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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第二十一話 誇り高き少女⑤

 その後、水谷紗夜は茫然とするしかなかった。

「香子……ちゃん?」

 彼女の出した声は震えていた。

 水谷紗夜の大斧を左手一本で受け止めた月影香子。彼女はうつむいて、依然としてそこに立っていた。大斧と接触している左の掌は形を保ってはいるものの、皮膚が破け、中の肉まで抉れている。そこからは血液が絶え間なく流れ、雫となって床に落ちていく。小さな血だまりがすでに出来上がっている状態だった。

 言葉を失った水谷紗夜の前で、月影香子が口を開く。

「ちゃんと、刃はなくしてくれているじゃないですか」

「え?」

 動揺を隠せない水谷紗夜。月影香子はゆっくりと顔を上げ、水谷紗夜を優しい笑顔で見つめる。

「あたしは、殺されても文句が言えないくらい、紗夜さんにひどいことをたくさん言いました。それに、紗夜さんにいっぱい怪我をさせました。明日からの浄化任務に支障が出るかもしれないのにね」

 月影香子は一呼吸置いた。

「なのに、紗夜さんはあたしが死なないように気を使ってくれました」

「こ、これは……」

 水谷紗夜は月影香子から目線を逸らして自らの手元に目を向ける。たった一度振っただけで両手はひどく汗ばんでいる。斧の刃の部分へ視線を移すと、月影香子が言った通りに鋭い箇所などなく、ただの分厚い塊でしかなかった。

 視線を月影香子に戻す。

 すると、月影香子は水谷紗夜の双眸をまっすぐと見つめ返した。

「紗夜さんは、仲間想いのいい『リーダー』です」

 月影香子のその言葉に、水谷紗夜は目を見開いた。そして驚いたように口が半開きになる。しかし、そこからは言葉は出てこない。

「紗夜さんが仲間想いだからこそ、残党のみんなはついてきたんです」

 月影香子は優しく、穏やかな声で水谷紗夜に語りかける。水谷紗夜は喉元を震えさせながら必死に声を出した。

「香子ちゃん……」

 ようやく絞り出せた声で目の前の少女の名前を呼ぶ。そして、全身から力が抜けていき、水谷紗夜は斧から両手を離してその場に両膝を落とした。

 二メートルを超える銀色の両刃斧が無数の赤い光の粒子に変化していき、ゆっくりと分散していく。それらは月影香子と水谷紗夜を照らした後、静かに姿を消していった。

 月影香子の左手から大量の血液が落下していく。彼女は顔を歪めるが、左手に霊力を集めてその傷を癒す。

 水谷紗夜は力なく腰を落とした。

 自己回復を終えた月影香子は左手を下ろすと、水谷紗夜のもとへと歩み始めた。息を切らし、汗も出ないほどに消耗していても、彼女はおぼつかない足取りで水谷紗夜のそばへと歩み寄った。

 月影香子はそのまま片膝立ちになり、水谷紗夜と目線を同じ高さに合わせた。

「他人からもらった力でも、それはもう紗夜さんの力です。気にすることはありません。どんなに危険な任務でも必ず成功させて帰ってきますし、それに、あたしと一対一で戦えるんです。紗夜さんは充分強いです」

「でも、でも」

 月影香子の敬意を表した言葉に、水谷紗夜は困惑しているようだ。

 自分を見失った彼女に、月影香子は穏やかに問いかける。

「紗夜さん。紗夜さんは、自分が本当はどうしたいのか、もうわかってるんじゃないですか?」

 水谷紗夜は口を閉じ、目を逸らす。

 彼女はもうわかっている。だが、自信の無さが邪魔をして言えないのだろう。

 そんな水谷紗夜に、月影香子は片膝立ちのまま深く頭を下げた。それは、一人の少女が目の前の女性にひざまずいているかのようにも見えた。

「あたしたちには、紗夜さんが必要なの。お願い紗夜さん。あたしたちに力を貸して。あたしと一緒に戦って」

 水谷紗夜はわずかな沈黙の後に口を開いた。

「私なんかで、いいの?」

 目を泳がせながら、弱々しい声でそう言う水谷紗夜。月影香子は頭を上げ、そんな彼女を曇りのない瞳で見つめた。

「紗夜さんじゃないとだめなんです。紗夜さんじゃないとできないんです。もう一度、退魔師残党を結成しましょう。紗夜さんなら、必ずできます」

 月影香子の芯の通った声に、水谷紗夜は感化されたように息を吸い込んだ。そして、その少女の双眸を見つめ返す。

「香子ちゃんは、私をリーダーだと認めてくれるのね?」

「もちろんです」

 即答だった。

「そう」

 そこで、まるで重荷から解放されたかのように水谷紗夜の表情が和らいだ。自信を失い闇に覆われたその目に、光が戻ってくる。

「香子ちゃんにそう言ってもらえるだけで、私は救われた気がするわ。わかった。香子ちゃん、一緒に立ち向かいましょう。秀ちゃんと友子ちゃん、そして他のみんなを立ち直らせて、山坂宗一と月影さくらの襲撃から圭市を守りましょう。それは、私たち、浄化の退魔師にしかできないのだから」

 水谷紗夜の決意とも取れるその言葉に、月影香子はできる限りの笑みを浮かべ、もう一度頭を下げた。

「ありがとうございます」

 柔らかな空気が二人を包む。

 月影香子は頭を上げた。だが、そこで緊張の糸が切れたのか、彼女の表情から覇気がなくなっていく。

 呼吸が弱まっていき、体がぐらつく。

「あれ? おかしいわね。なんか、体が動かな……」

 顔に右手を当ててそう呟いた直後、月影香子の体が大きく前方に倒れ始めた。

「香子ちゃん!?」

 水谷紗夜は目を見開き、とっさに彼女の体を抱き留める。

 心配そうに月影香子の顔を覗く水谷紗夜であったが、少女の穏やかな寝息が聞こえてくると、あきれたように力なく微笑んだ。

「まったく、香子ちゃんも本当に困った子よね。私がここに来るまで休まずに待ち続けて、私にしたことと言えば、体力的に限界なのに斬りかかってきて、安っぽい説教をしたくらいだもの。ほんと、似合わないことを無茶してするんだから」

 水谷紗夜は自分の右肩に顎を乗せて眠っている少女を、優しく抱きしめる。

「でも、ありがとう、香子ちゃん。あなたは、本当に立派な退魔師よ」

 彼女は月影香子にそうささやきかけると、静かに倉庫の天井を見上げた。月影香子は寝息を立てるばかりだ。

「あの香子ちゃんが気にかけてくれたから。香子ちゃんが私をリーダーだと認めてくれたから。香子ちゃんに勇気をもらったから。何があっても、私は逃げないわ。私にできることなら、何でもするわよ」

 太陽はすでに沈み、外は暗くなっている。半分ほど満ちた月が天高く上り、下界を青い光で照らしている。

「圭市は私たちが守るわ。だから、浩二君のことは任せたわ。それと、山坂宗一と月影さくらの始末はお願いするわね、香子ちゃん」

 水谷紗夜は退魔師残党の副リーダーとしての誇りを取り戻した。再び頼もしき退魔師となった彼女は、どんな逆境でも決して折れなかった誇り高き少女、月影香子に、自分たちの悲願を託した。


 山坂宗一と月影さくらの襲撃まで、あと七日……。





 第四章の第四節はこれで終了です。

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