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ムーン・ライト  作者: 武池 柾斗
第四章 悪霊使い編
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第八話 変わらないもの①

 三月十一日金曜日、正午。

 今日は学年末試験の最終日なので、最後の試験が終わった後にホームルームが行われた。担任の中林から簡単な連絡のみでホームルームは終了となり、クラス全員で教室を掃除して解散という形になった。

 学年最後の試験が終わったことで、校内は和やかな雰囲気になっていた。本日から部活動を再開する生徒、予定の空いた午後を使って遊びに行こうと計画している生徒など、みな晴れやかな気持ちで教室から出ていく。

 無論、山坂浩二も学年末試験から解き放たれ、心が少し軽くなっている生徒の一人だ。掃除が終わった途端に教室から飛び出ていく柳川友子の背中を見送った後、彼はゆっくりとした動作で黒色のスポーツバッグを肩にかけて背中に回し、ズボンのポケットに両手を入れて教室を後にした。

 校門を抜け、山坂浩二は帰路に着く。

 冬も終わりかけ、春が近づいているのか、頬に触れる外気が暖かい。山坂浩二は肩と首に力を入れることなく歩みを進めていった。

 アーケードに入って少し歩いた頃、三人の女の子が山坂浩二の目の前を横切った。チェック柄のミニスカートに紺色のブレザー。薄めの化粧をしている彼女たちは、おそらく他校の生徒なのだろう。

 高原高校とは違い、制服がおしゃれな学校だ。

 そのため、県内偏差値は真ん中よりも少し高い程度だが、県内公立高校では一番の学力を誇る高原高校よりも受験倍率は高い。

 そんなことを思い出しながら、山坂浩二は青春を謳歌しているだろう三人組の姿を目で追っていく。

 そのとき、不意に彼女たちの会話がはっきりと聞こえてきた。

「今日さあ、あたしバイトあるんだよねー。せっかくの午後休なのに。ほんとだるいわー」

「じゃあ、みほは今日カラオケ行けないんだー」

「そう。だから、今日はみさきとちかだけでいってきなよー」

 と、ここからは距離が遠くなってしまったので山坂浩二には聞き取れなくなってしまった。彼は足を止め、少しの間三人組の後ろ姿を眺めていた。

 そして、前を向いてため息をついた。

「バイト、か……。島崎さん、俺が辞めてからもちゃんと店やってるかな」

 山坂浩二は遠い目をする。

「ちょっと気になるな」

 目線を足元に向けた。ベージュ色の路面が彼の目に映る。

 そこで山坂浩二はもう一度ため息をついた。

「行ってみよっか……」

 彼はそう呟くと、先ほどの女子高生三人組が歩いて行った方向に目を向けた。やや離れたところに彼女たちの姿が見えるが、山坂浩二は特に意識をしなかった。

 ときにはすれ違い、ときには追い抜き追い抜かされたりしながら、山坂浩二はアーケード内を歩いていく。

 そのままアーケードを抜けて片側一車線の道路に差し掛かった。その道路の右側の歩道を進み始める。

 歩みが進めば街並みも変わっていく。

 圭市の中心地から遠ざかっていくにつれて、建物も低くなっていく。高くてせいぜい三階建てだ。密度は変わらないので、乱雑な印象を受ける。

「半年ぶり、いや、もっとか。久しぶりに来たけど、このへんもまったく変わってないな。新しく工事してるところなんかも少しはあるけど」

 山坂浩二は足を止めないまま周りをぐるりと見渡した。

「ほんと、懐かしいな」

 彼はそう呟いて、前へ進んでいく。

 やがて歩道もなくなり、道路が狭くなり、路面電車のレールが車道の大半を占めるようになってきた。

「たしか、このへんだったよな」

 山坂浩二は左右の安全を確かめて横断歩道を渡っていく。そして、車一台分ほどの幅の道に入った。

 そこから少し歩くと、彼が目的とする場所があった。

 喫茶店「ひとやすみ」。

 山坂浩二が通う高原高校から徒歩一時間の場所にあるその喫茶店は、看板は錆びつき、壁は薄汚れているが、寂れた様子はない。

 むしろ、外からでもわかるくらいに賑わっている。

「島崎さん、ちゃんとやってるみたいだな。それに、この声は小杉さんたちだよな。よく飽きないもんだよ、ほんと」

 山坂浩二は入口のそばにある看板を眺めながら、小さく息を吐いて微笑んだ。

「せっかく来たんだし、入るか」

 山坂浩二は扉の取手を右手で掴んだ。

 その手が汗ばんでいることを感じながら、ゆっくりと引いて扉を開けた。

 扉の上端部分に取り付けられている鐘が慎ましやかになり、その高音は賑やかな店内に浸透していく。

「いらっしゃいませー」

 落ち着いた声。山坂浩二がその声のした方向に目線を移すと、カウンターで立って数人の客と世間話をしていた初老の男性が、こちらに顔を向けていた。

 背は山坂浩二よりもやや低い。百六十センチ代前半くらいだろうか。全体的に線は細い。黒と白が混じり合った髪の毛で、清潔感のある店員だった。

(俺のこと、覚えてるかな?)

 山坂浩二は心の中で期待を込めて呟く。彼は動かないまま、一人しかいない店員を見つめる。

 その店員も、少しの間、何かを考えるかのようにして山坂浩二を見つめていた。

 そして。

「あ! もしかして、きみ……山坂浩二君?」

 初老の店員から山坂浩二に向けて放たれた言葉に、カウンター席の客も一斉に反応する。賑やかだった店内も、それに合わせて一気に沈黙する。山坂浩二は複数の視線を受けながら、穏やかな笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、店長」

 山坂浩二の言葉から少しの間を置いて、喫茶店内に活気が戻った。





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