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1.酒場でハーキィを飲む男

ここはエルドア城下町。いつでも人通りが絶えない賑やかな大通りを中心にして、古風で情緒豊かな家々が並んでいる、とても平和で、のどかな町である。そんな町の一角に、古びた小さな酒場がある。ものものしく「デリンの酒場」と書かれたその店の看板は、その毒々しい色使いから、まるで客の侵入を妨げているかのようである。しかし、そんな外観とは裏腹に、内部は意外にこざっぱりとしていて落ち着きがあり、良心的な値段とマスターの人柄によって、知る人ぞ知る名物酒場として有名だった。


そのカウンターの隅には、いつも通りの時間に、いつも通りの格好で、いつも通りの注文の品――コプラ入りのハーキィ――を啜る一人の男が座っている。彼の名はライアス・クライン。見た目二十歳前後の男で、個性的な形をした小振りな片手剣と、皮製の胸当てを身に付けている。細くてキレのある眼からは、金色に輝く瞳が覗く。常連の多い店の中で、彼は誰と話すこともなく、ゆっくりとハーキィを啜っている。


カウンターの奥では先ほどからマスターのデリンがカクテルを作っていたが、それが一段落すると、ライアスの方へ歩み寄ってきた。噂どおり気さくで人当たりの良い人物で、何より声が大きい。

「やあ、ライアス。今日も仕事か」

「ああ」

ライアスはハーキィを啜りながら、目線も上げずに答える。マスターは顎に右手の親指をのせながら、しばらく考えているような姿勢をとっていたが、ふいに口を開いた。

「ライアス、お前の仕事がきついことは、俺も分かっているつもりだ。しかし、気分を落ち着けるために、わざわざ酒場に来てハーキィを飲むというのはどうかと思うぞ」

「なんだよ、デリン。そんなに俺の顔が見たくないってのか?」

「そんなこと言ってないだろ!人の話聞いてたか?ハーキィぐらい、そこらへんの喫茶店でも飲めるだろうと言ってるんだ」

マスターは語気を強めて言った。顔が真っ赤になっている。そのあまりの声の大きさに、数人の客が驚いて振り返った。ライアスは面白そうにクックッと笑った。

「冗談だよ。ここは繁盛してないから人気も少ないし、薄暗くて落ち着くんでな」

「全然フォローになってないぞ、お前は」

落ち込むデリンを無視して、ライアスは静かに残りのハーキィを飲み干す。

「ごちそうさん。ほれ、4ガルンだ。こんな値段で、今まで命をつなぎとめられるだけ稼いでこれたということに関しては、正直俺はあんたに尊敬の意を表するぜ」

「やかましい!」

デリンに追い立てられて、ライアスはとりあえず店の外に出た。中が薄暗かったこともあってか、外に出た途端かなりの眩しさを感じた。晴天である。仕事までまだ少し時間があるので、彼はしばらく町をブラつくことにした。


ライアスの職業には、名前がない。一定の雇い主の下で働かず、個別の依頼を請け負いながら生計を立てている。請け負う依頼は、赤子の世話から用心棒まで多岐に渡るため、この職に就く者は一般的に《なんでも屋》と呼ばれていた。報酬については、依頼内容や雇い主の懐事情に依ることが多く、気前のいい雇い主の専属になったり、大口の依頼を請けるために、つてを辿ることに躍起になる者も多かった。ライアスもそんな者の一人かといわれれば、別段そんなこともなかった。できる職業が見つからなかったので、とりあえずこの職業をしている、というのが正直な所だ。この職業で運よく成功する者はごく一部に限られ、日雇いでその日の食いぶちを見つけながら細々と暮らす者が多く、まともな仕事に就けない者のなれの果てとして、この国では忌み嫌われていた。ライアスはこの職に特別愛着はなかったが、社会不適合者という意味では共感もし、なにより束縛やしがらみがないことを気に入っていた。


さて、ようやく時間になり、ライアスは依頼主との待ち合わせ場所へと向かうことにした。実際彼は、今回の依頼主の存在に少々驚いていた。なぜならその依頼を出した本人が、城下町のあらゆる場所からその景観を拝することができる、エルドア城の主にしてエルドア国王、アール・マニ・ダッツ六世その人だったからである。

エルドア城を囲む土塀の一角には、大きな門が備え付けられている。その姿はまさに天を擦るといった風体で、国王の権威を象徴しているかのようであった。普段は警備が厳しく、一般人が入ることは許されないが、こういう場合はまた別であるようだった。たまたま見回り中の兵士が、ライアスの姿を見て城の門まで連れて行ってくれたことからも、十分にそれは窺えた。門まで来ると、案内をしてくれた兵士の姿はどこへともなく消えており、ライアスは少々困惑した。どうやって入るのだろうか。

ふと、ライアスは門の隅に立っている一人の兵士の姿を見つけた。歳の二十といったところか。兵士の制服を着ているということに関しては、さっきの兵士と何ら変わりはなかったが、無表情な顔の中にあるその目はライアスよりも細く鋭い。何よりも左手に持った異形の槍、瞬時に只者ではないとライアスは悟った。


