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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第四十八話 飛翔②

 圭市での戦いは続いていた。時刻は既に午後十一時を回っている。街は少しずつ明かりを消していき、交通量も減っていく。ほとんどの人間は休息に入っていた。

 しかし、退魔師残党の十七人は悪霊から圭市を守り続けていた。山坂宗一と月影さくらによる虐殺が始まるまで残り僅かの時間しかない。

 それでも、退魔師たちは退かなかった。


 柳川友子はビルの五階に侵入しようとしていた悪霊にナイフを突き立て、遥か上空に向けて投げ飛ばす。その直後に急降下。乗用車に正面から襲い掛かろうとしていた悪霊を両腕で抱え込み、乗用車との衝突寸前に急上昇する。抱え込んだまま悪霊の霊点をナイフで刺し、再び上空へ送り込んだ。


 無力化された二体の悪霊は、通りすがりの退魔師ペアに浄化されていった。

 柳川友子は息を荒げる。


「あと一時間もない。でも、アタシは諦めない! 諦めてたまるか!」


 彼女は自らを奮い立たせ、翔け出した。街中を低空飛行で通り抜け、頭を上下左右に振りながら霊力の流れを感じていく。


「どこ!? 宗一とさくらはどこにいるの!?」


 柳川友子の声から焦りが見える。それも仕方がない。圭市を翔け回るのはこれで何周なのか、それがわからないくらいに彼女は探索を続けている。それも他の退魔師たちの救援を行いながら。そのため、彼女の疲労はピークに達していた。


 そして、肝心の山坂宗一と月影さくらが見つからない。

 主戦力の山坂浩二と月影香子も現れない。


「山坂! 香子! あの二人はなにやってるの!?」


 柳川友子は飛行の最中に叫んだ。彼女の感情は怒りで染め上げられていた。動機の不明な悪霊使いに対して。担当エリアも守り切れない退魔師ペアに対して。いつまで経っても姿を見せない二人に対して。そして、力不足の自分に対して。


 彼女には余裕が消え失せていた。

 それが、致命的だった。


 柳川友子の体が上空に向けて投げ出される。何が起きたのか、彼女にはわからなかった。遅れて腹部に強烈な痛みが襲う。そこで彼女は自分が悪霊の攻撃を受けたことを理解した。

