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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第五十五話 戦いの果てに②

 山坂浩二と月影香子は莫大な霊力を放出しながら肩で息をして、地面に顔を向けている。山坂宗一は眉間にしわを寄せ、怪訝そうに二人を睨み付ける。


「てめえら、死んでなかったのか?」


 彼の言葉を受け、山坂浩二は首を縦に振った。


「死んだよ。人としての俺たちは死んだ」

「そして、怪物として甦った」


 月影香子がそう言い切ると、二人を包んでいた炎が突風に煽られたかのように消え去った。莫大な霊力が体に収まり、恐ろしいほどに凝縮される。二人の姿が明確に見えるようになり、山坂宗一と月影さくらは目を見開いた。


 山坂浩二と月影香子の手、首、顔の皮膚に黒色のまだら模様が浮き上がっている。それは見える部分だけでなく、全身に広がっているようだった。

 ゆらりと顔を上げた山坂浩二と月影香子の目は、黒い部分が赤く染まっていた。


 豹変した弟の妹の姿を目にし、月影さくらの表情が悲哀から歓喜に変わっていく。彼女は身震いを止められず、笑いながら口を開いた。


「ははっ、ついに、ついに人であることを捨てたんだねえ、香子、浩二」


 彼女は喜びを隠せなかった。百年に一度の天才として生まれ、厳しい訓練をし、悪霊使いとして目覚めてからは殺すか殺されるかの戦いを重ねてきた。その結果、月影さくらと同等の戦闘力を持つのは山坂宗一のみとなってしまった。


 だが、今ここに、本当の全力をぶつけ合った末に負けるかもしれない相手が目の前にいる。その相手こそが、人であることを捨てて甦った月影香子と山坂浩二だった。

 二人は引き締まった表情で悪霊使いを見据え、月影さくらに応える。


「さくらの言う通り、あたしたちは化け物であることを受け入れた。あんたたちと同じ土俵に立つためにね」

「もう一度戦おう。今度は退魔師どうしの戦いじゃなく、悪霊使いと怪物の戦いをしよう」


 月影香子と山坂浩二の言葉に、山坂宗一も興奮を抑えきれずに邪悪な笑みを浮かべる。


「望むところだ」


 震える声で山坂宗一が応える。その直後、彼の霊力が一気に跳ね上がった。山坂宗一が本来持っている青の霊力に加え、周囲から黒の霊力が集まってくる。支配下に置いている悪霊の霊力を借りて自分に集中させているのだろう。

 山坂宗一が戦闘態勢に入ろうとしているのを見て、月影香子は姉と視線を交わす。


「来なさい、さくら。あんたの、本当の全力でね」

「いいよ。わたしの長刀で、香子の二刀を打ち砕いてあげる」


 姉妹で言葉を飛ばし合った後、二人は刀を作り出した。月影さくらは自分の身長と同じ長さの刀を両手に持ち、月影香子は右手と左手にそれぞれ一本の刀を握った。

 だが、月影香子の刀がいつもとは違った。右の刀の長さは自分の身長の半分で通常通り。それに対し、左の刀はそれのさらに半分の長さになっていた。

 いわゆる脇差の形を取っていた。


 二人が武器を作り終えた後、月影さくらの霊力が跳ね上がった。彼女自身がもっている赤の霊力に加え、支配下の悪霊から集めた黒の霊力を取り込んでいく。


 四人の霊力はかつてないほど強大なものとなり、彼らがそこに存在するだけで空気が震えていた。

 山坂浩二は腰を落として錫杖を構え、山坂宗一は球状の多重防御結界を自身の周囲に張る。

 月影さくらは長刀を上段に構え、月影香子は左の短刀で防御の構えをとる。


 満月の下、静寂の中で空気が張り詰める。


 そして、山坂浩二と月影さくらが駆け出した!


 山坂浩二は山坂宗一に、月影さくらは月影香子にそれぞれ向かっていく。四人の意識は異様なまでに高速化し、相手の動きがスローモーションに見えている。

 四人は全力で相手を叩き潰すために最善の行動をとった。


 山坂浩二は大火力で山坂宗一を叩き潰し、山坂宗一は山坂浩二の攻撃を防ぎ切って反撃する。月影さくらは己の全てを乗せた長刀の振り下ろしで月影香子の防御を打ち砕き、月影香子は月影さくらの刀を左の短刀で受け止めて右の刀で斬り裂く。


 互いのペアにとって、相手の連携は脅威。だからこそ、連携を取られる前に叩き潰すほかない。この計り知れないほどの霊力がぶつかり合う戦いでは、小細工など無用。正面から相手を打ち砕き、最速で勝負を決めるのがベスト。


 仮に山坂浩二が霊力弾で相手を撹乱しようとしたところで、山坂宗一には防がれ、月影さくらには回避されて間合いを詰められるだろう。悪霊の攻撃もあるかもしれない。それを避けるために、女の霊力を最大限に発揮し、自分の周りに男の霊力を固め、自らが弾丸となって、山坂宗一の結界を突き破るしかない。


 山坂宗一にとっては、男と女の霊力を大火力で使ってくる山坂浩二は恐ろしい相手だ。どれだけ霊力弾を使い、触手を使い、悪霊を使ったところで、一瞬にして間合いを詰めてくるだろう。そうなれば、結界を砕かれ、反撃する間もなく錫杖で胴体を貫かれる。そうならないためには、霊力の全てを防御結界に使い、山坂浩二を止めてから反撃するしかない。


 月影香子は、リミッターを解除した月影さくらの突進を避けたところで、先ほどと同じように剣を崩されて負けるだろうと考えていた。月影さくらはリミッターを外すことで体に大きな負担を強いている。まともな斬り合いをすれば五分五分、長期戦に持ち込めば月影さくらは限界がきて負ける。だから、彼女はその前に勝負を決めたいはずだ。ならばやることは一つ。霊力を凝縮した左の短刀で姉の全身全霊の振り下ろしを受け止める。このくらいでしか彼女に勝つことはできないだろう。


 月影さくらにとって、怪物化した月影香子を倒すための方法は初手の一撃で崩す以外ない。妹に避けるという選択肢はない。同じ死に方をするほど相手は馬鹿ではない。左の短刀で防御してくる。ならば、それを全力で打ち砕き、彼女の体を長刀で叩き潰す!


 それぞれの思惑が形となり、化け物同士の戦いは恐ろしく単純化する。

 より強く、より速いほうが勝つ!


 復讐などどうでもいい!

 救済などどうでもいい!

 ただ目の前の相手をねじ伏せる!

 自分の全力をもって、相手の全力を打ち砕く!

 今はそれだけに集中しろ!


 そして、四人の意識は焼き切れ、山坂浩二と山坂宗一が、月影香子と月影さくらが交差する。強大すぎる力が衝突し、周囲は光に包まれた。





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