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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第五十六話 戦いの果てに③

  光が消え、四人の周りは恐ろしいほど静かになる。

 山坂浩二は山坂宗一の前で低い姿勢で錫杖を突き出したまま固まっている。錫杖の先端は、山坂宗一の腹部寸前で止まっていた。山坂宗一は動かない。

 月影香子と月影さくらは互いに背を向けて固まっている。二人は低い姿勢で右足を前に出し、刀は体の左側面で振り下ろされた状態のまま止まっていた。


 そして、時が動き出した。


 山坂浩二の錫杖と月影香子の二刀が粉々に砕ける。二人の皮膚に浮き上がっていた黒のまだら模様は消え去り、目の色は赤から黒に戻る。

 その直後、山坂宗一の体表結界が崩壊し、口から赤い液体が吐き出された。それと同時に月影さくらの胴体から鮮やかな色の血液が噴き出した。二人は崩れるように両膝を着き、ゆっくりと仰向けに倒れた。

 山坂浩二と月影香子は、片膝をつくだけに終わった。


 弾丸のように突き進んだ山坂浩二は、山坂宗一の多重防御結界をすべて突き破り、彼の体に衝撃を伝えることに成功した。月影香子は月影さくらの強烈な振り下ろしを左の短刀で受け止め、長刀の軌道を逸らしつつ右の刀で相手の胴体前面を斜めに斬り裂いた。二人の武器は役目を果たした後、あまりの衝撃に耐え切れず崩壊した。


 悪霊使いと怪物の戦いは、怪物側の勝利で幕を閉じた。


 高台に音が戻る。山坂宗一と月影さくらは生きているが、その呼吸は弱い。二人は仰向けのまま弟と妹を見上げ、口を開いた。


「俺たちの……負けだな」

「トドメ、刺しなよ。香子、浩二」


 二人はどこか嬉しそうに介錯を頼んだ。だが、山坂浩二と月影香子は下を向いたまま動かなかった。二人は目を見開いて何度も大きく呼吸をした後、必死に喉から声を絞り出した。


「ごめん。手が震えて、あんたに刀を向ける余裕なんて、ないの」

「俺も、だ」


 二人の言葉を聞いた山坂宗一と月影さくらは目を丸めた。今まで殺すか殺されるかの人生を歩んできたのだ。行動不能になれば、殺されて当たり前だった。それなのに、弟と妹は自分たちをここまで追い込んでおいて殺すことを恐れている。


 それがあまりにも可笑しくなって、山坂宗一と月影さくらは大声で笑いだした。目から涙を流しながら、少しの間、二人は笑い続けた。


 笑い声がおさまってきた頃、月影さくらは呼吸を整え、空に目を向けて話す。


「二人とも甘いね。でも、あなたたちに人が殺せるわけないか」

「最後の最後でびびりやがって。まあ、お前ららしいが」


 山坂宗一も満月を眺めながら、あきれたように言った。二人の声にはまだ笑みが混ざっていた。

 山坂浩二と月影香子は相手を殺せなかった。戦いの結果として相手が死ぬのであればまだ耐えられた。だが、殺せと言われて殺せるほど、彼らは勇敢ではなかった。山坂宗一と月影さくらは最悪の霊能力者である前に最大の被害者。情けをかけてしまうのは当然のことだった。


 そして、山坂浩二に一つの考えが浮かぶ。

 彼は息を落ちつけた後、片膝をついたまま山坂宗一に向けて話し始めた。


「トドメを刺さないかわりに、一つ言うことを聞いてくれ」

「いいぜ、従ってやる。なんだ?」


 山坂宗一は柔らかな表情で応えた。殺せないくせに殺さない代償を求めるなんて、変な話だと彼は思った。だが、自分を負かした弟の頼みくらいは聞いてやろう。どうせ、これからは誰も殺すな、くらいのことだろう。

 山坂宗一はそう考えていたが、弟の口から出たのは予想の上をいく言葉だった。


「これからは、浄化の退魔師として生きろ」


 それを聞いて山坂宗一の表情が一瞬にして険しくなる。血にまみれた歯を食いしばり、山坂浩二の目を睨み付ける。


「今さら何言っているんだ? おれたちはっ!」

「従うんじゃないのか?」


 山坂宗一が反抗しようとしたが、山坂浩二はその言葉を遮った。山坂浩二は兄の目をまっすぐに見つめ、有無を言わせないかの如く鋭い視線を向け続けている。

 弟の圧力を受け、山坂宗一は観念したように大きく息を吐いた。


「わかった。浩二の言う通り、浄化の退魔師として生きてやる。だが、秀と紗夜のいうことは聞かねえ。浩二と香子の配下としてだけ動く。それでいいか?」

「わたしも同じく」


 山坂宗一に続き、月影さくらも条件付きで浄化の退魔師としての道を選ぶことを宣言した。二人の言葉を受け、山坂浩二は首を縦に振った。


「それでいいよ」

「あたしもそれでいい。でも、しばらくは霊能協会と秀さん紗夜さんのお世話になると思うけどね。あたしたちの部下になるのはその後よ」


 月影香子も山坂浩二の提案を飲み、ゆっくりと立ち上がった。後ろに振り向き、仰向けに倒れたままの月影さくらの目を見据える。妹に瞳を覗かれ、月影さくらは小さく笑った。


「そのあたりは覚悟しているよ」

「じゃ、契約成立ね」


 これをもって、山坂宗一と月影さくらのこれからの生き方が決定した。正式な決定は霊能協会や退魔師残党での協議の結果下されるだろう。しかし、世界を救った山坂浩二と月影香子に逆らう者は出てこないだろうし、山坂宗一と月影さくらに殺しの意思はないことから、二人が浄化の退魔師に戻れることはほぼ確定事項だった。


 だが、その前にやることがある。

 山坂宗一は申し訳なさそうに口を開いた。


「お前らに従う代わりと言ってはなんだが、一つ頼みを聞いてくれ。俺たちの支配している悪霊を浄化してくれないか? どれだけ時間がかかってもいい。浄化し尽くせるまで、俺が抑えつけておくから」

「いいよ」


 山坂浩二は兄の頼みをすんなりと受け入れた。山坂宗一と月影さくらが浄化の退魔師として戻るためには、支配下の悪霊をすべて浄化し、悪霊使いとしての能力を失うことが不可欠だろう。山坂浩二が第一にすべきは悪霊の浄化だった。


 弟の反応を見て、山坂宗一は安堵の表情を浮かべる。これでようやくすべてが終わり、新しい道が開ける。退魔師としての力では山坂宗一と月影さくらが勝って復讐を果たし、化け物の力では山坂浩二と月影香子が勝って悪霊使いを止めた。これが最善の道のように思えた。


 そして、山坂宗一は圭市から悪霊を引き下げようと右手を挙げる。

 そのとき、山坂宗一が目を見開いた。月影さくらも唖然とした。二人は明らかに焦った表情を浮かべている。何があったのだろうか。


「二人とも、どうしたの?」


 月影さくらは怪訝そうに尋ねる。

 山坂宗一は脱力したように右手を下ろし、焦点の合わない目で呟くように応えた。


「悪霊どもが、暴走しやがった……」


 その言葉とともに、大量の悪霊が圭市になだれ込んだ。




 第四章第17節「戦いの果てに」 終



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