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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第十六話 変わらないもの⑨

 山坂浩二は部屋に戻ると、休憩することなく筋力トレーニングを始めた。まずは腕立て伏せを三十回行い、次に腹筋五十回、背筋三十回、スクワット三十回。

 他にも数種類のトレーニングを一通り行ったが、まだ余裕がある。彼は再び腕立て伏せを開始した。

 大きく呼吸をしながら体を鍛えていく。

 霊力を上手く使えるようになるには、霊力を大きくするには、基礎体力が最も重要だ。体を鍛えることで精神的にも強くなっていく。霊力というのは、もともとは体力と精神力を結びつける力のことを指す。しかし、この力の強さで、生み出される力の強さも決まってくるので、体力と精神力が結びついて生まれる力のことを霊能力者たちは霊力と呼んでいる。

 一般的な意味での霊力は生み出された力のほうだ。

 もちろん、これには体力と精神力が必要。結びつける力がどれほど強くても体と心が弱くては、大きな霊力は作り出せず、また霊力操作もままならない。

 こういうわけで、浄化の退魔師には基礎的なトレーニングが必要不可欠なのだ。

 二セット目の筋トレが終わると、山坂浩二は身体中を疲労で震わせながら荒い息づかいをしていた。

 彼はフローリングの床に座り込み、両手を床に付けて天井を見上げた。

 呼吸を整えながら、口元を上げる。

「よし、次は霊力操作の訓練でもするか」

 そう呟いて、山坂浩二は立ち上がった。深い呼吸で心身を落ち着かせ、両目を閉じる。体の内側を感じとっていく。男の青い霊力は七割、女の赤い霊力は三割。平常時の割合は変わっていないが、量がやや落ちている。一週間も訓練をしていなかったのだ。霊力が弱くなり、扱いにくくなるのは仕方のないこと。

(少し鈍ってるな。まずは男の不可視からやってみるか)

 山坂浩二は体内の青い霊力を制御し、少量を体外へと放出していく。薄い膜を作るかのように、球状になって全身を覆う。

 これで不可視の状態になった。一週間ぶりとはいえ、すんなりと成功したことに山坂浩二は喜び、右手でガッツポーズをとった。霊力操作の感覚を味わうのは、あの時以来だ。

 そう。あの時以来。

 ここで山坂浩二の脳裏にあの光景が浮かび上がった。倒れ伏す残党、血まみれの水谷紗夜、四肢が折れ曲がった柳川友子、縛り上げられた柳田秀、赤子のごとく扱われる月影香子……そして圧倒的な力を持ち山坂浩二に凄まじい恐怖を与えた山坂宗一と月影さくら。

 新月の夜。

 残党を壊していった二人。

 その時の記憶が鮮明に呼び起こされる。霊力を使うという感覚が恐怖へと直結していく。


 嫌だ。

 死にたくない。

 戦いたくない。

 怖い。

 自分の霊力が恐い。

 暴走したら街は壊れみんな死ぬ。

 でもあの二人には殺させたくない。

 自分たちとこの街を守りたい。

 でも、戦うのが怖い。


 山坂浩二の集中力が切れ、不可視の結界は無数の青い光の粒子となって霧散していく。その直後、山坂浩二は両膝を床に落とし、両手で頭を抱えた。

「ダメだ。もう、霊力なんか、使えねえよ……」

 全身が震え出す。青白い光が周囲を飲み込む。そんな映像が頭をよぎる。満月の夜、魔神並みに飛躍した霊力が暴走する。それは文字通りの災厄だ。そうならなくても、悪霊が人々の体を貫き、引き裂いてわずかな霊力にもしゃぶりつき、月影さくらが人間を斬り裂いていく。退魔村壊滅時と同じように圭市は地獄と化す。

 昼間の決意は跡形もなく消え去った。

 山坂浩二の呼吸が乱れる。

 彼の体が倒れ、うずくまる。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 恐怖に耐え切れず、どうすればよいのかわからなくなった山坂浩二は、ジャージの左ポケットから黒色の携帯電話を取り出した。開いて操作。液晶画面に一つの写真を映し出した。

 すべては安らぎを得るため。

 そこに映し出されていたのは月影香子だった。退魔師の力を取り戻した翌日に撮った、山坂浩二と月影香子の二人の写真だった。月影香子は笑顔で山坂浩二の首に左腕を回してピースを作り、山坂浩二はただ半分あきれ顔でいる、あの写真。

 山坂浩二はそこに映る月影香子だけを見つめる。

 希望に満ちていたあの頃はよかった。

 香子と笑い合えていたあの頃はよかった。

 山坂浩二はそんな思いを募らせていく。やがて、その思いは彼の奥底にある欲望を刺激した。月影香子を犯したい。好きな女が快楽に溺れる姿を見たい。

 表面的には抑えている獣の感情が、檻を破って外へ飛び出してくる。

 そして、今日も抵抗虚しく、体が反応してしまった。

 山坂浩二は我慢できずに、写真を表示させたままの携帯電話を持ってトイレに駆け込み、閉じこもった。数分後に流水音があり、その少し後、彼は部屋へと戻ってきた。

 完全に気力を失った表情。おぼつかない足取りでコタツの前までたどり着くと、カーペットの上で倒れ込んだ。

「最低最悪の男だな、俺って」

 光の宿っていない目をして、山坂浩二はしばらくの間、自らへの恨み言を呟き続けた。


 山坂宗一と月影さくらの圭市襲撃まで、あと九日……。





 


 第四章第三節「変わらないもの」はこれで終了です。

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