4.友達以上恋人未満
コツコツコツとリズミカルに鳴る新品のヒール。
マーメイドタイトスカート、ウエストが細く見える切り返しの清楚な白いブラウスに夏らしい色のスカーフ。
首元には主張しすぎない小さなダイヤモンドのネックレス、そしてお揃いの揺れるイヤリング。
片編み込みで顔周りをすっきりさせたゆるふわの髪に、昨日コスメ店で一式揃えた完璧メイク。
見事に変身した彩葉と廊下ですれ違った男性社員たちは何人も振り返った。
「……嘘だろ? 彩葉?」
社内では滅多に会わない流星の姿が廊下の奥に見えたが、彩葉はもちろん気にせず自分の執務室に入った。
うちの会社は他部署へ気軽に入れないようにセキュリティがしっかりしている。
以前はなかなか流星に会えず不満だったが、今となっては会わずにすんでホッとしている自分がなんだかおかしかった。
「おはよう、平野」
「おはようございます、山崎さん」
「いいじゃない、その髪型も服装も」
先輩の山崎に似合っていると褒められた彩葉は、照れながら微笑んだ。
ここの人たちは山崎も含め、私が流星と3年も付き合っていたことを知らない。
「さては彼氏ができたな?」
「逆です。フラれたんです」
だから貯金をパーッと使っちゃいましたと笑った彩葉に山崎は「え? 本当に?」と驚きを見せた。
仕事はいつも通り。淡々とお客さんからの電話やメールの問い合わせに答えていく。
不思議なのはなんとなく今日はみんなが優しいこと。
フラれたという言葉が聞こえてしまったのか、なぜかお菓子を分けてくれるのだ。
お昼は食堂には行かずに自席で。
営業の流星は外で食べる日の方が多いが、たまに食堂で食べているからだ。
うっかりでも会いたくない。
心が狭いかもしれないけれど。
「平野さん、あのさ、時間あったら飲みに……」
「あ! すみません。今日は約束があって」
また誘ってくださいと謝罪し、彩葉は席を立つ。
今日は18時に会社のエントランスで九条と待ち合わせだ。
借りた九条の服をロッカーから取り出し、17時50分にエントランスへ。
10分前に下りてきたはずなのに、スマホを見ながら待っている九条の姿に驚いた彩葉は急いで会社のセキュリティゲートをくぐった。
「お待たせしてすみません」
「いえ、全然待っていなくて。……あ、えっと、お綺麗です」
「そんなことを言うのは九条さんだけですよ」
お世辞でもうれしいですと彩葉が笑うと、本当ですよと九条は照れた。
「すぐ近くの和食処にしようと思っていたのですが、車で違うお店に……」
もっと高級な店に行かなくてはと焦る九条に、彩葉は和食の店に行きたいと告げた。
二人で駅とは逆方向に歩き始める。
歩く速度は彩葉に合わせてゆっくりと。自転車が来そうになると、さりげなく店側に彩葉を移動させてくれる九条の優しさがうれしい。
連れて行ってくれた店は一人ではなかなか入れそうにないカウンター席のみの小さな店。
ショーケースには刺身の短冊があり、店にメニューはない。
和食処と言われたけれど、ここは割烹だ。
「リョウが彼女連れてくるなんて、俺も年くったなぁ」
「大将、彼女はそういうんじゃなくて」
リョウ? あ、九条凌!
下の名前、知らなかった。ごめんなさい。
大将は豪快に笑いながらおいしそうな天ぷらを彩葉の前に出してくれた。
「おいしそう」
「大将の天ぷらは日本一ですよ」
「おだてたって何もでねぇぞ」
横に添えられたピンクの塩をつけて口に含むと、外はサクサク、中はしっとりとしてたまらない。
「美味しすぎます!」
エビの天ぷらはもちろんおいしい。
レンコンやアスパラガスの天ぷらがこんなにおいしいなんて。
骨が取り除かれた焼き魚も、酢の物もおいしすぎる。
「会社のすぐ近くにこんな素敵なお店があるなんて知らなかったです」
「入りにくい店構えだから」
「おいおい、そりゃないぜ」
行きつけのお店に連れてきてくれたんだと思っただけでうれしくなるのは単純だろうか?
流星のときはファミレスやチェーン店が多かったから舞い上がっているのかもしれない。
「大将、ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「次はもっとうまいもん食わしてやる」
今日は私がお支払いするべきなのに、いつの間にか九条が支払いを終えていた。
本当にいつ払ったのかわからなかったけれど。
「九条さん、私の分のお支払いを……」
「では今度、平野さんがなにかごちそうしてください」
黒縁眼鏡と長い前髪の奥で優しく微笑んだ九条の顔に思わず見惚れる。
「こんな素敵な店、私は知らないですよ」
九条のマンションはすぐそこなのに、また駅まで戻ってくれる気遣いもうれしい。
どうしよう。
流星にフラれたばかりなのに、もうときめいている私は実は惚れっぽい?
会社の最寄り駅まで送ってもらった彩葉は手を振って九条と別れた。
改札を通ると、「気を付けて帰って」とメッセージが届く。
「マメだなぁ」
いけないと思いつつ、つい流星と比べてしまう。
電車に乗った彩葉は、顔を緩ませながら「今日はごちそうさまでした」とメッセージを送った。
◇
会社近くのファミレスで食事を済ませた流星と莉緒は、最寄り駅で手を振って別れる男女の姿に足を止めた。
「あはっ。あんなオシャレしてバカみたい。ダッサイ男とお似合いだわ」
流星の方が断然カッコいいと腕にしがみつく新しい彼女の莉緒に流星は「当然だろ」と答える。
「莉緒、あの男、誰だか知っているか?」
「うちの会社の根暗エンジニア」
ダサい眼鏡にうっとうしい前髪。背が高く威圧感もあって話しづらいと莉緒は流星に話した。
「問い合わせしたことがあったけど、意味わかんないこと言われて、サイアクだった」
仕事もできないんじゃないかなぁと莉緒は笑う。
「ねぇねぇ、それより今日も泊っていい?」
「いいぞ」
「やった」
改札を通り、コンコースに下りた時にはもう彩葉の姿はなかった。
綺麗ならはじめっからその姿をしてろよ、そしたら捨てなかったのに。
莉緒は若くて可愛いけれど、彩葉があんなに美人と知っていたら別に乗り換える必要はなかった。
彩葉は料理もできたし、掃除も洗濯も勝手にやるし、連絡しなくてもうるさくなかった。
「ねぇ、流星さぁん。今週末、どこかに行かない?」
「先週BBQだったから、今週はゆっくりしたいな」
「えぇ~! 遊園地とか行こうよぉ」
絶叫系とか勘弁してくれ。
せめて映画とかゆっくりできる場所にしてほしい。
そういえば彩葉は週末にどこかに連れて行けなんて言わなかった。
俺が友人と遊びに行っても、夕飯を作って待っているだけ。
つまらない女だなと思っていたけれど、実は最高の女だったのか……?
「なぁ、莉緒。さっきの根暗エンジニアよりも俺の方がいいよな?」
「当然じゃない! 比べ物にならないよぉ」
きっと彩葉はまだ俺のことが好きだ。
寂しいから誰でもよくて、あんな男しか今日は見つけられなかったんだ。
莉緒と適当に遊んでから別れて、彩葉とヨリを戻せば完璧じゃないか?
電車の中でも大きな胸を押し当ててくる莉緒の肩を抱き寄せながら、流星はニヤッと口の端を上げた。




