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4.骨の道へ

<登場人物>

ライアス・クライン:『なんでも屋』を生業とする、エルドア王国の住人。王から請けた依頼によって、時代の大きな波に飲み込まれていくことになる。金色の瞳と、個性的な鎧がトレードマーク。ハーキィが大好物。

フィジー・ロウ:『四大武具』である「サンダースピア」を所有する、エルドア王国の兵士。兵士としては珍しく、丁寧な言葉遣いをする。基本的に無表情だが、冷淡なわけではない。ライアスとギルドの仲裁役でもある。

ギルド・レバンズ:黒髪で顔に傷を負った傭兵の男で、ライアスと共に王の依頼を請けることになった。元マスカー皇国の専属騎士団員で、「ラスタスの剣」を持つ。『なんでも屋』に対して、憎しみともいえる敵愾心を抱いているようだ。

王の依頼により、《骨の道》の調査を任されたライアス・クライン一行は、翌朝ティントレット一家に別れを告げ、《邪木の森》を目指して出発した。文献探しのために、フィジー・ロウと共に派遣された兵士達は、一人が王への報告のために城へ戻り、残りはレインベールの警護にあたるため、港町に残ることになった。出発を前にして、ティントレット伯の一人娘チェキが、女中が止めるのも聞かず、ライアス達と一緒に行くと泣きながら言い張ったため、予定より一刻ほど足止めを食らってしまった。伯は娘のわがままに苦笑しながらも、娘がこんなに人に懐いたことはない、あなた方はいい人だから、きっと生きて帰って来て下さいと、涙ながらに感謝の言葉を述べたので、別れは非常に湿っぽいものとなった。


出発後、一行の中で王の依頼を請けたもう一人の男、ギルド・レバンズは、道すがら終始むっつりと押し黙ったままだった。自分勝手で口の悪いギルドも、チェキに対しては優しく、面倒をよく見ていたため、別れが寂しいのはチェキだけではないだろうと、ライアスは思っていた。故郷に残してきた妹でもいるのだろうか?そう考えたりもしたが、特に確認するつもりもなかった。どの道ライアスに敵愾心を抱き、避け続けているギルドに対して、真相を確かめる術もないのだ。なんにせよ、兄弟のいないライアスにとって、「妹や弟のように可愛がる」ということがどういうことか理解するのは、不可能な話に思えた。

考えてみると、ライアスには家族の記憶があまりない。父親はライアスが生まれる前に死んでおり、母もライアスが幼少の頃に、病気で亡くなった。髪が長く、優しい母親だった。それぐらいの記憶しかない。ただ一度だけ、父親のことを話してくれたことだけは、はっきりと頭に残っていた。病で床に伏しながら、母はライアスの頭を撫で、お前は本当に父親によく似ている。その金色の瞳が、父さんの血をより濃く受け継いでいるのだろうと、呟くように言った。そして涙を堪えながら、ライアス、強くなりなさい。この先何があっても、動じない強さを身につけなさいと、諭すように繰り返した。母の涙が頬を伝うのを見たのは、後にも先にもこの時だけだった。

ライアスは、先ほどからずっと先頭を歩いている兵士の格好をした男、フィジー・ロウに目を向けた。エルドア王国から、今回の任務のため遣わされた兵士である。左手には《四大武具》の一つであるサンダースピアをもっている。ライアスは、フィジーがレインベールで言いかけたことを思い出していた。フィジーはライアスが、自分自身ですら知らない能力を持っていると言った。自分は一体何者なのだろうか?生まれてからずっと、自分はなんの取りえもない、エルドアの一市民だと思いながら暮らしてきた。自分の誕生の秘密など、考えたこともなかったのだが・・・


