第十話 変わらないもの③
山坂浩二は腰かけた状態で店長を見上げた。彼は依然として微笑んでいる。
「浩二君、メニューは必要かい?」
店長が水と氷の入ったコップを置きながらそう尋ねると、山坂浩二は首を小さく左右に振った。
「いえ、大丈夫です。……そうですね、気まぐれランチセットをお願いします」
「はーい、かしこまりましたー」
山坂浩二から注文を受けた店長は奥の厨房へと姿を消した。
「ふう」
緊張の糸が切れ、山坂浩二は脱力して息を吐いた。上半身を後ろに傾けようとするが、この円形の椅子には背もたれがないことを思い出し、代わりにカウンターに肘を乗せて腕を組んだ。
彼は水の入ったコップを左手にとり、口につけて大きく傾けた。一時間も歩いて喉が渇いていたので、飲みこむたびに喉が鳴る。彼はコップ半分以上の水を飲んでコップを置き、鼻で息を出しながら顔を少し上げた。
(やっぱり懐かしいな。毎日のようにバイトしてたし、内装もお客さんもあの頃とほとんど変わってないし、そう思うのも無理ないか)
山坂浩二が感傷に浸っていると、彼の左横から男性の声がかかった。
「浩二君、浩二君」
その声で山坂浩二は我に返り、
「はい、なんでしょう?」
と左側に座っている常連客三人組に顔を向けた。山坂浩二に最も近い席の男性が口を開く。
「最近どうなの?」
「まあ、特に何もないですね。普通に勉強して普通に家事しての生活です」
特にないと言うのは嘘だったが、退魔師関連のことは隠した方がよいので、山坂浩二はそれ以降の会話でも退魔師に関しては一切口に出さなかった。
会話が進み、山坂浩二が聞き役に徹するようになった頃、奥の厨房から店長が大きめの皿と汁椀を持って山坂浩二のもとまで歩いてきた。
「お待たせしました、浩二君。気まぐれランチセットです」
山坂浩二は机から肘を離して、目の前に料理が置かれるのを眺めていた。大きめの皿にのっているのは、サラダ、鶏の唐揚げ三つ、エビフライ二つ、チキンライス。汁椀には豆腐とわかめの味噌汁だ。
山坂浩二は呆れたように笑う。
「相変わらず、残り物を適当にのせただけのような料理ですね、店長」
「えー、そんなことはないよ。全部揚げたて焼きたてだよ」
店長は苦笑しながら、自然な動作で山坂浩二のコップに水を注ぎ足した。山坂浩二は軽く頭を下げて店長に向き直る。
「作り立てなのはわかってますけど、余った材料で作ってるのは知ってますからね。でも、なんだかんだでこれが一番おいしいし、何が出てくるかわからなくても変化があっていいですし、なにより安いですからね」
けなしつつ褒め、山坂浩二は自分の顔の前で両手を合わせた。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
店長の言葉のあと、山坂浩二は目の前の食事に集中した。