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3.港町レインベール

ここはエルドア王国の南、《骨の道》から二十kmほど西に位置する町、レインベール。他国との海上貿易の拠点として、古くから栄える港町である。王の依頼を受け、《骨の道》の調査に訪れたライアス・クライン一行は、現在町の中でもひときわ立派な、ティントレット家の邸宅に滞在している。結局、ライアスが王の依頼を請けてからの採用者は一人もいなかったようで、出発時のメンバーはライアスと黒髪の男、ギルド・レバンズ。そして《四大武具》のひとつ、サンダースピアを所有するフィジー・ロウ以下、数名の兵士のみだった。一行は三日前に到着したが、相変わらず調査の具体的内容は明らかにされず、フィジーと兵士達は何やらゴソゴソと、邸宅内にある古い文献を調べていた。

この豪邸の主であるロバート・ティントレット伯は、豊かな口髭をたたえ、落ち着いた初老の紳士で、その厳格な印象とは裏腹に、とても心優しい好人物だと、この三日間でライアスは感じ取っていた。この家には他に伯爵の娘と、小太りの女中が一緒に住んでいたが、女中は兵士が恐ろしいのか、あまり姿を現すことはなく、ライアス達に決まってちょっかいをかけてくるのは、ティントレット伯の一人娘、十二歳のチェキ・ティントレットであった。

チェキは一行の持つ武器や防具がよっぽど珍しいのか、興味津々に色々聞いたりした。中でも特にライアスを驚かせたのは、チェキがギルドによくなついたことだ。ギルドは横柄な男ではあるが、それほど悪い人間ではないようで、チェキの良き話し相手となっていた。ライアスは王の間以来、ギルドと全く口を利いていなかったが、向こうも話しかけてくる様子はなかったので、別段気にしていなかった。きっと《なんでも屋》に対して、過去に何かしら因縁があるのだろうと、そう結論することにしていた。


今日も朝からフィジー達は、書庫にこもって文献をあさっているようで、暇を持て余しているライアスは、先ほどから武器の手入れをしているギルドにチェキがが話しかけているのを、ぼんやり聞いていた。

「ギルド、これはなぁに?」

「ああ、こいつは剣が錆びつかないように、手入れするための道具だ。普通は油を塗るだけなんだが、こいつは特別なやつでな。とある砂漠に自生するクロサボテンという植物から採れる粘液を加えることで、更に錆びにくくなるんだ」

ギルドの隣りで手入れの様子を眺めながら、分かっているのかいないのか、チェキは「へぇー」と呟いた。

「でもギルドの持ってる剣は大きいから、手入れも大変だね。その剣、名前はあるの?」

その質問に、ギルドがチラリとこちらを見たのを、ライアスは感じ取った。剣の名前を言うことに、何か問題でもあるのだろうか。明らかに答えるのを一瞬ためらった様子である。しかし、きょとんとするチェキの顔を見て、ギルドは観念したようだった。子どもの忌憚ない質問に嘘はつけない、ふと浮かべた苦笑が、そう言っているように見えた。

「この剣はな、《ラスタスの剣》という」

「らすたすの・・・けん」

意味なく反復するチェキの声を聞きながら、ライアスはギルドのためらいの意味が理解できたように思えた。《ラスタスの剣》――《骨の道》が分断する四国のうち、北東に位置するマスカー皇国において、皇帝専属である護衛騎士団員の特に功労を挙げた者にのみ与えられる勲章で、《四大武具》に次ぐ由緒ある大剣である。そんな由緒正しいマスカー皇国の騎士団員が、《なんでも屋》まがいの傭兵をしている。それが意味する答えは限られていた。品行不良で首になったか、何か特別な理由で辞めざるを得なかったか――ライアスは、ギルドの顔面に走った古い傷跡に、何か関係があるのだろうかと、ぼんやり考えた。


