(4)今野愛美と言う人
――――――――――――×の衝動……今野愛美と言う人
身体が熱を帯びているのが分かる。
鏡台の前で何度も自分の顔をチェックする。右から見ても左から見ても、どの角度で見ても可愛くいたい。
女ならば少なからず考える事ではあるのだが、自分で実感している程に私は人に見られている事に対して異常なまでの執着がある。
もう家を出る時間にも関わらず、支度がいつになっても終わらない。出来れば、終わらせたくないぐらい。
今日は友人達と遊園地に行く約束をしている。所謂、トリプルデート。
デートと言うのだから、当然、私にも彼氏が居る。
岩田拓真、顔も性格もそこそこの何処にでも居る普通の人間だ。
女の友達の恭子も奈々にも彼氏がいる。私と彼女たちの違いは、彼氏が一般人よりも格好良いというところだった。
可愛さ、美しさで言うなら、私は絶対に彼女たちには劣る事はないだろう。
なのに何故、私よりも良い男が言い寄ってくるのだろうか。それが不服で仕方なかった。
特に、恭子が付き合っている圭介君。圭介君は頭も良い、それにスポーツも人並みに出来る人だ。
そんな圭介君が、私よりも恭子を見ている事が遺憾で仕方ない。
圭介君に逢う度に、身体が疼くのが分かる。圭介君に抱かれたらどれだけ気持ちいいだろうか。
私は拓真に冷めているわけではない。寧ろ今でも大好きなのだ。だって、私を愛してくれるから。
なのに拓真だけじゃ満足出来なかった。いや、満足したくなかった。
何億と居る人口の中で、拓真よりも良い男がどれだけ居るだろうか。所謂、拓真は妥協だ。
恭子に彼氏が出来た時、親友として本当に喜んだ。恭子は少し照れたように笑って報告してくれた。私も奈々も、それを喜んだ。
喜んでいた筈だった。でもそれは表面だけで、実際は憎たらしいとしか思えていない。
奈々には元々、付き合っている彼氏が居たのだが、奈々から報告を受けた時も腹の中で何かが暴れているような感覚を味わっていたのだ。
恭子が圭介君の写真を見せてくれた時、私の中である衝動が生まれていた。
もし、圭介君に逢うことが出来たのなら、その時は圭介君は私を好きになってくれる。
恭子みたいな本音で何も言えない女よりも、私の方が長けているのだから、当然のことだ。
なのに圭介君は私を女として見てくれなかった。そう、恭子の大切な親友としてしか、私を見てくれなかったのだ。
罪悪感なんて微塵も感じていない。だから、拓真と言う彼氏を作ったのだ。
今回、「六人でトリプルデートをしよう」等と言い出したのも私だった。それに裏があるだなんて、誰も思っていないだろう。
馬鹿な拓真は「デートが出来る」と言うだけで無邪気に頷いていたが……。
私、今野愛美と言う人間が、どれだけ可愛い存在か……今回は恭子の彼氏と奈々の彼氏に見せつけてやりたい。
もしも二人が私に迫ってきたら、二人にはなんて報告をしてあげよう。
「急に告白されて……」とか「押し倒されて、気が付いたら裸になってた」とか……。
考えれば考えるほど身体が熱を帯びていく。二人は一体どんな顔をするだろうか。親友がそんな事になったら怒ってくれるだろうか。
世界が一つの物語で出来ているとしたら、私はヒロインであり、全ての人に対してアイドルだ。
口元が弛んで仕方がない。その笑った笑顔すら、愛おしく感じる。
「そうだよね。私が一番じゃなきゃ……あぁ、そろそろ、拓真に電話してあげなきゃ」
携帯を取り出し、マンションの前で待っているであろう相手に電話を掛ける。
「もしもし?拓真?ごめんね…まな、今起きちゃったの……もうちょっと待っててくれる?」
寝起きを演じながら甘ったるい鼻に掛かった声で話す。
「良いよ。愛美が降りてくるまでずっと待ってるから」
「ごめんね?まな、急いでシャワー浴びてくるね。また連絡する」
「分かった。待ってるよ」
そう言って通話ボタンを切った。沸々と笑いがこみ上げる。なんて馬鹿な男なんだろう。
でも当然の事。拓真レベルの男が私を待つのは当たり前だもの。
私はもう一度鏡台を見つめた。うん、誰よりも世界で一番可愛い。大丈夫、今日も愛美は可愛いよ。