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×の衝動  作者: 仲村りさ
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(1)高山奈々と言う人

“恋”とは突然始まり、突然終わるものだ。

――――――――――――×の衝動……高山奈々と言う人


 


 


「終わりましたよ、今日の分のお薬出しておきますね?」

「いつもすみません。有り難う御座います」


目の前に看護婦に頭を下げるとそのまま処方箋を片手に、私は病院を後にした。


高山奈々(たかやまなな)様、トランキライザー、一週間分】


処方箋に目を移す。今ではもう見慣れてしまった字列だ。

心療内科に通い始めて、どのくらいが経っただろうか?正確には覚えていない。

初めの頃こそ、自分は病気なんだと思っていたが、最近ではそうではない。

トランキライザーは向精神薬。つまり、精神状態を安定させる性質を持つ薬物であり、処方されると言うことは自分は情緒不安定なのだと思っていた。

でも今は違う。こんな物を飲まなくても恐らく安定しているのだろう。

別に飲まないと不安になるといった事はないのだが、こうして週に二度、私は心療内科に通っていた。

理由はただ一つ。病弱で可哀想な子であると周りから思われたいから。ただそれだけだ。

病弱であればあるほど得をする。友達も恋人も、全ての人が私に優しくしてくれる。まるで物語の主人公のように。

周りに嘘を吐いているという罪悪感は確かにあったが、病弱であればそれ以上の物を得る事が出来るのだ。


始まりは、小学校で虐めに遭い、幼い頃から引きこもりがちだった私に母が勧めたのが心療内科だった事。

今思えば、この頃から今に至るまで私は嘘を吐き続けていると言うことになる。

薬の効果は凄いもので、高学年に上がる頃にはもうすっかり不安や恐怖がなくなっていた。

学校に顔を出せば、虐めていた子も、そうでない子も、先生でさえも私を歓迎し甘やかしてくれる。

普通の子がやれば怒られるような事でも、私には病気があると伝えると周りは許してくれた。

口々に「この子は病気だから仕方がない」「可哀想ね。辛かったでしょ?」と不憫に思った言葉を言ってくる。

最高に気持ちが良い。世界は自分を中心に回っている。薬という証拠品だってある。誰も私を咎めたりしない。

人間は単純な生き物だ。強い物だけが支配する弱肉強食の世界など昔の話。

しかしその嘘がバレた時、自分は一体どうなってしまうのだろうか?

嘘を吐くと言うことは、それだけのリスクを背負うことになる。そんな事は分かっているのだが……。

一度吐いてしまった嘘を訂正する事も馬鹿らしい。周りから許して貰える保証すらないのだから。

嘘はずっと吐いていると本当になると聞いた事がある。私の精神的な病だってきっと本当になっているに違いない。

 

そんな事を考えながら、私は薬局で薬を受け取り、来ていたバスへと乗り込んだ。

心地良い風が、長く茶色い髪を揺らしている。

今日は最高に気分が良い。雲一つ無い青空の下で自分が嘘を吐いている事を誰も知らないのだ。

つい可笑しくなって口元が緩む。

料金を支払い、一番後ろの座席へと座る。病院の帰りは決まってこの席に座っているのだ。

そして、気が付けば私の特等席になっていた。

鞄から携帯を取り出し、時刻を確認すると、既に十二時を回っている。

今日は友人達と十二時に待ち合わせしているのだが、多少遅れたところで誰も私を咎めたりしないだろう。

病院に行っていたのだから仕方がない。そう思うに違いない。

 

いつもと同じ日常、毎日がカレンダーの通りに進んでいく。

それがある日突然、変貌してしまったらどうなってしまうんだろうか?

マヤの予言は当たらなくとも、嫌な事は当たってしまうし、人の気も簡単に変わってしまう。

こんなに暖かな春の日差しの中、誰もが想像していなかっただろう。

この時、私はあの待ち合わせ場所に向かわなければ、運命の歯車は変わっていただろうか?

 

嘘という罪を重ねることでしか生きられない私は、真実が知られた時、今の人達と共にある事は出来るんだろうか。

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