第四十一話 対策
三月十九日、土曜日。
山坂浩二と月影香子は悪霊の襲撃を受けて退魔村跡地に誘導された。その一方で、柳田秀ら退魔師残党十七名は訓練場に集まっていた。
残党のメンバーたちは、山坂宗一と月影さくらに惨敗したことで戦意を喪失していた。しかし、月影香子の働きによって柳田秀と水谷紗夜が残党の再建を志した。そして、組織のリーダーである二人は残党の構成員と時間をかけて話をし、彼らの戦意を取り戻させていった。
途中からは柳川友子も退魔師の少年少女の説得に加わり、昨日の金曜日に山坂浩二を除いたメンバー全員の参戦が決まった。
そして、今日は圭市防衛の作戦会議のために退魔師たちが集結した。
七組の退魔師と柳川友子の計十五人が並んで座り、彼らの前に柳田秀と水谷紗夜が立っている。二人の間には移動させることのできるホワイトボードが置かれていた。
残党の少年少女たちを前にして、柳田秀は柔らかい表情で口を開いた。
「皆さん。今日はお集まりいただきありがとうございます。早速ですが、明日の満月の夜についての説明をさせていただきます」
彼はそう言って黒色のペンを右手に取り、ホワイトボードに一つの大きな円を描いた。その中央に小さな円を描き、大きな円の中心を通るように一本の横線を引いた。
「皆さんご存知の通り、明日の月の出から、山坂宗一と月影さくらが圭市に攻撃を仕掛けます。僕たち退魔師残党は、彼らの使う悪霊から圭市を守らなければなりません。そして、市民を守るのと同時に、山坂宗一と月影さくらの居場所を突き止める必要があります」
柳田秀は上の半円を四つに、下の半円を三つに分けるように線を引き、少年少女たちに向き直った。
「あの二人を捜し、倒すのは浩二さんと香子さんの役目です。浩二さんと香子さんが参戦した場合、僕たちは圭市を守ることに専念します。圭市の中心部分を僕と紗夜さんが担当し、皆さんにはその周辺部を守っていただきます」
彼はそう言って、それぞれの区域に退魔師たちの名前を書き込んだ。
「人口の多い北側には四組、比較的人口の少ない南側には三組を配置します。友子さんには無理を強いることになりますが、圭市全域の遊撃を行っていただきます。苦戦している区域を援護してください」
柳田秀はそこで口を閉じ、代わりに水谷紗夜が話を始める。
「私たちも必要に応じて、できる範囲で援護に向かうわ。あなたたちも苦戦している区域への応援はして欲しい。でも、あなたたちは応援に向かったとしても、隣の区域までよ。まずは、自分の担当区域の防衛を最優先に考えて。浩二くんと香子ちゃんも、宗一とさくらを捜す途中に援護してくれると思うから」
彼女がそう言い終えたとき、柳川友子が挙手をして立ち上がった。
「秀さん、紗夜さん。質問なんですが、山坂と香子の姿が見えません。二人は今、何をしてるんですか?」
険しい口調でそう尋ねる彼女に対し、柳田秀は表情を曇らせて答える。
「それが、浩二さんと香子さんとは、昨日から連絡がつかないのです。携帯電話はもちろんのこと、霊力による意思疎通さえもできません。二人の居場所は、見当もつきません」
その言葉を聞いて、柳川友子は眉をひそめる。
「じゃあ、山坂と香子は、何の連絡もなしに、電波も霊力も届かない場所に行ったってことですか?」
「ええ、そのようです。しかし、二人はどうやら、山坂宗一によってどこかへ連れ去られたようです。昨日の夕方、多数の悪霊に追われる香子さんの霊力を感じました。おそらく、この前の新月の夜のように、ある場所に誘導されたのでしょう。香子さんだけではなく、浩二さんも一緒に」
「山坂宗一が二人を連れ去った場所は、どこかわかりますか?」
柳川友子がそう質問すると、水谷紗夜は小さく首を横に振った。
「いいえ。ただ、秀ちゃんの霊力が届かない場所であることは確かよ。ここからかなり遠く離れた所か、あるいは宗一に霊力を遮断されているのか。根拠はないのだけれども、そう遠くない場所に閉じ込められている可能性はあると思うわ。もしかすると、退魔村跡地かもしれないわね」
「退魔村ですか。もしそうだとしたら、山坂宗一の目的は何なのでしょうね?」
「浩二くんと香子ちゃんに、なにかさせたいことがあるのかもしれないわね。少なくとも、何かの目的のために、二人を圭市から引き離したことは確かだわ」
「わかりました。ありがとうございます」
柳川友子は質問を終えると、その場に腰を下ろした。
訓練場に静寂が訪れる。それから、その空気は徐々に重くなっていった。退魔師たちの懸念を察知したかのように、柳田秀は苦い表情で話し始めた。
「おそらく、浩二さんと香子さんが圭市の防衛に参加しないことはないと思います。山坂宗一と月影さくらは、満月の夜の浩二さんと香子さんと戦いたい様子でしたから。よほどのことがない限り、浩二さんと香子さんはあの二人と戦います」
彼はそこで一呼吸置いた。
「ですが、万が一という事もあります。仮に浩二さんと香子さんが、もしくは浩二さんが参戦しなかった場合でも、僕たちはやれるだけのことをやるしかありません。悪霊の攻撃から市民を守りつつ、山坂宗一と月影さくらを見つけ、刺し違えてでも倒す。それしかありません」
「私たち退魔師の争いに、他の人を巻き込むわけにはいかないものね」
水谷紗夜が神妙な面持ちでそう言うと、残党のメンバーたちは再び口を閉ざした。そこで、一人の少女が座ったまま手を挙げた。
「あの、霊能者協会や除霊師たちの協力はないんですか?」
その問いに対し、柳田秀は力なく首を横に振った。
「その方たちの協力を得ようとしたのですが、すべて断られました。山坂宗一と月影さくらが圭市を襲撃するという根拠がないからです。それに、彼らはその二人には関わりたくないのでしょう。襲撃が本当だとしても、身内の不祥事は身内で片付けろとのことでした。日本最悪の霊能力者は、その弟と妹である浩二さんと香子さんに任せるしかなくなりました」
彼に続き、水谷紗夜が口を開く。
「協会側が下手に手を出せば、宗一とさくらを不必要に刺激してしまうことになるわ。そうなれば、日本全体、いや、世界全体に悪霊を放つ可能性も捨てきれないのよ。私たちはもう、あの二人の手の上で踊らされるしかない。二人の望むとおりに、浩二くんと香子ちゃんと退魔師残党で、決着をつけるしかないわ」
彼女は少し間を置いて、再び言葉を発した。
「その先に、どんな結末が待っているかはわからないのだけれどね」
その後、残党の少年少女たちは沈黙した。
彼らはただ、山坂浩二と月影香子の参戦を願うしかなかった。
重い空気なのかで、柳田秀は表情を崩して口を開いた。
「とりあえず、今日は少しだけ訓練をして、霊力操作の勘を取り戻してください。その後は、明日の戦いに備えて充分に休みましょう」
彼の言葉で、圭市防衛の打ち合わせは終了し、新たにリハビリのための訓練が始まった。