第九話 変わらないもの②
「誰かと思えば浩二君か! 久しぶりだね」
「噂をすればなんとやら」
「こっちおいで浩二君!」
カウンター席の客が一斉に口を開く。カウンター席には男性が二人、女性が一人。三人は全員六十代で、横に並んで座っている。
「あ、みなさん、お久しぶりです。相変わらずお元気ですね」
山坂浩二は口元を緩めながら、その三人に目線を向けた。八か月前と同じように、顔なじみの客が店の中にいる。懐かしさが込み上げてきた。
「どうしたんだい、浩二君? また働きにきてくれたのかい?」
店長が朗らかな笑みを見せて山坂浩二に尋ねる。もちろん、事情を知っている彼のことだから、挨拶代わりの冗談なのだろう。
山坂浩二は力を抜いて笑い、首を軽く左右に振った。
「いいえ。今日は客として来ました。お昼ごはん、食べていってもいいですか?」
「いいよいいよ。さ、カウンター席へどうぞ」
頬が緩んだままの山坂浩二に、店長は手招きをする。カウンター席の三人も彼に目を向けて、隣に来るように無言で誘っている。
山坂浩二は店長に招かれるままカウンター席に向かった。
歩きながら店内を見渡す。内装は飾り気がなく、茶色を基調とした配色。観葉植物が数個配置されていて、カウンター席の近くには雑誌や漫画が並べられた本棚。カウンター席が七つ、テーブル席が八つ。
喫茶店らしいものといえば、天井に吊り下げられた木製のプロペラのようなものだけだ。それがあることで、かろうじて喫茶店らしい雰囲気を作ることができている。
一言でいえば、田舎の落ち着いた喫茶店。
平日の昼間だが、カウンター席の三人以外にも客はいる。スーツ姿で談笑している男性二人組。雑誌を読みながら煙草をふかしている中年男性一人。そして、奥の禁煙席でノートパソコンを開いて作業をしているジャージ姿の若い男性。
山坂浩二がその若い男性を見ていると、不意に彼と目が合った。
その男性は目を見開いた後、軽く頭を下げた。山坂浩二も会釈する。二人の間にそれ以上のやり取りはなく、その男性はパソコンの画面に意識を戻した。大量の資料をテーブルに広げ、ホットコーヒーをすすりながらタイピングをするその姿は様になっていた。ジャージでなければ完璧だった。
(あの作家さん、また来てるんだな……。何書いてるのかは知らないけど)
山坂浩二は半笑いになりながら目線をカウンター席に戻した。
「浩二君。この席にどうぞ。カバンは隣のイスに置いてくれていいからね」
店長が席を手で示す。
「わかりました、ありがとうございます」
案内されたとおり、山坂浩二は三人組と一つ空けたイスに腰を下ろし、右隣の席に黒色のスポーツバッグを置いた。