第五十三話 真相②
山坂宗一から語られた真実は、月影香子と山坂浩二の信じてきたものを崩した。両親の死、退魔村の壊滅、十年間の空白と圭市への襲撃。それらの真相がようやく明らかになった。そして、自分たちの霊力が異質な理由も含めて、それぞれの出来事が線で繋がっていく。
しかし、にわかには信じがたいものだった。
月影香子は目を見開き、視線を山坂宗一と月影さくらの双眸へ交互に向ける。彼女は震えながらも口を開いた。
「なによ、それ……お父さんとお母さんを殺したのは退魔村で、あたしと浩二は妖怪を取り込んだ兵器だったってわけ? 嘘よ……そんなの嘘よ!」
月影香子は喉から声を絞り出して否定する。
しかし、姉は憂いを帯びた目でゆっくりと首を横に振った。
「気持ちはわかるけど、残念ながら本当だよ。わたしたちの親を殺したのは退魔村。秀や紗夜の親を殺したのは、そうしないと自分たちが殺されるから。退魔村を滅ぼしたのも、復讐と自分たちの身を守るため。これも全部、退魔村が浩二と香子を兵器にしたから起きたんだよ」
彼女の声は恐ろしいほどに静かだった。誰も口を挟もうとはしなかった。
「わたしたちは、退魔村を背負っていくはずだった。周りから期待され、わたしたちも浄化の退魔師のリーダーとして生きていくつもりだった。それを、退魔村が壊した。たまたま浩二と香子が妖怪との高い親和性を持っていたせいで、わたしと宗一が悪霊との親和性が大きかったせいで、お母さんたちは殺され、わたしたちは最悪の霊能力者になった」
彼女の言葉に、行き場のない怒りが満ちていく。
「退魔村にすべてを無茶苦茶にされたわたしたちは、最後の復讐として浩二と香子を十年間、裏から育てた。充分に成長したあなたたちを、満月の夜に霊力が最高潮に達したあなたたちを殺して、退魔村の判断は間違っていたと証明するために! 浩二と香子を兵器にしなくても、それ以上の戦力が退魔村には既に存在したってことを証明する!」
月影さくらは歪んだ表情で声を荒げる。彼女の拳は血がにじむほどに強く握り締められ、全身が強張っていた。
姉の言葉を受け、月影香子は悲痛な表情を浮かべた。
「そんなの……そんなのただの八つ当たりじゃない! そんなことして何の意味があるの!」
妹の言葉を受け、月影さくらはふっと力を抜いた。
「復讐に意味はないよ。わたしたちには何もない。何もかも奪われた後、そこに復讐が残っただけ。ただそれだけだよ」
「そう……でも、仮にあたしたちを殺したとして、その後はどうするつもりなの?」
「さあね。なにもしないかもしれないし、人類を滅ぼすかもしれないね。そのときのことは、わたしたちの復讐が終わってから考えるよ」
月影さくらがそう言い終えると、四人の間に静寂が訪れた。山坂浩二と月影香子はうなだれるように視線を下に向け、山坂宗一と月影さくらは弟と妹を悲しい目で見つめていた。
青白い光に照らされた夜空の下で、冷たい風が吹く。
月影香子の長い髪が小さく揺れ、風が止む。
「それでも」
彼女は芯の通った声で、顔を上げた。
「それでも、あんたたちが誰かを殺す可能性があるなら、あたしはあんたたちを止める」
「俺も、宗一とさくらを止める。俺たちに何があったかはわかった。でも、お前たちがやってきたことは消えない。これ以上やらせるわけにもいかない。肉親の始末は、肉親の俺と香子がする」
山坂浩二と月影香子は、兄と姉の目を見据える。確かな信念がそこにあった。
最悪の霊能力者となってしまった二人は、小さく笑った。
「真相を聞いてなお、戦うか。それでこそおれたちの弟と妹だ」
「ほんとに、そうだね」