と、その時、フィジーが急に立ち止まった。物思いに耽っていたライアスは、危うく背中に衝突するところだったが、なんとか持ちこたえた。

「どうした?フィジー」

フィジーの背中越しに前方を覗き見たライアスは、その光景に目を疑った。村が・・・否、村であったであろうと思われる、瓦礫の山が一面に広がっている。

「邪木神の襲撃を受けた村のひとつでしょう」

フィジーは無表情に言ったが、少し声が強張っていた。ライアスは周りを見渡した。村に生えていたであろう木々はことごとくなぎ倒され、建物はこなごなに粉砕されている。いたる所に、何かが這いずり回った跡のようなものが残されていた。村の者は避難したのだろうか。人の姿は一人も見受けられなかった。

「・・・酷いもんだな」

いつの間にか隣りに追いついたギルドが、吐き捨てるように呟いた。

「しかしこいつは、相手さんは相当の力持ちで、相当大きな体格をしてらっしゃるようだな」

ライアスは昨日見た文献を思い出した。邪木の森の統率者、《邪木神・バグガドーラ》は、全長二十メートルもの巨大な木の姿をした魔物で、その重さは数十トンにもなる。人間など、蟻のようなものである。こんなものが大陸に存在するとは考えられなかったが、眼前の現実は、その存在を大きく裏づけているように思えた。

「見たところ、この村はごく最近襲撃を受けたようです。相手もそう遠くには行っていないでしょう。ひょっとすると、近くに残党がまだ残っているかもしれません。十分気をつけてください」

フィジーはサンダースピアをしっかり握り締めると、残骸の中を進んで行った。ライアスとギルドも剣を抜き、フィジーに続く。


しばらく進んでいくと、ふとフィジーはまた立ち止まった。

「フィジー、どうした?」

ライアスが聞くと、フィジーはシッと人差し指を口に当て、じっと耳を澄ました。

「人の呻き声が聞こえました。この辺りに生存者がいるのかもしれません・・・ちょっと手伝ってもらえますか?この石を動かします」

そういって、フィジーは近くの瓦礫の岩を取りのぞき始めた。ライアスとギルドも、黙って手伝った。岩をどけていくと、大きな岩の隙間に、男が倒れているのが見えた。深い傷を負っているが、まだかろうじて息がある。男の背中に乗った巨大な岩を、三人がかりでようやく押しのけ、引っ張り出した。背骨が砕けているようだ。

「大丈夫ですか?」

フィジーが聞くと、男は薄く目を開いた。

「あんた達・・・こんなところへ何をしに・・」

「ここを襲った魔物たちを探しています。一体ここで何があったのですか?」

男はぎゅっと見を閉じ、恐ろしい記憶を引き出すのに苦労しているようだった。しばらく黙っていたが、なんとか喋りだした。

「三日前に、どでかい木の形をした魔物がたくさん現れて、村を荒らしまわった。ろくに警護兵も配備されない、こんな辺鄙な村を・・・村民の多くは避難したが、俺は逃げ遅れちまった・・・」

「魔物がどちらに行ったか分かりますか?」

「分からない・・・ただ夜になると、骨の道の方から大きな声が聞こえるんだ。地鳴りのするような、恐ろしい・・・狂った魔物の鳴き声だ。あの日も聞いた。でかい魔物だった・・・神木が動いてるかと思った」

フィジーはライアスとギルドに目を向けた。ライアスは黙って頷く。邪木神バグガドーラに違いない。村を襲撃したあと、骨の道に戻ったのだろう。フィジーは再び男の方に目を落とし、聞いた。

「動けますか?」

男は弱々しく首を振る。

「いや、無理だ。置いていってくれ、どうせ助からない・・・ただ」

「ただ?」

「すまん、行きずりのあんた達に頼むのもなんだが・・・もし家族に、俺の家族に会うことがあったら、これを渡してくれ」

そう言って、男は手の中に握りしめられていたものを、三人の前に差し出した。古いペンダントだった。血まみれでよく見えなかったが、表面には向かい合ったライオンが彫刻されている。紛れもない、マスカー皇国の紋章だ。