 身動きがとれない。

 上空には十体以上の悪霊が待ち構えている。

 もう、乾いた笑いしか出なかった。


「はは……アタシもここまでかな」


 彼女はそう言って目を閉じ、覚悟を決めた。霊力の流れで分かる。自分を行動不能にさせた悪霊が下から追ってくる。上の悪霊たちが自分を囲むように動いている。

 もう逃げられない。

 柳川友子はこれまでの出来事を思い出しながら、呟く。


「はじめ……」


 彼女のその声と同時に、悪霊の拳が放たれた。

 その時だった。


 二つの大きな霊力の塊がまるで湧いて出たかのように瞬時に現れ、それと同時に周囲の悪霊の霊力がすべて消え去ったのを柳川友子は感じ取った。

 期待が勝手に胸を満たしていく。おそるおそる目を開ける。ゆっくりと視界が開ける。彼女の目に映ったのは、月の光に照らされた一人の少年と一人の少女の後ろ姿だった。

 期待が、喜びに変わる。


「山坂! 香子!」


 柳川友子は思わず叫んだ。いろいろな感情がごちゃまぜになる。だが、それはどうでもよかった。ただ、二人が来た。それだけで得られる安堵感があった。

 山坂浩二と月影香子は振り返る。


「すみません柳川さん。遅れてしまって」

「ほんとだよ! なんでもっと早く来なかったの!」


 頭を小さく下げる山坂浩二に怒声を浴びせつつも、柳川友子は柔らかな笑みを浮かべる。

 それに続いて、月影香子は凛とした表情で口を開く。


「友子。あたしと浩二は残党全員の援護をしながら、宗一とさくらを捜すわ。友子は引き続き圭市の防衛をお願い」


 その言葉を聞いて、柳川友子は切羽詰った声を上げた。


「アタシたちも捜したけど、全然見つからなかった! あの二人は圭市にいないかもしれないんだよ!」

「大丈夫。宗一とさくらは、絶対ここに居るから」


 月影香子は確信に満ちた目で言った。

 それがあまりにも力強く、柳川友子は言葉を失ってしまった。隣にいる山坂浩二に目を向けるが、彼もその言葉に何の疑問も抱いていない様子だった。

 月影香子は山坂浩二に目を向ける。


「浩二、行こう」


 二人は頷き合った。その後、山坂浩二は柳川友子の目を見て「圭市をお願いします」と言い残し、二人は飛行を始めた。

 山坂浩二と月影香子の姿はすぐに見えなくなった。

 柳川友子は二人が飛んで行った先を数秒間眺めていたが、我に返ったように首を左右に振ると、表情を引き締めた。


「香子、山坂。あとは頼んだよ」


 柳川友子はそう呟き、ナイフを構えた。




 山坂浩二と月影香子は圭市上空を高速で翔ける。月影香子が先行し、進行方向に位置する悪霊を斬り裂き、後に続く山坂浩二が浄化する。悪霊の浄化をしつつも、二人の速度が落ちることはなかった。

 次に行くべき場所がある。二人はそこへまっすぐ向かった。


 山坂浩二と月影香子が翔けつけたのは、中央区域で苦戦を強いられていた柳田秀と水谷紗夜のもとだった。

 二人は周囲の悪霊を瞬時に一掃し、リーダー二人の前に止まった。

 山坂浩二と月影香子が口を開く前に、柳田秀と水谷紗夜が声を発した。


「浩二さん! 香子さん! 来てくださったのですね!」

「本当によかったわ……」


 柳田秀と水谷紗夜は安堵の表情を浮かべる。その行為は山坂浩二と月影香子を安心させた。司令塔である二人が無事でいる。これで悪霊使いとの戦いに専念できる。

 山坂浩二は小さく頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました。あの二人のことは、僕たちに任せてください」

「宗一とさくらは、あたしたちが必ず止めます」


 二人の力強い言葉に、柳田秀と水谷紗夜は首を縦に振って応える。


「わかりました。圭市のことは任せてください」

「二人とも、気をつけてね」


 山坂浩二は無言で頷き、月影香子は二人と目を合わせて口を開く。


「秀さんと紗夜さんも」


 月影香子はそう言った後、山坂浩二と視線を合わせて相槌を打ち、その場から離れた。柳田秀と水谷紗夜は司令塔として、再び動き始めた。




 山坂浩二と月影香子は圭市上空を飛翔し、悪霊を次々と浄化していく。主力三人以外の退魔師ペアとは言葉を交わすことはなかったが、すれ違いざまに視線を合わせて頷き合った。そのやり取りには互いの謝罪と感謝、そして信頼が表れていた。


 二人は圭市全域を翔け回った。悪霊は百体以上浄化した。しかし、肝心の山坂宗一と月影さくらの姿を見つけることはできなかった。

 山坂浩二と月影香子は未来橋の上空で途方に暮れた。制限時間の十二時まで残り三十分もないだろう。このままでは、これまでの苦労が水の泡になってしまう。


 だが、そこで異様な霊力が急に出現した。

 間違いない。これは宗一とさくらのものだ。


 二人は周囲を見渡す。標的の姿は見えない。しかし、霊力の出どころは判明した。すぐ目の前にある、標高の低い山の頂上付近。圭市のちょうど中心部にあたる場所だった。

 山坂浩二は歯ぎしりした。


「あいつら、あんなところに隠れていたのか。俺たちが到着したから霊力感知の妨害を解除したのか」

「瞬間移動してきたのかもしれないわね。どっちにしろ、歓迎されてるみたいよ」


 二人は険しい表情でそう言い、慎重にその場所へと飛んだ。

 悪霊が大量に襲い掛かってくるかもしれない。山坂宗一が霊力弾を撃ち込んでくるかもしれない。月影さくらが豪速で斬りかかってくるかもしれない。


 しかし、それは杞憂に終わった。

 丈の低い草が生い茂る高台に、静かに佇む山坂宗一と月影さくらの姿があった。高く昇った満月が青い光を放っている。彼らは弟と妹に背中を向け、青く照らされた夜空を眺めていた。


 山坂浩二と月影香子はその二人の後ろに静かに降り立った。

 冷たい風が四人の間を通り抜け、この場を緊張で満たしていく。

 風が止み、山坂宗一と月影さくらは振り向いた。その二人は無表情に近い顔で、待ち人の目を見つめた。


「よく来たね。香子、浩二」


 月影さくらはそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。






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