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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第四十話 誘導③

 そのとき、強大な霊力を持つ存在が山坂浩二の遥か上空から急降下してきた。それは彼の頭上に居た悪霊三体を一瞬で斬り裂き、残り六体の悪霊も瞬時に薙ぎ払った。

 山坂浩二は異変に気付いて目を開ける。

 目の前に、セーラー服姿の月影香子がいた。


 彼女は悪霊の動きを止めた直後、左の刀を霊力の粒子に戻して体に吸収し、左腕に山坂浩二を抱えた。そして、空に向かって飛び上がった。

 月影香子が斬り払った悪霊が、その姿を元に戻して二人の追跡を開始する。しかし、山坂浩二たちの周りにいるのは九体だけではなかった。

 二人は瞬く間に数百体もの悪霊に囲まれ、辺り一面が黒に包まれた。

 山坂浩二はそこで、自分の身に何が起こったのかを察した。


「きょっ、香子! お前なにを!」


 山坂浩二は慌てて声を上げるが、月影香子は険しい表情のまま応える。


「なにって、悪霊から逃げるのよ!」


 彼女は叫ぶようにそう言って、飛行速度を上げた。左腕に山坂浩二を抱えたまま、月影香子は迫ってきた悪霊を右手の刀で追い払う。悪霊の群れの中で空いている場所を探し、そこに向かってひたすら逃げ続ける。


「これは宗一のしわざね。この前の新月の夜とやり方が同じだわ。次はあたしたちをどこへ連れて行こうというのかしら」


 月影香子は悪霊の攻撃を回避しながらそう呟いた。彼女もまた、帰宅後に悪霊の襲撃を受け、それらから逃げていた。そのときに山坂浩二のことが気になり、彼のアパートへと飛んで行った。その途中、悪霊に囲まれている彼を見つけ、こうして救助することができたのだった。

 しかし、助けてもらった側の山坂浩二は、月影香子の腕の中で暴れていた。


「おい! 香子! 離せよ! 離せってば!」


 彼は声を荒げ、月影香子から離れようと必死にもがいていた。手足を彼女から離し、月影香子の体を殴り続けている。

 しかし、山坂浩二の殴打など、月影香子にとっては痛くもかゆくもなかった。彼女の左腕は山坂浩二をしっかりと掴んで離さず、彼の体を安定させようと気を使っている。

 山坂浩二は叫ぶのをやめなかった。


「離せよ! 俺のことなんかどうでもいいから!」


 自棄になった彼の言葉に、月影香子は眉をひそめた。


「浩二。あんた死にたいの?」


 そう言う彼女の声は低く冷たかった。


「ああ! そうだよ! だから下ろしてくれって!」

「それは出来ないわね。死にたいのなら、もうとっくに自殺してるはずじゃないの? それに、悪霊に襲われても反撃しようとしてたじゃない? あんたが死にたいっていうのは嘘よね。本当は死ぬのが怖いくせに、死にたいなんて言うんじゃないわよ!」


 月影香子の怒号が山坂浩二の耳を貫く。彼女の言う通りだった。山坂浩二は死を覚悟していながら、誰よりも死を恐れていた。それを月影香子に見抜かれ、彼は言葉を失った。

 右の刀で悪霊を払い飛ばした後、彼女は再び口を開いた。


「浩二が死ぬのは、このあたしが絶対に許さない」


 月影香子はその言葉の後、一言もしゃべらなかった。山坂浩二は大人しく彼女に抱えられたままでいた。

 悪霊に囲まれ、どこかへ誘導されながら、二人は逃げ続けた。




 どれだけ逃げ続けたかはわからない。やがて二人の周りから悪霊の姿が激減し、状況が明らかになった。

 月影香子は空中で周囲を確認した。

 東の方角から日が昇りつつある。どうやら、悪霊の襲撃から半日ほど逃げ回っていたようだった。そして、この場所はどこかの山地のようだ。眼下には森林が広がり、その一角には土砂で塗りつぶされたような場所がある。


 月影香子は誘い込まれるように、その場所へと降りていった。

 彼女は土の上に足を着け、山坂浩二を下ろした。彼はその場に腰を下ろすと、そのままうなだれてしまった。

 月影香子は朝焼けに染まる空を見上げた。


「ここが、宗一があたしたちを連れて来たかった場所なの?」


 彼女はそう問いかけてみるが、もちろん返事はない。月影香子は大きく息を吐き、この場所から離れようと飛び上がった。

 しかし、どこからともなく悪霊が目の前に現れ、彼女の行く手を阻んだ。強行突破を試みようとしても、悪霊の数は増えるばかり。元の場所に降り立ってみると、悪霊は姿を消した。


