8.最低な彼女
月曜日、歩いて出社しようと思っていた彩葉は驚いた。
「車で行くの? この距離を?」
「帰りにあとをつけられたら困るだろう?」
流星に、だ。
確かにそうだけれど、帰り時間が一緒になるとは限らないのに。
「いいから乗って」
「じゃ、お願いします」
車で出社はあっという間。
さらに驚いたのは会社の地下駐車場に入っていってしまったことだ。
従業員の駐車場は会社から歩いて2分くらい離れた場所なのに。
「こんなところまで入って大丈夫?」
「許可証あるから」
凌がダッシュボードから出したのは「地下駐車場 C-6」と書かれた許可証。
車を降りて確認すると、確かに止めている場所はC-6だった。
「なんで?」
「幹事とか頑張っているともらえるんだ」
いやいやいやいや、そんなことないよね?
だって地下駐車場は社長や役員、来客、あとは車椅子の人のための駐車場だ。
幹事をやったくらいで許可がもらえるなんておかしいでしょ。
エレベータで上がるとすぐそこはセキュリティゲートと守衛室の前。
「おはようございます」
守衛さんが軽く帽子をあげながら挨拶する様子に、彩葉は戸惑いながら挨拶を返した。
普段も守衛さんは挨拶してくれるけれど、帽子に手を掛けたのは初めてだと思う。
もしかしてこっちのエレベータから来たから?
「定時で帰るから一緒に帰ろう」
「でもシステム開発部は忙しいんじゃ……」
「少しくらい調整できるよ」
じゃあ、と手を上げて去っていく凌に彩葉も小さく手を振る。
周りには他にも人がいるのに完全に二人の世界になってしまい、少し恥ずかしかった。
でも、なんだかうれしい。
三年もみんなに隠れてコソコソ付き合っていたから、正直どうしたらいいのかよくわからないくらいに舞い上がりそうだ。
いつもどおりに仕事をして、お昼は彩葉が作ったお弁当をそれぞれの場所で食べ、定時になったら迎えに来てくれる。
「弁当、うまかった」
照れながら職場で揶揄われたと教えてくれる凌が、可愛く見えてしまった。
私よりも二歳年上なのに。
幸せだなと凌も感じてくれていたらいいな。
彩葉は隣を歩く長身の凌の横顔を見ながら、「今日の夕飯何にする?」と微笑んだ。
仲良くエレベータに乗っていく二人を見た流星はギリッと奥歯を鳴らした。
今日一日、彩葉と話そうと機会をうかがっていたが、朝は駅に現れず、昼も食堂に現れず、午後は何度か廊下やリフレッシュコーナーで待ち伏せしたが、彩葉は来なかった。
どうせ定時だろうと思ってカスタマー開発部のセキュリティ扉が見える場所で待っていたが、現れたのはあの根暗エンジニアだ。
そしてなぜか守衛の横のエレベーターに。
あそこは地下駐車場専用エレベータのはずなのに。
「あはっ、今日も根暗エンジニアと一緒だ。ダサい同士お似合い」
セキュリティゲートをくぐりながらお待たせとやってきた莉緒は、地下駐車場のエレベータに乗っていく二人を見ながら笑った。
「ねぇ~、今日のごはんどこ行く~?」
たまには高級レストランに行きたいと腕にまとわりつく莉緒にはもううんざりだ。
「あのさ、莉緒。俺、鹿児島に……」
来月から転勤だが一緒に来る気はあるかと尋ねた流星は、期待通りの莉緒の回答に苦笑した。
「はぁ? 嘘でしょ、そんなド田舎行くわけないじゃない!」
さようならとあっさり別れを告げられ、莉緒は去っていく。
流星はやっぱり俺には彩葉しかいないと、絶対に復縁すると決意した。
◇
「あー、サイアク」
ちょっと顔が良くて、ちょっとお金を持ってそうで、ちょっとオバサンに嫌がらせをしようと思っただけなのに。
「東京から鹿児島に行くわけないじゃん」
馬鹿なのと莉緒が文句を言いながら駅に向かうと、会社の地下駐車場から車が上がってくる合図の音が聞こえてくる。
駅まで歩かなくていいなんてズルいなぁと上がってきた車の方を振り返ると、乗っていたのは冴えない根暗エンジニアとオバサンだった。
「あはっ。ちょっと憂さ晴らし~」
莉緒は二人の写真を撮り、会社の友人たちに送信する。
『根暗エンジニアとオバサンはこのあとホテル』
行き先なんて知らないけれど、適当に送ってみた。
『実はBBQの日に建物の裏で……』
シたのは私と流星だけれど。
そんなことはきっとみんなにはどうでもいい。
「んふっ。明日変な目で見られればいいのよ」
『拡散よろしく』と追記した莉緒は、今日のお相手を探しに飲み屋街へ繰り出すことにした。