その男はこちらに気付いたのか、無表情のままゆっくりと近寄ってきた。

「エルニドア国王陛下の依頼を受けてやってきた者ですね」

一般人に丁寧語を喋る兵士など、普通はいない。ライアスは少しどぎまぎしたが、何とか口を開いた。

「ああ、そうだ。いや、そうです」

「私に丁寧語で喋る必要はないですよ。あ、私はフィジー・ロウという者で、この城の門番をしております。どうぞ宜しく」

「あ、どうも・・・俺はライアス・クラインだ」

なぜか握手をして、ライアスはなんとなく聞いてみる。

「どうでもいい話だが、お前の持ってる槍、まさかサンダースピアじゃないよな」

「ほお、博識ですな。いかにもサンダースピア、《四大武具》の一つです」

「・・・本当か?」

あまりにあっさりと答えられたせいか、ライアスは状況を理解するのに少し時間がかかった。

「な、なぜお前が?」

「知らないのですか?《四大武具》、サンダースピア、ブレイブソード、ヒートホーク、ラミアンナイフは、それぞれエルドア国、レイトリック国、マスカー国、ルバナン国にあるのです」

「いや、そんな大層なものを、なぜお前が持ってるのかと、こう聞きたいわけだな、俺は」

「その武具は、代々その国の王が、自分が最も信頼し、実力を認めた兵士に持たせているのです」

「ほお・・・」

ライアスはやっと納得して続ける。

「《四大武具》か。噂には聞いていたが、こんな所で拝めるとは」

ライアスはその槍を興味津津に眺め回した。柄の部分は木製だが、折れないよう強力な魔法でコーティングしてあるのだろう。その先端には稲妻をかたどった鏃が二つ、巻きつくようにして付いている。それは透き通った金色とも、銀色ともつかない、異様で吸い寄せられそうな怪しい輝きを放っており、ライアスは身震いするのを感じた。これが世界の宝なのかと、それを間近で拝んでいるのかと思うと、興奮せずにはいられなかった。

と、そこへ誰かの声が聞こえ、彼は現実に引き戻された。フィジーが声をかけたのである。

「ライアスさん、槍を拝むのはその辺にして、早く仕事をしないと」

槍に陶酔し過ぎてしまったのか、一瞬ライアスはその言葉の意味を理解できなかったが、ようやく理解して我に返った。

「そうだ、俺は仕事をしにここへ来たんだっけ」

「何をしに来たと思ってたんですか?」

フィジーは少し笑ったが、すぐに元の無表情な顔に戻った。

「そのことに関してですが、実は私は国王陛下から指令を受けておりまして」

「何の指令だ?」

少し不安な顔をしてライアスが聞き返す。案の定、その不安は的中した。

「はい。今日依頼を受けてここに来た者と戦い、実力を試せと」

「採用試験か。なぜ、そんなことをする必要があるんだ?」

「この依頼は大変危険を伴いますので、生半可な力の持ち主では無駄死にする恐れがあります。よって私が実力を見て、それで大丈夫なようであれば門を通せと。ちなみに陛下は殺す気でかかれとも仰っておいででした」

「おいおい、王国随一の使い手と、本気でやれっていうのか」

「その通りです」

「実際、死ぬ場合もあるのか?」

「場合によっては」

「・・・」

「降りますか?」

「いや、少し考えさせてくれ」

「駄目です。今回の仕事は急を要するものなので、今、この場で決めてください。でなければ、この依頼は断ったものと見なします」

「マジかよ」

ライアスは少し黙り込んだが、すぐに決心したように顔を上げた。そもそも迷う必要などなかったのだ。自慢じゃないが、なにせ金がない。己の生活のために命をかける、悪くない。

「お前を倒せばいいんだな?」

「その通りです。決心はつきましたか?」

「ああ。始めるか」

そう言うと、二人とも黙り込んでゆっくりと間合いを取り始めた。ライアスは片手剣を構え、フィジーは槍を両手でしっかりと握る。そして両者はしばし硬直した・・・・


次の瞬間、ライアスはフィジーに突進していた。それを軽く受け流し、フィジーは気合を込めた声を発する。その声に誘われるように、槍の先になにやら青白いものが纏わりつく。それが高圧の電流だということはライアスにも分かった。受ければひとたまりもないだろう。しかし、避けられるはずもない。ライアスは満身の力をこめて、剣を振った――

 ――刹那、激しい電撃とともに、フィジーの槍の一撃がライアスを襲ったが、とっさに剣を振ったおかげで致命傷は避けられた。その剣がフィジーの脇腹に命中したからだ。二人はもんどりうって倒れた。が、すぐに立ち上がる。両者は互いにしばし睨み合っていたが、ふいにフィジーが顔をゆるませた。

「素晴らしい、あの状態から剣を振るなんて」

「いや、今のはまぐれだ。電撃に怯えてとっさに剣を振ったら運良く当たった。ただそれだけのことだ」

「いえ、今のは貴方の実力です。私もそれを調べるために、ギリギリの所を狙いましたから」

「殺す気でやるって話は、どこへいったんだ?」

フィジーは目を細めて笑う。

「ははは、採用試験で本当に殺す気でやってどうするんですか。言葉のあやですよ。とにかく貴方は合格ですね。では、王の間に御案内いたします。ついて来て下さい」

「は、はあ・・・」

突然の展開に、頭が混乱しているライアスを尻目に、フィジーは門を開けてさっさと行こうとする。それを見てライアスは、多少腑に落ちない所もあったが、とりあえず雇ってもらえたので、これでいいのだろうと無理やり納得しながら、小走りにフィジーの後を追っていった。


<第一話・完>


第二話に続きます。

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