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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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エピローグ 春の兆し

 暖かい。

 最初に思ったのはそれだった。すると、音が聞こえてきた。何の音なのかはわからない。だが、それは雑音で片付けていい部類のものだった。


 世界に音が生まれ、次に光がもたらされる。

 まぶしい。


 光はあるが、ぼやけている。この先に何があるのか、よくわからない。なんとなく、白いものと茶色っぽいものが見える。

 そこで、この意識は持ち主を思い出した。


(ここは?)


 山坂浩二は意識があることに気付き、ゆっくりと目を開けた。視線の先にあったのは、見慣れた茶色の天井。そこで、彼は自分が部屋で横になっていることを理解した。


 敷布団の上に仰向けになり、体は掛け布団に覆われている。

 暖かさはこれのおかげか。


 山坂浩二はそう思っていると、左手になにか温かな感触があることに気付いた。布団によるものではないことはわかった。

 むしろ、左腕は布団からはみ出ていて少し寒いくらいだった。左手だけが、柔らかくて温かいものに包まれていた。


 山坂浩二は左手のほうに目を向けた。すると、その先には彼の左手を両手で包み込んでいる月影香子の姿があった。

 彼女は山坂浩二のそばで正座し、目を閉じている。寝入っているのか、ただ目を閉じているだけなのかわからないくらい静かだった。


「きょう、こ?」


 山坂浩二は無意識的に彼女の名前を呼んだ。その声は小さかったが、月影香子はそれに気づいて目をゆっくりと開けた。

 彼女は山坂浩二の姿を見て、驚いたように目を見開いた。


「浩二? 目が覚めたのね! よかった……」


 月影香子はそう言って、息を吐くように力を抜き、安堵の表情を浮かべた。

 山坂浩二はどこか現実感の無い感覚のなか、月影香子の顔から両手へと視線を移した。それにつられて、月影香子も同じところに目を向ける。

 すると彼女は慌てたように手を離し、自分の背中に両手隠した。


「ご、ごめん! 勝手に握ってて」


 月影香子は気まずそうにしていたが、山坂浩二は少しだけ表情を緩めて口を開いた。


「別に大丈夫だって」

「そ、そう……」


 山坂浩二の言葉を受け、月影香子は返事に困ったような様子を見せた。彼女は一旦会話を打ち切り、深い呼吸をした。

 月影香子は落ち着きを取り戻し、自らの膝に両手を乗せた。

 わずかな沈黙の後、山坂浩二が尋ねる。


「ここは、死後の世界なの?」

「あんた何言ってんのよ。現世よ、現世。ちゃんと生きてるわよ」


 彼の質問があまりにも寝ぼけていたので、月影香子はあきれたように笑って応えた。その言葉を受け、山坂浩二は安心して息を吐いた。


「そうか。生きてるんだね、俺」

「まあ、あれじゃ死んだと思っても仕方ないわね」


 月影香子はため息交じりに言う。

 彼女の言う通り、山坂浩二の意識は悪霊の一斉浄化の後に闇のなかへ落ちていった。そのなかで、山坂浩二は自分が死んでいくものだと感じていた。

 だからこそ、感覚が戻ったときに、自分が自分であることを理解するのに時間がかかったのだった。

 山坂浩二は月影香子の目をぼんやりと眺めながら口を開く。


「俺、どれくらい寝てた?」


 これは純粋な疑問だった。自分の体はあまり動かせない状態ではあるが、体の中も外も修復されている。月影香子にも外傷はない。それなりに時間が経っているように思えた。

 月影香子はあらかじめ答えを用意していたかのように、すぐに答えた。


「二日よ。今日は三月二十三日水曜日、今は午前八時。時間で言うなら四十八時間以上は経ってるわね」


 この答えを受け、山坂浩二は視線を移して天井を眺めた。


