしていた。
「これで繋がった。友愛はアレから目を放さないでね……」
おでこを離すとなんだか不思議な感覚だった。説明しづらいのだけれど、感覚のままに言い表すのなら、私が二人いるみたいだ。
私が二人いて、その二つの感覚が一つに統合されている。
ああ、このもう一人の私みたいな感覚が凛乃の感覚なのか。
凛乃はアレに向き直った。
私もアレを直視する。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
凛乃の言葉に私は気を引き締めた。