チェキが女中に呼ばれて部屋を出て行くと、ギルドは手入れの手を止め、ライアスの方に近寄ってきた。先ほどのやりとりを聞かれたことが、気に障ったのだろうか。

「おい、さっきから聞き耳立ててるのは分かってるんだぜ。俺は確かにマスカーの騎士団を首になったが、誰にもとやかく言われるようなことはやっていないつもりだ。今は確かに雇われ者の傭兵だが、《なんでも屋》にだけは馬鹿にされたくない、屈辱だ」

いわれのない敵意にいい加減うんざりしていたライアスは、ギルドを睨みつけた。

「誰も馬鹿になどしていないし、こちらこそ言いがかりをつけられるような覚えはない。《なんでも屋》によほど嫌な思い出があるらしいが、あんたの過去の因縁に、俺を巻き込まないで欲しいもんだな、レバンズ候」

皮肉たっぷりにギルドの名前を呼んだ。ギルドの顔が見る見る赤く染まっていく。

「貴様・・・!」

ギルドは激昂し、今にも跳びかかりそうになった。ライアスもやむをえず身構える。

しかしちょうどその時、扉が開いて人が入ってきた。二人はお互いをけん制しながらも、扉の方に目をやった。フィジーが書庫から帰ってきたらしい。手には分厚い書物を数冊抱えていたが、二人の険悪なムードを見るやいなや、眉をひそめた。

「これから共に戦う者同士が、仲違いとは感心しませんね」

フィジーは開口一番そう言い、つかつかと部屋に入ってきた。無表情な顔の中にも、疲労の色がはっきりうかがえる。ここ三日間、ろくに睡眠もとってないのだろう。明らかにイライラしているようだ。ギルドはしばらくライアスを睨んでいたが、フンッと鼻を鳴らして座りこんだ。ライアスは少しホッとして、フィジーに目を向ける。

「・・・で、探し物は見つかったのか?」

「ええ、ようやく見つかりました。膨大な量の書物があるので、探すのに苦労しましたが。《骨の道》と《邪神》についての文献です」

フィジーは近くにあったテーブルの上に、文献を並べながら言った。先ほどとはうって変わって、少し興奮した面持ちである。ライアスは文献のひとつを取って、数ページ眺めてみたが、全く知らない文字がぎっしり並び、解読は不可能だった。ギルドもいつの間にかテーブルに近寄り、文献をパラパラめくりながら眉を寄せていた。ギルドも知らない言葉らしい。


文献を揃え終えると、フィジーが説明を始めた。

「これは古代のビザ文字で書かれた文献です。今でも《骨の道》の奥地には、ビザ族の末裔が生き残っていますが・・・」

「《腐民》、か」

ギルドが口を挟んだ。フィジーは頷く。

「蔑称ですが、そのように呼ばれることもあります。彼らは種族戦争の頃から歴史に深く関わっている民族で、貴重な文献を多数残しています」

「それで、《腐民》の書物を引っ張り出して、一体これからどうしようっていうんだい?こちとら屋敷に三日も缶詰なんだ。そろそろ仕事内容を明らかにして欲しいんだが」

ギルドもライアスと同じく、今の今まで仕事の具体的内容が分からないことに、苛立ちを隠し切れないようだった。フィジーはゆっくり頷いて、口を開いた。

「分かりました。説明しましょう。しかしその前にまず、《骨の道》と《邪神》についてお話しなければなりません」

「そんなもんはもう知ってる!」

ギルドが怒鳴るのを、フィジーは即座に制した。

「ライアスさんはご存知ないようですので。それにあなたの知らない情報もあるかもしれません。《骨の道》の内部の詳しい事情は、これから入る我々にとって欠かせないものです。それにギルドさん、あなたも、そこまで深くは知らないはずですが」

