第十一話 変わらないもの④
常連客三人と店長が会話に花を咲かせている横で、山坂浩二は目の前の料理を次々と口の中にかきこんでいく。
(ちょっと心配してたけど、ちゃんと料理の腕も上がってるじゃないか。そこらへんの飯屋よりずっと美味い。さすがに川上食堂とまではいかないけどな。あそこは別格だから)
山坂浩二は咀嚼中に何度も頷き、満足そうな笑みを浮かべていた。揚げ加減も焼き加減も絶妙で、味付けも悪くない。唐揚げはしっかりと下味がついていて、噛めば噛むほど旨みが口の中に広がっていく。エビフライは噛むと衣が軽快な音を立て、エビの張りのある食感が幸福度を上げてくれる。店長お手製のタルタルソースとの相性も抜群だ。チキンライスは量が多かったものの、最後まで飽きのこない出来上がりだった。
山坂浩二は出されたものを平らげると、箸とスプーンを皿の上に置いた。
「ふう、ごちそうさまでした」
いつものように、顔の前で手を合わせる。山坂浩二は満足げな様子で、コップに残っていた水を飲み干した。
食事で少し熱くなった体が冷やされるのを感じながら、彼はカウンターに空になったコップをそっと置く。そのとき、店長が山坂浩二に顔を向けた。
「浩二君、食後のコーヒーはどう? サービスするよ」
落ち着いた表情の店長に尋ねられた山坂浩二は、わずかな間を置いて答える。
「そうですね、お願いします」
「はーい。あ、食器さげてもいいかな?」
「お願いします」
山坂浩二の目の前にあった皿と汁椀を手に取り、店長は奥の厨房へ向かっていった。そしてすぐにカウンターまで戻ってくると、店長はコーヒー豆を挽き始めた。
(島崎さん、ちゃんと注文を受けてから豆を挽くようになったんだ。前はインスタントで済まそうとしてたのにな。ほんと、成長したよね)
山坂浩二は作業に没頭する店長の背中を眺める。
(俺がバイトをし始めた頃なんか、ろくに料理もしなかったし飲み物もてきとうだったし接客も危うかったからな。この三人とかあの作家さんとか常連客がいなかったら、もうとっくに潰れてるぞこんな店)
頬を緩ませる山坂浩二。
(俺も不運だよなー。学校から遠くて先生にもバレなさそうな店でバイトしようと思って、この辺りをぶらついてたときに偶然ここを見つけて、アルバイト募集の紙が貼ってあって、それで魔が差しちゃったもんな。バイトを申し込んだらあっさり受かっちゃったし。で、いざバイトし始めたら、少し前に奥さんと死別したことでずっと落ち込んでて、島崎さん全然働かないんだもん)
山坂浩二はため息をついた。
(俺がここでやってたことって、接客と店長のケツ叩きくらいだよな。ま、結局、谷口の野郎がこの店に偶然来たことが原因で辞めるはめになってしまったけどね。三か月くらいしかバイトしてなかったわけか)
コーヒーの製造過程も最終段階に入ったことを認識しながら、山坂浩二は以前のことを思い出していく。
(俺の学校は校則でバイトしちゃいけないことになってるもんな。許可をもらうにも、特別な事情がないといけないし。仕送りが少ないのは俺からお願いしてたことだし、許可をもらおうとしておばさんの顔に泥を塗りたくなかったから許可申請はしなかった。でも、谷口にバイトがばれた。最初に見つかったのが俺でよかったな、とか言って谷口はアルバイトを見逃してくれたけど。他の先生に見つかったら厄介だし、俺はバイトを辞めることにしたんだよな)
山坂浩二は口元を上げて目を閉じた。
(俺が辞めるって言ったときの店長、すごく悲しそうな顔してたんだけど、ちゃんとやってるようで安心した)
山坂浩二が目を開けたのと、食後のコーヒーが差し出されたのは、ほぼ同時のことだった。