5.身勝手な元カレ
流星にフラれたBBQから1ヶ月。
特に連絡もなかったので、彩葉は部屋にあった流星の服や小物をすべて処分した。
こんなにあっさり捨てることができたのも、きっと凌のおかげだ。
付き合おうとか、告白だとかそんな区切りは一切ないが、「九条さん」から「凌」に呼び名は変化した。もちろん私も「平野さん」から「彩葉」に。
「すごい。家でハンバーグが食べられるなんて」
「大げさだよ」
凌と私はお互いのマンションを行き来するくらいの仲になった。
といっても、キスどころか手すら繋いだこともないけれど。
普段は社内で会えたらラッキー程度で無理に会うわけではなく、絶妙な距離感。
だが、好きな曲や映画のジャンルが一緒で、一緒にいるのはとても居心地が良かった。
「来週公開の映画、一緒に……」
一緒に見に行こうと誘おうとした彩葉の言葉を遮るように、玄関のチャイムが鳴る。
「通販、頼んだかな?」
心当たりがないなと思いながら、彩葉はインターホンの画面をオンにした。
「……流星?」
ガチャガチャと合鍵で玄関が開けられる音がする。
そうだ。ここの合鍵を流星は持ったままだ。
今さら重大な問題に気が付いた彩葉は、インターホン越しに話しかけた。
「入ってこないで」
『なんだよ、怒ってるのか?』
「今さら何なの?」
『もうすぐあいつとは別れるからさ』
え? 意味がわからない。
流星は何を言っているの?
ガチャッと玄関が開き、流星は当たり前のように靴を脱いで上がり込んでくる。
「おい、男の靴があるけど……」
リビングの扉を開いた流星は、凌の姿に目を見開いた。
「ははっ。なんだおまえも遊んでんじゃん」
スーツの上着をベッドに適当に置き、自分の家かのようにくつろぎ、「彩葉、飯」と言い出したこの男は一体何なんだろうか?
「……帰って。二度と来ないで」
「は? なに言ってんだよ、おまえ」
「別れたでしょ!」
「別れたなんて言ってねーだろ」
BBQであんなことをしておいて?
別れていない? そんな馬鹿な。
だったらこの1ヶ月、何も連絡してこなかったのは一体どういうことなのか。
「あー、名前知らないけど、会社のエンジニアさん? もうあんたは用済みだから、さっさと帰ってくれる?」
エアコンの温度を下げ、テレビのチャンネルも勝手にサッカーに変え、スマートフォンをいじり出した流星に彩葉は身体の横で拳をギュッと握った。
「合鍵返して。今すぐ出て行って」
「俺が戻ってきてやったのに、なんで怒ってんだよ」
そんなことより飯と会話が通じない流星に彩葉はイラつく。
あぁ、そうだ。
流星はこんな感じだった。
今思えば、どうしてこんな男が好きだったのだろう。
料理を作るのは当たり前。それどころか野菜は嫌い、煮物は見た目が悪い、店みたいにおしゃれに盛り付けろ。
掃除や洗濯は女の仕事。
男の付き合いは大変なんだと飲み歩き、食事のドタキャンはよくあること。
そして極めつけはBBQでの裏切り。
最低のクズだ。
「別れていないなら、きっぱり今ここで別れよう」
「は? おまえ何言って」
「新しい彼女とお幸せに」
じゃあ、出て行ってと言い放った彩葉に怒った流星は慌てて立ち上がった。
今すぐにでも殴りかかりそうな勢いの流星と彩葉の間に凌が割り込む。
「なんなんだよ、おまえには関係ないだろう」
「今、別れましたよね。元カレさんは出て行ってください」
「あぁ?」
凌の方が背が高く、流星は見下ろされる角度になる。
「俺が彩葉を幸せにするんで。元カレさんはどうぞお引き取りを」
凌はにっこり笑顔で流星の胸ぐらを掴み、玄関先まで連行していく。
スラッと細そうなのに以外に力がある凌に驚いた彩葉は、その場に突っ立ったまま二人の姿を目で追いかけた。