フィジーは相変わらず無表情で、落ち着いた雰囲気だったが、その眼光の鋭さは、底知れぬ威圧感を発していた。ギルドもそれは感じたらしく、バツが悪そうに頭をかいた。

「分かったよ・・・続けてくれ」

「ありがとうございます。ではまず、《骨の道》についてですが、この地図を見て下さい」

フィジーは世界地図を取り出し、大陸を縦横に分断する黒い線を指差した。

「我がエルドア王国は、《骨の道》の北西に位置しています。そして南西にルバナン王国、北東にマスカー皇国が接し、南西にあるのがレイトリック王国です。周りを囲むこの四つの国沿いに接する部分が、《骨の道》において、それぞれ《邪木の森》、《邪層の断崖》、《邪獣の丘》、《邪竜の里》と呼ばれています。現在我々がいるレインベールはここ、《邪木の森》から少し西に行った所です」

フィジーは地図上の現在地を指差した。《邪木の森》のすぐ隣りに位置していた。フィジーはライアスに少し目を向けてから、続けた。

「続いて《邪神》についてですが、《骨の道》にはそれぞれの地域を統率する魔獣が存在します。《邪木神バグガドーラ》、《邪層神ラクレット》、《邪獣神ファルク》、《邪竜神サイバン》の四体です。そのうち《邪竜神サイバン》は、現在《骨の道》の聖域にある塔の内部に封印されています。ビザ族の占い師が、代々その塔を守っていると聞きます。先の大戦以来、《骨の道》は実質三体の《邪神》によって統治されており、多少のいざこざはあったようですが、約四千年以上安定した状態を保っています」


フィジーはここで一息入れ、さらに続けた。

「しかしここ二~三年のうちに、状況は一変しました。邪木の森から魔物が人里に溢れるばかりでなく、最近では《邪木神》までが人里に現れ、人間を襲うようになったのです。一般には邪木神が発狂したと言われていますが、原因ははっきりしません」

ライアスはまるで異世界での話を聞いているような気がして、半ば半信半疑だった。しかし生真面目なフィジーが冗談を言うとも思えず、なによりギルドが何も口を挟まないことが、いやが上にも真実であることを意味していた。構わずフィジーは続ける。

「そこで今回私たちは、《邪木の森》に入り、《邪木神バグガドーラ》を探します。そこで本人から直接、原因を吐かせるのです。これが今回の調査の内容です」

ライアスは耳を疑った。魔物の巣窟である《骨の道》に足を踏み入れるだけでなく、神の化身と呼ばれる邪神に会うだと・・・?見ると、さすがのギルドも面食らったようだ。驚いたように目を見開き、フィジーを見つめていた。しかしフィジーの眼差しは真剣そのもので、すでに腹は決まっているようだった。これがもし本当なら、確かに報酬分の価値はあるなと、ライアスは思った。

「しかし・・・勝算はあるのか?」

ライアスの質問に、フィジーは決然と答えた。

「なければ、王がこのような依頼を出すことはないでしょう。私の持っているサンダースピアは、邪木神の力を弱める働きを持っています。《四大武具》とは、先の大戦の経験から、邪神を鎮めるために、人によって造られたものですから」

「なるほど・・・」

それで数いる兵士の中から、この男が遣わされたわけだ。

「しかし私一人では、この調査は成功しません。《四大武具》をもってしても、邪神を静めることは容易ではありません。そこであなた方の力が必要なのです。私が邪木神の動きを封じている間に、狂気の原因を突き止めて欲しいのです」


先ほどから押し黙っていたギルドだったが、ふいに口を開いた。

「何か策はあるのかい」

「ええ、この文献を読んではっきりしました。あなたの持つ《ラスタスの剣》が役に立ちます。その剣には正気を呼び覚ます効果のある、特別な宝玉が使われています。先の種族戦争でも、実際に邪神に対して、この宝玉を使用した記録が残っています。あなたには邪木神の狂気を抑える役をしていただきます」