 月影香子はもう一度飛び上がった。

 それでも、結果は同じだった。どの方向に飛んでも、悪霊が現れて彼女を追い返そうとする。奥へ進めば進むほど数が増え、その攻撃性も増していく。

 月影香子はこの場所から抜け出すのを諦め、山坂浩二のもとへ戻った。


「宗一は、あたしたちをここから出すつもりはないみたいね」


 彼女はそう言うが、山坂浩二は何も言わなかった。月影香子は、地べたに座ったまま動かない少年を見て小さく息を吐き、もう一度話しかけてみることにした。


「浩二。あんた、ここがどこかわかる?」


 すると、山坂浩二は地面に視線を向けた状態で応えた。


「わかるわけないだろ」

「まあ、そうよね」


 小さな声で返された言葉に、月影香子は少し笑いながら相槌を打った。彼女は辺りを見渡した後、表情を引きしめて、山坂浩二の右手首を左手で掴んだ。


「ほら。とりあえず、ここがどこなのかっていう手がかりを探しに行くわよ」


 山坂浩二は彼女の顔を見上げ、わざとらしくため息をつく。


「香子一人で行けばいいだろ」

「浩二も行くの。あたし一人じゃ見落とすこともあるかもしれないから」

「俺なんて役に立たないだろ」

「またそんなこと言うのね、あんた。じゃあいいわ。このまま浩二を肩に担いで行くから」

「は? それはやめてくれ」

「それが嫌ならおとなしく一緒に行くことね」

「……ちっ。今回だけだぞ」


 月影香子に迫られ、山坂浩二は嫌々立ち上がった。そして、彼女に右手首を掴まれたまま、この荒れた場所を歩くことになった。


 この場所は、元は山村だったようだ。土砂崩れでもあったのだろうか。家屋はすべて倒壊し、倒木や折れた枝があらゆるところに突き刺さり、転がっている。畑や水田だったと思われる場所も、今は土砂に埋もれてしまっている。電柱も倒れたままであり、千切れた電線がいくつも垂れ下がっている。もちろん電気は流れていない。

 人々が暮らしていた痕跡のある場所は、比較的平らだった。その周りは森林で覆いつくされていて、その先へ進めば傾斜が急になっている。

 この人里だった場所はまるで、世界から隠れているかのようだった。


 二人は歩き続けた。


 山坂浩二は月影香子に触れられ続け、周囲の状況確認どころじゃなかった。細長くて白い五本の指が手首に絡みつき、その柔らかい感触が伝わる度に彼の全身に電流が走る。緊張が最高量に達し、心臓は激しく動き続けていた。

 恋心を抱き、毎晩のように空想の中で汚していた少女に触れている。それだけで気が気でなかった。喜びと罪悪感が入り混じり、自分でもわからない感情に支配される。

 月影香子に悟られないように平静を装うとするが、逆効果だった。意識することで脈拍の音がますます大きくなっていくように感じた。

 山坂浩二は、黙っているしかなかった。


 そんな彼に対し、月影香子は少しでも手がかりを掴もうと周りに注意を向け続けていた。そのため、山坂浩二の変化には気づいていないようだった。

 それでも、彼女はこの場所がどこなのかという見当はある程度ついているようだった。


「この空気。この感じ。この風景。……いや、まさかね」


 彼女は時折そのような独り言を呟いていた。



 やがて、あるものが月影香子の目に留まった。それは白い板状のもので、なにやら黒い文字が書かれているようだった。しかし、その大半が土砂に埋もれていて、地上に出ている部分の文字はかすれている。かろうじて読める程度ではあった。それには『民館』と書かれているようだった。


「公民館?」


 月影香子はそう呟き、山坂浩二を連れて看板に歩み寄った。彼女はその白い板状のものを見下ろし、後ろに振り向いた。


「浩二。この看板を掘り起こすのを手伝ってくれない? 村か町かはわからないけど、ここの名前が書いてあるかもしれないから」


 彼女がそう言うと、山坂浩二は目を逸らした。一度断ろうとも思ったが、どうせ強制的に手伝わされるに決まっている。彼はそう思い、月影香子と目を合わせた。


「いいよ」


 山坂浩二が小さく返事をすると、月影香子は彼の手を離し、埋もれた看板と再び向き合った。朝の冷たい風を浴びながら、深呼吸をし、彼女は山坂浩二とともに掘り出し作業に取りかかった。

 その看板は山坂浩二くらいの大きさがあり、周囲の土も固まっていたので、いきなり引き抜くことはできなかった。


 二人は霊力を少しだけ使い、土を蹴ることで土砂を崩していった。ある程度柔らかくなったところで、月影香子が霊力で身体能力を向上させて地面からその看板を引き抜いた。

 セーラー服や白のスニーカーが土で少し汚れてしまったが、彼女にはそれを気にした様子はなかった。看板の土を払い、それを地面に置く。月影香子はそこに書かれた文字を読み上げた。


「日吉村公民館……」


 そのかすれた黒い文字を目の当たりにし、山坂浩二と月影香子は目を見開いた。


「間違いないわ。ここは、あたしたちの故郷の……退魔村よ」


 月影香子は困惑したようにそう言って、顔をしかめた。


「宗一。あたしたちをここに誘い込んで。あんたは一体何が目的なの?」


 そう呟く少女の隣で、山坂浩二は驚愕で何も言えなくなっていた。

 二人はしばらくの間、その看板の前で立ち尽くしていた。




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