6.やましい気持ちがなさすぎでは?
「彩葉、荷物」
凌に言われてハッと気づいた彩葉は、流星の鞄と上着を手に持ち玄関へ。
「ポケットに合鍵を入れていたから抜いて」
「あっ!」
流星の上着から合鍵を抜いた彩葉から鞄と上着を受け取った凌は、流星を荷物ごと玄関から外に押し出した。
「さようなら、元カレさん」
バタンと扉を閉じ、鍵を閉める。
いとも簡単に流星を追い出してしまった凌に呆気にとられた彩葉は、驚きを通り越してもう笑うしかなかった。
「ありがとう、凌」
「とっさに追い出してしまったけれど」
「見た? あの顔!」
スッキリしたと合鍵を見ながら安堵した彩葉とは裏腹に、凌は右手を口元に当てながらぐるっと彩葉の部屋を見渡す。
「……引っ越そう」
「え?」
「おそらくまた来る」
一人の時間を狙ってくるだろうと言われた彩葉は、目を見開いた。
「でも合鍵は返してもらったし」
大丈夫だと思うと答えた彩葉に凌は首を横に振る。
「たぶん、俺が帰るのを待っている」
「まさか」
さすがに帰っているよと答えた彩葉は、思ったよりも真剣な顔の凌に戸惑った。
「賭けをしよう」
食事が終わったら帰るフリをして出て行き、駅から折り返して戻ってくると凌は計画を話す。
時間は15分程度。
その間に流星が来なかったら引っ越さない。
もし来てしまったら安全のために凌のマンションに泊るという賭けをすることに。
「今日はごちそうさま」
「あ、うん。ごめんね、途中であんな」
「彩葉のせいじゃないし。また」
「うん。またね」
荷物を持った凌は軽く手を上げ、エレベーターに乗っていく。
部屋に入り玄関の鍵を閉めた彩葉は、小さなベランダから駅方向に歩いていく凌に手を振った。
心配性だなぁ。
若くて可愛い子に乗り換えた流星がなぜ今日ここに来たのかはよくわからないけれど、きっともう来ないだろう。
彩葉は食器を洗おうとスポンジに洗剤をつける。
お茶碗に手を掛けた瞬間、インターホンが鳴った。
「……嘘でしょ?」
何度も連打されるインターホンは絶対に宅配じゃない。
手の洗剤を落としインターホンの画面を見に行くと、そこに映っていたのは流星だった。
ドンドンドンと扉が叩かれ、「いるんだろ? 開けろよ」と声が聞こえる。
彩葉は震える手で凌にメッセージを送った。
「おい、彩葉! 開けろって」
テレビドラマの借金の取り立てですか? と聞きたくなるほど叩かれる扉に彩葉は怖くなる。
インターホンから離れた彩葉は窓際で凌の帰りを待ちわびた。
「おい! あんな冴えない男なんてやめとけって。俺の方がいいだろ?」
ピンポーンピンポーン、ドンドンドンの合間に流星の声が聞こえてくる。
「ちょっと遊ぶくらい許せよ」
あのBBQでの裏切りがちょっと遊んだ?
「おまえもさ、そんなに綺麗ならはじめっからしろよ」
……綺麗?
もしかして髪型も服装も変えたから……?
「俺とヨリを戻したくて、女らしい服に変えたんだろ?」
俺はちゃんとわかってるぞと語る流星の言葉に、彩葉は身震いした。
「なぁ、俺と一緒に鹿児島へ行こうぜ。仕事辞めて付いてくるだろ?」
鹿児島? 仕事を辞める?
なんの話?
マンションの入り口に走って戻ってきてくれた凌の姿にホッとする。
「ストーカーだと通報するぞ」
「は? おまえ帰ったんじゃ」
「二度と彩葉に近づくな」
「おまえには関係ない……は? マジで通報する気かよ。くっそ」
玄関の向こうで凌と流星の話す声が聞こえたと思ったら、すぐに静かになる。
『いなくなったよ』
凌からのメッセージにホッとした彩葉が玄関の鍵を開けると、困った顔の凌と目が合った。
「大丈夫? 嫌なこと言われたりしていない?」
追い払ってくれただけでなく、そんなことまで気遣ってくれるなんてやっぱり優しい人だ。
「今日は最低限の荷物を持って俺のマンションに。明日車で残りの荷物を取りに来よう」
「でも」
「心配だから、そうしてほしい」
やましい気持ちはないからとBBQの時と同じセリフを言われた彩葉は、今日もお言葉に甘えることにした。
旅行用のスーツケースに数日分の着替えや日用品を詰め、冷蔵庫の中の食材も買い物バッグに詰めた彩葉は凌のマンションへ。
「狭いけれど、この部屋を好きに使って」
「えっ? でも」
「明日は朝から夜まで一緒にいることを許してほしい」
荷物を部屋に入れた凌は、合鍵を彩葉に手渡すと「おやすみ」と出て行く。
「……やましい気持ちがなさすぎでは……?」
さすがに付き合ってもいないのに一緒のベッドで眠るのは困ると思っていたが、部屋だけ貸してくれるのは想定外。
彩葉は誠実すぎる凌に目を丸くした。