「あんた、名前は?」

ふいにギルドが口を開いた。

「コールだ、コール・レジャー。妻と、5歳になる息子がいる・・・」

「分かった。もし生きて帰ったら、必ず渡す。約束する」

ギルドがペンダントを受け取ると、男は満足そうに「ありがとう」と言い、目を閉じた。フィジーは即座に脈を確認したが、黙って首を振った。――息を引き取っていた。


男を近くの高台に埋葬した後、三人は改めて《骨の道》に向けて出発することにした。邪木神の位置は分かった。あとは計画を実行するだけである。しかし邪木神の圧倒的な破壊力を目前にした一行は、道すがらも黙りがちであった。骨の道までの道中で、一行は幸いにも魔物と遭遇することはなかった。邪木神と対峙するまで、無駄な体力を消耗したくなかった一行にとっては、快調な出だしといえたが、あまりにも静かな様子が、逆に不気味でもあった。


そして出発から四刻ほど歩いた末に、一行はついに骨の道の入り口に到着した。しかし、入り口といっても、ただ一面に森が広がっているだけで、ここからという明確な境界線はないようだった。ただ所々に、「この先危険」と書かれた、ボロボロの看板が立てられている。

「なんだか拍子抜けだな」

ギルドが言うと、フィジーは苦笑した。

「まあ、現実はこんなものですよ。《骨の道》といっても、実際に道があるわけではないですし。魔物の生息域が、まるで道のように大陸を分断しているというだけの話ですから」

「ということは、この先はそのまま《邪木の森》ということだな」

ライアスの問いに、フィジーは頷く。

「その通りです。ここから先は、邪木神の支配下にあります。くれぐれも気をつけてください。それでは、行きますよ」

そう言うと、フィジーは相変わらず無表情に、さっさと森の中へ進んで行った。

「あいかわらず、感慨もクソもない男だな」

ギルドは呆れたように言ったが、それっきり何も言わず、森の中へ入っていった。ライアスも黙って後を追った。

 

森の中は薄暗く、辺り一面に薄く霧がかかっていた。不気味なほどシンと静まり返り、三人の歩く足音だけが響いた。本当に生き物が住んでいるのだろうか?ライアスは辺りを注意深く観察しながら、いつでも剣を抜けるように気を配った。と、その時、物陰からガサガサ音がした。三人はさっと身構える。ちょうど一行を挟みこむ形で、邪木が三体姿を現した。待ち伏せしていたのは明らかだ。上背三メートルはある木の鱗をまとった魔物で、幹の中央部分には、目玉らしきものが四つ並んでいる。目玉の下には大きな切れ込みが入っており、ギザギザに裂けて大きな口のようになっていた。無数に生えた枝のうち二本が長く腕のように伸び、鞭のように左右へ湾曲している。蛸の足のように伸びた根は大地に根付いておらず、ズルズルと引きずっていた。

「ようやくお出ましか」

ギルドが呟いた。と同時に、右手を前に突き出し、気合を込めた一声を発する。腕が赤く光り、正面にいた邪木の枝から火花が散った。火の手は一気に枝を全体を覆い、邪木は苦しそうに悲鳴を上げた。

「《火炎》が使えるのですか」

フィジーが驚きの声をあげる。ギルドは素早く剣を抜きながら、にやりと笑って言った。

「ご覧の通り、付け焼刃だがな。俺が奴を倒す。他の二体は任せたぜ」

言うや否や、苦しむ邪木に向かって行った。ライアスもさすがにギルドの手際には、驚きを隠しきれなかった。さすが元マスカー騎士団員だけあって、戦い慣れている。口先だけではない。

「私はあちらの一体を倒します」

フィジーは言うと、サンダースピアを頭上に掲げて、何かを唱え始めた。槍の先が煌々と輝き出す。次の瞬間、一体の邪木の周りを閃光が包み、金切り声を上げながら苦しみ出した。これが《四大武具》の力・・・ライアスはしばしその情景に見入っていたが、我に返って邪木の最後の一体に向き直った。自分にはギルドのような《火炎》も使えなければ、フィジーのような《四大武具》もない。しかし剣術と素早さにおいては、誰にも負けないと自負している。ライアスは息を大きく吐くと、愛用の片手剣を握り直し、邪木に向かって行った。


<第四話・完>


第五話に続きます。

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