第三十三話 激情③
そして、柳川友子の表情が崩れた。
「うっ、うう……」
柳川友子の目から涙があふれる。彼女は必死に声を抑えながら、月影香子の目を見つめた。それでも、涙を止めることが出来ず、彼女の頬を伝って顎から落ちていく。
目の前の少女が泣き始めたことに、月影香子はわずかに動揺した。
「友子……」
しかし、月影香子は言葉が見つからず、親友の名を呼ぶことしかできなかった。柳川友子は目を強く閉じ、右拳を地面につけたまま口を開く。
「香子、ごめん。ひどいこと言って、ほんとにごめん」
柳川友子の声は震えていた。彼女の心は今、親友に対する暴言への後悔でいっぱいなのだろう。そのうえ、月影香子の人としての尊厳を踏みにじったにもかかわらず、月影香子は柳川友子を認めるかのような言葉をかけた。退魔師としての力だけでなく、人としても自分は劣っていると思ってしまっているのだろう。
真面目で努力家が落とす涙を頬で受けながら、月影香子は首を小さく横に振った。
「もういいわよ。あたしが村の道具だったのは本当なんだし」
彼女はそう言って小さく笑う。
しかし、柳川友子の耳には届いていなかった。
「ごめんよ。本当は気持ち悪いだなんて思ってないから。アタシ、なんでそんなこと言っちゃったのか、自分でもわかんないよ」
柳川友子は両手で顔を覆い、首を振り乱す。手に付いていた土で顔が汚れても、柳川友子は気にも留めなかった。彼女はただ、体を縮めて声を上げるだけだった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
柳川友子はひたすら謝っていた。
そんな彼女の姿に、月影香子は見かねて息を静かに吐き出した。そして、月影香子は上半身を起こし、馬乗りになっていた柳川友子を優しく抱きしめた。
「きょう、こ……?」
月影香子の行動に、柳川友子は顔から両手を離して怪訝そうな表情を浮かべた。互いの顔が見えないなか、月影香子は穏やかに笑って柳川友子の耳元でささやく。
「つらかったね。でも、頑張ったね」
優しい声だった。柳川友子は目を見開く。それは、彼女のすべてを受け入れるかのような言葉だった。
そこで、柳川友子の何かが決壊した。
彼女の顔が歪む。歯を食いしばり、眉間にしわが寄る。そして、
「うああああああああああああああ!!!」
柳川友子は泣き叫んだ。目の前の肩に顔を当てたりせず、彼女は上を向いてすべてを吐き出した。真面目で努力家の少女は、涙も声も枯れるまで自分を解放した。
月影香子は優しく笑ったまま、柳川友子を抱きしめていた。