その言葉の直後、山坂浩二、月影香子、月影さくらがそれぞれの武器を作り出し、山坂宗一は霊力を活性化させた。
四人が同時に戦闘態勢に入り、場が静まり返る。山坂浩二と月影香子が攻撃を仕掛けるタイミングをうかがっているなか、山坂宗一が口を開いた。
「普通にやっても決着はつかねえ。リミッターを切らせてもらうぜ」
「リミッター?」
彼の言葉に山坂浩二と月影香子が首を傾げる。彼らも退魔師としての全力を出して戦っていたのだろうが、それより先の大きな力があるというのだろうか。
二人が怪訝な表情を向けるなか、月影さくらが軽い調子の声で応える。
「わたしたちが百年に一度の天才だって言われた本当の理由だよ。まっ、やってみればわかるよ」
彼女のその言葉の直後、山坂宗一と月影さくらの霊力が消える。異様な静けさも束の間。二人の霊力が一気に膨れ上がった。
その量、推定五倍。
山坂浩二と月影香子は、その急激な増加に驚愕しつつも攻撃に備える。一呼吸を置き、百年に一度の天才たちは動き始めた。
山坂宗一は山坂浩二に向けて大火力の霊力弾を複数撃ち込む。月影さくらは上段の構えで急発進し、月影香子に向けて進んでいく。
あまりにも加速した戦闘の中で、月影香子は直感で悟る。あの剣を受けてはならない。防御など無意味。
月影さくらが眼前に迫り、絶大な破壊力を秘めた長刀が振り下ろされる。月影香子はそれを右のサイドステップで回避する。攻撃力は大きいが、速度と体重を乗せすぎるあまり、隙の出来やすい一撃。避けて、反撃するだけよい。怖気づいて対処法さえ間違わなければ、恐れる必要のない剣だった。
それが普通の人間であれば。
振り下ろしの直後、月影さくらは体を急停止。刀も地面と接する直前に止まる。そして、彼女は異常な速さで体勢を整え、月影香子に向けて外から内への水平斬りを繰り出した。
月影香子は咄嗟に二刀で防御する。しかし、刃と刃が激突した直後、無残にも両刀が砕け散る。重心の乗りづらい振り方でも、破壊力は絶大なままだった。
刀を破壊された月影香子は後方に大きくよろける。体勢を立て直そうとするが、月影さくらはすでに次の段階に移っていた。
月影さくらの両手が胸元まで引かれ、長刀の切っ先が月影香子の胸を睨んでいる。月影香子は次の攻撃を理解した。だが避けられない。せめて皮膚硬化だけでも!
そして、長刀が物凄い勢いで突き出された。切っ先が月影香子の左胸に迫る。皮膚硬化が間に合う。だが、月影さくらの長刀は妹の最後の防御を紙切れ同然に突き破り、そのまま心臓を貫いた。
山坂浩二は後ろに大きく下がりながら最大限の霊力で霊力弾を相殺。その直後は豪速で走り、山坂宗一の結界を錫杖で突く。先ほどの戦闘以上の破壊力を秘めた突きだったにもかかわらず、防御結界は崩壊しなかった。
結界を残したまま山坂宗一の姿が消える。後ろに彼の気配を感じ、山坂浩二は後ろを振り向くが、山坂宗一はすぐに姿を消した。
直後、山坂浩二の背中に山坂宗一の手が添えられた。山坂浩二がこの状況を理解すると同時に、霊力が爆発する。
山坂浩二の腹部が跡形もなく消滅し、彼の体は吹き飛ばされて、月影香子の隣に仰向けに着地した。
月影さくらは月影香子の左胸を斬り裂くように刀を抜いた。鮮やかな色の血液を胸から噴き出し、月影香子は背中から倒れた。
戦闘開始から二人が倒れるまで、五秒もかからなかった。
意識が朦朧とした状態で二人は顔を起こす。足元に山坂宗一と月影さくらが立っている。二人は、どこか悲しげな表情で自分たちを見下ろしていた。
兄と姉の口元から血が流れているのを確認できた直後、山坂浩二と月影香子は同時に意識を失った。
第四章第16節「真相」 終