1.会社のBBQ大会でフラれるなんて
中小企業にはときどき偉い人の思い付きでイベントが開催されることがある。
たとえばこのBBQ大会のような。
土曜日だというのに澄み渡った青空の下で開催された会社のイベントに、彩葉は盛大な溜息をついた。
「流星さん。あ~ん」
男ならきっと誰でも好きなオフショルダーワンピースを着た若い女の子から肉をあ~んされ、満面の笑みで「おいしいよ」と答えている男は、付き合って三年の彼氏、荒巻流星。
たとえ会社のみんなに付き合っていることを内緒にしていたとしても、彼女の目の前で他の女といちゃつくのは非常識ではないだろうか。
「流星さんはぁ、彼女とかいるんですかぁ?」
あざとい角度で見上げながら質問する若い女の子の胸元をしっかり見たあと、チラッと私を確認した流星の次の言葉はありえない言葉だった。
「いないよ」
「じゃあ、わたし、立候補しちゃおうかな~」
さすがにそれは軽くかわすでしょ。
そう信じていたのに。
「うわ、むちゃくちゃうれしい」
「本当!?」
公開告白からのお祝いムード。
完全に公認カップルになってしまった二人のイチャイチャは止まらない。
居心地の悪い空間から逃げ出すように、彩葉はドリンクコーナーに逃げた。
「やけ酒かな」
ビールは苦手だけれど仕方がない。
他にお酒っぽいものはなく、彩葉はビールの缶を手に取った。
その場で蓋を開け、いっきに飲み干す。
「平野ちゃん、いい飲みっぷりだね」
「部長もビールですか?」
どうぞと彩葉が缶を差し出すと、部長はこっちで一緒に食べようと流星たちとは全然違う場所に連れて行ってくれた。
「あれ? 部長たちだけメニューが違います?」
「みんなには内緒だぞ」
どう見ても部長たちの方がいい食材だ。
海鮮にスペアリブ、それにステーキ肉まで?
「ズルいですね」
真顔で答えた彩葉を部長たちが笑う。
「さぁ、食べて食べて」
これで共犯だねと笑われた彩葉は遠慮なくやけ食いさせてもらうことにした。
今日のBBQは3つの部署の合同開催。
彩葉が所属するカスタマーサービス部、流星の営業部、そしてシステム開発部だ。
この豪華なBBQの網を取り囲んでいるのは3つの部署の部長、室長、あとは彩葉のようにたまたま呼ばれた人なのだろうか。
不思議な組み合わせだが、今は流星と同じ場所にいたくなかったので、とても助かった。
「あ、そうだ。平野ちゃん、彼のこと知っている?」
部長に紹介された男性は、黒縁眼鏡に長い前髪。シンプルな黒いTシャツに黒いズボン。顔はよく見えず、まったく社交的には見えない人だった。
「システム開発部の九条くんだよ」
「あ! メールで何度か」
「平野さんの報告書はユーザーからの問い合わせ内容がわかりやすくて、いつも助かっています」
ペコリと軽く会釈された彩葉は「こちらこそいつもありがとうございます」と真面目に返してしまった。
「硬いな、二人とも」
「今日は部署を越えた付き合いをするために開催されたBBQなんだから、もっと気楽に」
「顔がわかれば仕事を頼みやすいだろう?」
3人の部長たちが今日のBBQの開催目的を教えてくれる。
部長たちの仲がいいからだけではなかったんだ。
確かにシステム開発部が作った製品を営業部が売って、売った後の問い合わせがカスタマーサービス部だ。
なぜこの3つの部署だったのか彩葉はストンと腹落ちした。
「平野さん、ホタテは好きですか?」
「え? ホタテ?」
九条は殻の上でおいしそうに焼けたホタテに醤油をまわしかけ、お皿に乗せてくれる。
「熱いので気を付けてください」
「おいしい……!」
焦がし醤油が絶妙で、プリプリの弾力がたまらないホタテの登場に、彩葉から思わず笑みがこぼれた。
はじめは少しとっつきにくいかなと思っていたが、九条はメールの印象通り丁寧で真面目な人だった。
あの時のお客さんは困ったよねとか、こんな問い合わせが一番困るとか。
せっかくの土曜日なのに仕事の話もどうかと思ったが、九条との会話はテンポもよくて楽しかった。
「そろそろお開きの時間ですね。部長、会計してきます」
「あぁ。悪いね九条くん」
不思議そうな顔で見てしまった彩葉に、九条は「実は幹事なんです」と笑う。
幹事! だから部長たちのグループに!
「平野ちゃん、悪いんだけどみんなにそろそろお開きだよーって伝えてきて」
「はい、部長。おいしいホタテとエビを食べたからには、そのくらい働かせてもらいます!」
彩葉はみんなのテーブルを回り、お開きなことを伝えていく。
もう寝ている人や、千鳥足の人たちは近くの人が声をかけて連れて行ってくれた。
いつの間にか数組のカップルも出来上がっているし、同期の真奈もちゃっかり男性を捕まえていてズルい。
私はフラれたけれど。
みんなの前であんなふうにカップルになっておきながら、私とそのまま付き合うということはないだろう。
あ~あ、私の三年間ってなんだったんだろう……?
お手洗いに行ってから帰ろうと思った彩葉は、聞いてはいけない声に足を止めた。
嘘でしょ、こんなところで?
聞こえてくるのは男女の睦事の声。
おそらくお手洗いの建物の裏、木が生い茂った所だ。
こんなところで盛らないでよ!
「あぁっ、流星さぁんっ」
「あんま声出すなよ」
……最低すぎる。
もう嫌だ、本当に嫌だ。
彩葉は急いでその場から立ち去った。
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