「ははぁ、俺を採用したのはそういうことか。俺はてっきり、怪物にとどめを刺す役として選ばれたのかと思ってたぜ」

ギルドは露骨にがっかりしたようだったが、それに構わずフィジーは、ライアスの方に向き直って言った。

「それから《邪木神》との意思疎通は、ライアスさん、あなたにやっていただきます」

いきなり話を振られ、ライアスは面食らった。言葉を喋れるかも分からない、狂った魔獣と話すというだけでも十分不可解なことだが、よりによってなぜ自分が選ばれたのか、全く理解できない。

「意思疎通?俺で大丈夫なのか?」

「大丈夫です。というより、多分あなたにしかできません。なにせあなたは・・・」

フィジーは何かを言いかけて、慌てて口を閉じた。ライアスは、出会ってこれまで、これほど慌てたフィジーを見たことがなかった。明らかに失言だったようだ。なにせあなたは・・・?どういうことだ?俺に何か特別な力があるとでも?隣りでギルドも不審そうな顔をしている。フィジーは文献を気にするふりをしながら、必死に平静を保とうとしているようだった。

「・・・とにかく、ライアスさん。その時になれば分かると思います。あなたはある理由から、《邪木神》と意思疎通できる力を持っています。申し訳ありませんが、今はそれしか言えません」

「どういうことだ。田舎者の《なんでも屋》風情に、そんな力があるとは思えんが」

正直ギルドの言う通りだと、ライアスは思った。《骨の道》から遠く離れた土地で生まれ育った自分にとって、魔獣と話す力が備わっているとは、どうしても思えない。しかしフィジーは固く口を閉じ、それ以上何か聞きだせる見込みは少なそうだった。ギルドは不満そうに肩をすくめたが、ついに観念したように首を振って、口を開いた。

「全く、どこまでも秘密主義な野郎だな。《なんでも屋》といい、こりゃエライ仕事を請け負っちまったもんだぜ」

「ギルドさん、そのことですが」

フィジーが急に口を開いたので、ギルドは驚いて振り向いた。フィジーは二人に対して、諭すようにゆっくり話した。

「この任務は、我々三人の力を合わさねば、絶対成功しません。お互いがいがみ合えば、それだけ命の危険も大きくなります。初対面同士、思うところもあるかと思いますが、今は協力することを心がけてください。いいですね」

「ふん、俺は一人でもやれるさ」

「ギルドさん!」

ギルドはやれやれといった面持ちで、ふぅっと息を吐いた。

「冗談の通じない奴だな、分かったよ。協力はする。ただ馴れ合うつもりはない。おい、《なんでも屋》、くれぐれも足を引っ張るんじゃないぞ」

ギルドは踵を返すと、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。どこまでも勝手な男だ。フィジーも気持ちは同じなようで、小さく溜息をつくと、ライアスの方に向き直って言った。

「さて、ライアスさん。調査の具体的内容はご理解いただけたと思います。出発は明朝になりますが、なにより《骨の道》は魔物の棲家です。自分の命の管理は、くれぐれも宜しくお願いします」

あまりに多くの情報を一気に叩き込まれたため、ライアスの頭は今にもパンクしそうだったが、どうやら本当にとんでもない任務であるということだけは、妙にはっきりしていた。

「ああ、よく分かったよ」

フィジーはにっこりと微笑んだ。そしてまたすぐ無表情になると、「それから・・・」と続けた。

「くどいようですが、あなた方二人のどちらを欠いても、この作戦は成功しません。《邪木の森》にいる魔物のリストがこちらの文献に載っておりますので、また目を通しておいてください」

フィジーはまだ調べものがありますので、と言い残して、部屋を出て行った。


ついに明かされた、衝撃的な任務内容。

そしてフィジーの口から出た、不審な言葉。

ライアスの持つ特別な力とは?


今日は眠れそうにないな・・・

庭で女中と楽しそうに走り回るチェキの姿を窓越しに眺めながら、ライアスは苦笑していた。


<第三話・完>

第三話に続きます。

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