「そうか。俺が寝てたその二日間に何があったのか教えてくれ」

「そうね。それを伝えるために、あたしはここに居たんだから。話すわ」

「頼む」


 月影香子は本題に触れられるとすぐに話す用意に入った。山坂浩二としても、自分の意識が落ちた後の出来事を早く聞きたかった。


「報告は三つあるわ」


 月影香子はそう言って右手の人差し指を立てて話し始めた。


「まずは一つ目、満月の夜のことから。宗一の悪霊を全部浄化した後、浩二は気絶したわ。死んでもおかしくないくらい体がボロボロだった。でも、浩二の霊力が自然に回復して、浩二は無意識的に自己回復をしたわ。それで、浩二は死ななかった」


 ここまで話すと、彼女は二本目の指を立てた。


「次は宗一とさくらについて。あたしたちに負けた後、あの二人は退魔師残党の監視下に置かれることになったわ。月曜に霊能者協会に引き渡され、幹部の協議の結果、退魔師残党の一員として認められた。いろいろあったみたいだけど、秀さんと紗夜さんが上手くまとめてくれたみたい。火曜に宗一とさくらは解放されて、今は秀さんの家でおとなしくしてるわ。あの二人は、名目上は秀さんと紗夜さんの部下だけど、実質的にはあたしと浩二の部下になった。あたし、浩二、秀さん、紗夜さんの誰かが同行するときのみ、外出が認められているわ」


 一呼吸置いて、月影香子は三本目の指を立てる。


「最後に被害についてね。満月の夜、圭市は交通事故が数件あっただけで、死者は出なかったわ。悪霊による直接的な被害は無いに等しいみたいね。悪霊が暴走したときに残党のみんなが頑張ってくれたおかげね。残党については、全員軽傷はあるけど、たいした傷じゃないわ。もう浩二以外は任務に出れるようになった。宗一とさくらは、あたしと浩二を殺してからでないと誰も殺す気はなかったみたいね」


 ここまで言い終えると、月影香子は大きく息を吐いた。


「とりあえず、報告はこんなところね。まあ、全部解決してハッピーエンドってことよ」

「なんとなくわかった。ありがとう」


 二人は小さく笑い合った。山坂宗一と月影さくらに関する事柄は無事に最良の結末を迎えたようだった。

 圭市の住民が死ぬことはなく、退魔師残党にも死者は出なかった。また、限定的ではあるが、山坂宗一と月影さくらが退魔師に復帰することができた。

 当然、二人が犯してきた罪への償いはこれから行われていくだろう。当分の間は、あの二人をこき使う日々になりそうだった。


 そして、山坂浩二と月影香子はというと……。


 報告が終わった後、沈黙が訪れた。山坂浩二はぼんやりと天井を眺めながら報告を頭の中で反芻していた。彼とは対照的に、月影香子は落ち着かない様子だった。

 彼女は急にしおらしくなって話し始める。


「あ、あとね、これは個人的な報告なんだけどね。その……」


 月影香子はここで言葉に詰まってしまう。彼女は両手の指先を合わせて動かしている。もじもじ、といった効果音が聞こえてきそうだった。

 山坂浩二はそんな月影香子の様子を怪訝そうに見た。彼女の目が泳いでいる。


 そして、月影香子は意思を決めたように大きく息を吐いた。両拳を握りしめ、膝の上に置き直す。

 月影香子は山坂浩二の目をまっすぐに見て、力を抜くように笑った。



「あたしも好きだよ、浩二」



 彼女の言葉を受け、山坂浩二の目が点になる。あのキスが返事だと思っていたが、ちゃんと律儀に言葉でも返してくるとは。

 なんというか、香子らしい。

 山坂浩二は穏やかに笑った。香子も同様に笑う。

 気持ちが温かくなった。


「これからもよろしくね」

「こちらこそ」


 二人は互いの手を取り、微笑んで見つめ合う。


 春の兆しが、十年の時を経てようやく巡り合えた二人を、温かく包み込んでいた。





ムーン・ライト 終わり



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