第十五話 変わらないもの⑧
一時間ほどかけて、山坂浩二は自室のあるアパートに帰ってきた。戦うことを決意した彼は、勇み足で外階段を上り、自室へと入っていった。
こたつのそばにスポーツバッグを下ろす。それからすぐに制服のズボンから携帯電話と財布を取り出してカバンの上に置いた。次に学ランのボタンを一つずつ外し、脱いだ後はキチンと畳んでから床に置く。
ワイシャツもスラックスも同様に畳んで床にきれいに並べた。
白色無地の長袖シャツとトランクス姿の山坂浩二。
「まだ少し寒いなあ」
彼はそう呟きながら、今朝床に脱ぎ散らかしてきた黒色のジャージを履き、続いてタンスのそばに放置してあった黒色パーカーを羽織った。
「いち、にっ、さん、しっ」
山坂浩二は準備体操を始める。膝の屈伸から始まり、脚や腕を伸ばしたり、肩と首を回したりして、固くなった体をほぐしていく。
体がある程度温まったところで、山坂浩二はスポーツバッグの上に置いてあった携帯電話と財布を掴んでジャージのポケットに入れた。白色のスニーカーを履き、部屋の扉を開けて外に出る。
財布から鍵を取り出して扉を閉め、ドアノブをひねって施錠の確認。鍵を財布に戻し、財布はジャージのポケットへ。
「ううん、やっぱり少し寒いな」
山坂浩二はパーカーのチャックを締めながら外廊下を歩く。階段を早足で下り、道路に入る頃には走り始めていた。
そのまま河川敷広場に向かい、広場を抜け、銅鏡川沿いを長距離走のペースで走っていく。未来橋へ向かう道の反対方向だ。
「はっ、はっ、ふっ、ふっ、はっ、はっ、ふっ、ふっ」
軽快なリズムで呼吸を行う山坂浩二。ほぼ一週間ぶりに激しい運動をしているためか、体は少しつらいが気分は晴れやかだ。
彼は柳田秀から、
「霊力の基盤は体力と精神力です。普段から運動をしていきましょう」
と言われていたことを思い出す。
もともと、山坂浩二は体力が衰えすぎないように徒歩通学をしている。移動をすべて徒歩にすることで運動不足にならないようにしていた。
だが、高校からは部活動に所属していないため、ランニングや筋力トレーニングといった激しい運動をする機会がなかった。退魔師の力を取り戻してからは訓練で体を動かしていたので、現在は中学三年の夏の絶頂期程度まで体力は戻ってきた。
山坂浩二は戦うという決意で胸を躍らせながら、走っていく。
夕日が差す頃になると、山坂浩二はもと来た道を引き返し、アパート前の河川敷広場に着くまでランニングを続けた。
彼は河川敷広場に入ると歩き始め、荒くなっている呼吸と脈拍を整える。二時間近く走り続けたので、山坂浩二のシャツとパーカーは汗で濡れて肌に密着し、顔にも汗の粒が浮かんでいる。暖かくなってきたとはいえ、まだ肌寒く、夕方になると冬の気配が消えていないということを感じられる。
山坂浩二は外気で体を冷やされるのを感じながら、自室へと戻っていった。