第十三話 変わらないもの⑥
店長の注意によって落ち着きを取り戻した喫茶店内。テーブル席の客は山坂浩二たちを睨むのを止め、それぞれのしていたことに意識を戻した。
カウンター席に会話がなくなってから数秒後、山坂浩二は常連客たちの沈黙を押しのけるかのように口を開いた。
「あの、店長? 一つ訊きたいことがあるんですけど」
彼の言葉に店長は朗らかに応える。
「なんだい? 前みたいにお説教かい?」
「いや、お説教とかではないんですけど……その、今はアルバイトを雇ってはいないんですか?」
山坂浩二は苦笑しながら尋ねた。
「ああ、アルバイトね。今は何人か大学生を雇ってるよ。平日の夜とか休日にちょっと手伝ってもらってるかな」
「大学生ですか。新しく雇ったのはいつごろですか?」
「そうだね……浩二君が辞めてからはいろいろと反省して、去年の十月までは一人でやってたかな。真面目に料理とかお客さんの相手をしていたら、いつの間にかお客さんの数も増えてね。一人じゃやってられなくなったんだ」
店長は天井のプロペラ(シーリングファン)を眺めながら、山坂浩二がアルバイトを辞めてからのことを話していく。
「うちは最近流行りのブラック企業じゃないから、仕事は楽だし時給も少し高めに設定していて、学生さんも楽しく手伝ってくれているよ。でも、僕がまともになっちゃったから、以前の浩二君と僕とのような面白い関係ではないかな。今の僕とアルバイトの子たちは、ただの雇い主と雇われの関係だよ」
店長はそこでため息をついた。
「なんだか、物足りないんだよねー」
すると、
「そうそう。こう言っちゃ悪いけど、浩二君と比べると今のアルバイトの子たちは冷たいんだよな。雑談にも長くは付き合ってくれないし」
横の常連客たちも口を挟んできた。
「島崎さんのお尻を引っぱたく子なんていないし、つまらないわね」
「なんだか、普通の喫茶店になってしまったのう」
山坂浩二は表情を緩めて常連客に顔を向けた。
「何言ってるんですかー。店員が真面目に働いてて、お客さんも増えて、いい店になってるじゃないですかー」
山坂浩二は思ったことを口にした。すると、常連客三人は口を閉ざして互いに目を合わせ始めた。顔は笑ってはいるが、なんだか微妙な空気だ。
(あ、あれ? 俺、なんか変なこと言っちゃったのかなあ)
彼は口元を上げて焦りを誤魔化そうとした。しかし、他人から見れば山坂浩二がそわそわしているのは一目瞭然。
店長はそんな彼の耳元に顔を近づけて、常連客たちに聞えないよう、ささやいた。
「小杉さんたちは、浩二君を気に入ってくれてたんだよ。もちろん、あの作家さんもね」
さりげなくウインクをする店長。
山坂浩二はその言葉を聞いて、嬉しさと恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまったのだった。