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明日処刑される罪人Xとなった

作者: 大木戸 いずみ

 凍えるような寒さに震えながら歩いていた冬の日だった。

 私は、なぜか「おしゃれは我慢!」と言って調子に乗ってハイヒールを履いていた。それが間違いだった。間違いなんかじゃない、大・間違い。

 バランス感覚いいし、運動神経もいいと自信過剰になっていた。

 フンフンっと呑気にクリスマスソングを鼻歌を響かせて歩いている時だった。 


 ——ツルン。


 おっと? 

 突如、視界が回り、世界がスローモーションになった。最後に見えたのは白い雪に映える美しい赤のハイヒールだった。しかも、今日おろしたばっかりのおニュー。


 ………………あ、これ、終わった。


 みんな! 雪道に気を付けて! 簡単に転倒するよ……!! 



 次に目を開けた時。

 見覚えのない不気味な天井。空気も冷たく、ツンと鼻をつく臭さ。


「……え?」


 身体が痛い。

 でも、それ以上に、周りの状況が痛い。

 湿り気のある石壁に囲まれて、逃げ場のない閉鎖的な狭い場所。壁高くから僅かに光が差し込んでくる。私は鉄格子を見て、ここが地下牢だということに気付く。

 どうしよう、全然まだ理解が追い付かない。


 私、雪道で転倒した罪で捕まったってこと……!? いや、そんなことはないはず。

 ということは、雪道でハイヒールを履いていた罪ってこと!? ……いや、それもないか。落ち着け、私。

 焦った時こそ、深呼吸!! って昔、ママが言ってた気がする。……パパかも。


 ――スゥゥゥゥゥハァァァァ!


 私は最大限に息を吸い、勢いよく息を吐く。

 空気がなんか臭くて、人生最悪の深呼吸となった。そして、状況は何も変わらない。不気味な場所に閉じ込められたままだ。


「……夢? 私、転んで気絶して……ってなんか知っている声じゃない」


 独り言を呟いた時に、自分の声が変わっていることに気付いた。

 私は「ちょっと、どうなってるの」と動こうとした瞬間、ガシャンッと鎖の音が耳に届いた。


 ………まさか。


 瞬きを忘れ、視線を落とすと、足首に重い鉄輪が付けられていた。


「嘘でしょ! なによこれ! 二度と雪道を歩かさないっていう罰!?」


 鉄格子の向こうで、足音が止まるのが分かった。こっちへと誰かが近づいて来る。コツコツッという音がどんどん大きくなっていく。


「助けて~~!」


 とりあえず、物は試し。叫んでおこう。

 気づけば、帽子を深くかぶった看守が、私を見下ろしていた。透き通るような知的な青い瞳を持つ目だった。あまり今までの人生で馴染みのない瞳の色だ。

 その私に向けられた鋭い視線で悟った。…………助けてくれなさそう。


「目が覚めたか、罪人X」

「……ざいにん、えっくす?」


 なにその匿名アカウントみたいな呼び名……。

 私は訳が分からず、首を傾げる。

 というか、牢獄にいることに段々と理解が追い付いてきている。自分でもびっくり。もっと、パニック状態に陥っていても不思議じゃないような状況だもん。


「明日、処刑だ」


 看守の低い声が耳に冷たく響いた。


 …………は?


 明日? 処刑?

 急に理解が追い付かなくなった。これはパニックになりそう……!

 転倒して、目が覚めたら、知らない場所にいて、明日処刑……?

 ちょっと、てんこ盛りが過ぎるぞ、神様! 私の人生の難易度設定を盛大に間違えていない?


「絞首刑だ。心づもりしておけ」


 そんな淡々に言わないで。

 私、明日、本当に死ぬの? え? これ、もう完全に無理ゲーじゃね? 

 心拍数が上がり、心臓の音がうるさくなる。

 流石に酷くない? スタート地点が明日処刑されるって、聞いたことがない。目が覚めたら令嬢でしたっていうのが世の流れだよね? なに? 罪人Xって。 罪人Twitterも存在するの?

 頭が回らない。私は震える手を握りしめて、もう一度ゆっくりと深呼吸をした。

 大丈夫、何とかなる。呑気なのが取り柄なんだから、流れに身を任せよう。……明日処刑なのに?

 自分の声に自分でツッコミを入れてしまう。


 前世の徳へ、これまで積んできた徳を最大限に使ってちょうだい!!

 …………そんなに徳積んでないかも。

 みんな、来世のためにも沢山徳を積んでおいたほうがいいよ。



 ふと、視界の端に水たまりがあった。

 そこに映った顔を見て、私は固まる。本当に知らない人だった。見覚えもないし、私がかつていた世界の人間ではない。

 この時、改めて自分が「異世界」という場所に来てしまったのだということが分かった。


「……だれ」


 腰まで伸びた黒い艶髪、意志の強そうな赤い瞳を持つ切れ長の目。白いはスベスベのツルツルでかなり美容に自己投資していたことが分かる。整った鼻に薄い唇。……すごく美人。

 道を歩いていると、誰もが振り向くだろう。目を奪われるほどの美貌である。

 だけど――


「めちゃくちゃ性格悪そうな顔してる!!!!」


 美人なのに失礼なんだけど!

 でもさ、鏡じゃなくても分かる。この顔、絶対悪い人じゃん!! 

 ……いや、悪い人か。明日処刑されるほどの悪党だもんね。


 さきほどの看守が鼻で笑う。

 こちらの背が高く、服を着ていてもなかなか鍛えていると分かる看守さんは、私が騒がしいせいで、ずっと見張っている。


「あのぉ、私って誰なんですか?」


 おそるおそる、ずっと気になっていたことを聞いた。私の質問に看守は眉を顰める。彼は険しい表情を浮かべながら、口を開く。


「なんだ? なにも覚えていないっていうのか?」

「はい、実は……」

「今更、記憶喪失のふりか?」


 確かにそう思われるのは仕方ない。私だってそう思う。

 明日処刑される人間が突然「私って誰でした?」とか言い始めたら、平手打ちしてしまう。……が、それでも私は自分が誰だか分かっていない。

 分かってことと言えば、ここが異世界であるということ。

 なぜ分かったかって?

 それは、さっき一瞬だけ脱獄を試みようとしたから。すぐに看守に睨まれて終わったけど。……ただ、何の成果も得られなかったわけじゃない。ちゃんとここが異世界っていうのを理解できたから。

 この牢の扉はただの鍵穴に鍵を突っ込んで回して開くってものじゃない。触れると、魔法陣が出てくる。しかし、これを解除する術など全く知らない。

 初めて見る魔法には興奮したけど、まさかこんな形で見ることになるとは思わなかったよね。


「見苦しいのは百も承知なんだけど、私が何者なのかだけ教えてくれない?」


 私は最後にもう一度懇願した。看守の表情は怪訝な表情を浮かべながら、小さくため息をつき、私について一つだけ情報を教えてくれた。


「お前はこの国を騒がせた犯罪組織レッドの女リーダーだ」


 私が……犯罪組織レッドの女リーダー!!! 


 …………なんだそれ。

 いや、知らないのは当たり前か。今日、この人になったわけだし。

 犯罪組織のトップってやばい。もう情報量が多すぎて「ヤヴァイ」しか言葉が出てこない。なんの犯罪をしていたのか、どうして捕まったのか、全く思い出せない。

 神様へ、次からはその人の記憶ぐらいは受け継いでおくように設定しといて。


「ねぇ、看守さん」

「気安く話しかけるな」


 チッ、愛想悪。


「看守さん~、明日死ぬ女の願いをちょっとぐらい聞いてくれない?」


 綺麗に無視される。目すらも合わしてくれない。


「ねぇ、看守さん」


 私は懲りずに看守に話しかけるが、彼は黙ったまま。


「恋人はいるの?」


 看守の眉がピクッと動いた。

 ……反応あり!

 だが、看守は私を睨むだけで何も言わない。

 折角、恋バナでもしようと思ったのに……。もうすぐ人生が終わるんだもん、盛り上げていかないと!

 人生を終えた瞬間、また人生を終える。なんとも運のない私だ。それか、ものすごく神様に嫌われているか。


 私は脳内で全力会議を開いた。


 議題:明日処刑を回避する方法

 結論:たぶん無い。訂正、絶対ない。

 次の議題:今日を楽しくする方法

 結論:ある!


 よし、今を精一杯明るく生きるぞ!



 牢獄ラストデー、開幕。


 明日死ぬ恐怖よりも今日を楽しみたい気持ちが勝った。

 めそめそ泣いていても現状は変わらないもん。


「看守さん~、暇~~、しりとりしない?」

「……は?」


 突然の私の誘いに看守は露骨に嫌な表情を浮かべた。

 気にしない、気にしない。明日処刑されると思うと、何も怖くない。


「しりとりの“し”! 処刑!」

「やめろ」

「ろ、牢獄!」

「お前は本当に明日死ぬって自覚があるのか? 昨日は絶望に満ちた表情を浮かべていたくせに」

「明日死ぬからこそだよ。それに昨日は昨日、今日は今日」


 よそはよそ、うちはうち、みたいな感じで私はにこやかに笑みを浮かべた。


 看守はしりとりをしてくれないみたいだし、次は一人でできることをしよっと。

 私は壁に指で大きく絵を描く。……絵を描くっていっても、ただ壁を指でなぞっているだけ。想像力豊かにね!

 これのいいところは、実は画力がないっていうのがバレないところだ。


 雪の結晶と、ゆるキャラのようにかわいい雪だるま。そして、転んでいる人。……ヒールも忘れずに!

 死ぬ前にちゃんと注意喚起をこの世に残しておかないと! 


「みんな! 転倒注意ですわよ!」


 私は牢獄の壁に向かって、この世界に合わせて令嬢っぽく叫んだ。もちろん何も描かれていないし、令嬢に転生したわけではない。

 しっかり死刑囚☆

 

 看守が頭を抱えていた。



 昼。

 最後の食事が運ばれた。

 これが噂のラストミールってやつ!? 

 硬いパンとスープだなんて、私じゃなきゃ泣いてるよ。……食べ物をもらえるだけありがいと思おう。

 私はふと、絵画の「最後の晩餐」を思い出し、パンをちぎり分ける。


「ほら、看守さんも一口」

 

 予想外の行動だったのか、看守は瞳を大きくして固まった。……が、すぐに眉間に深く皺を刻む。


「毒が入っていないか確認させるつもりか?」


 その言葉に私は思わず噴き出してしまう。そして、笑いを堪えながら、声を発する。


「明日死ぬ人間のパンに毒を入れるって……、流石に、ないと思うよ……」

「…………じゃあ、なぜ?」

「最後ぐらいは誰かと一緒にご飯食べたいじゃん」

 

 私がそう言うと、看守はしぶしぶパンを受け取った。

 その瞬間、ほんの少しだけ、彼の表情が柔らかくなった。僅かに人間味を感じることができた。 


♢ 


 夕方。

 私は看守から“私”について話をしてくれた。

 罪人Xがなにをしたのか。この国がなぜ私を処刑したがるのかをようやく聞けた。ただ、自分の名前は知らないままだけどね。


 看守は最初こそ黙っていたけど、私があまりにも軽い調子で聞くから、ぽつぽつ答えてくれた。


「……お前の組織は、金と武器と人を動かし、反乱すら起こせた。だから国は恐れた」

「なるほどねぇ。私、すごいじゃん。大物だね」

「褒めているわけではない」

「それはそうです。反省してます」


 看守が小さく笑った。

 ほんの一瞬だけ。でも、確かに笑った。

 私はその表情を見逃さなかった。



 夜。

 ついに処刑前夜。

 牢の空気はすっかり冷えて、私の頭を冴えさせてくれる。

 

 明日、このままだと私は死ぬ。二度目の人生も僅か一日で――THE END。

 

「ハァァァァ」


 私は盛大にため息をついて、頭をフル回転させた。過去最高に脳を使っている気がする。

 わずかな希望だがないわけではない。成功する確率は極めて低いけど、賭けるしかない……!!

 

 看守、貴方がキーパーソンよ!

 

 私は鉄格子の前に立ち、声のトーンを少し落として、縋るような目で看守を見つめた。


「ねぇ、看守さん」

「……今度はなんだ」

「明日、私死ぬのよね」

「ああ」

「だったら、最期にお願い。……星空を見たい」


 そう懇願する私の言葉に看守の視線が僅かに揺れる。

 看守が規則を破るわけにはいかないもんね。……だけど、私だって譲れない。

 折角美女に生まれ変わったんだもの、この面を利用してやる。私は最大限にこの顔を活かして、男の心に悲し気な微笑みを作り、目には涙を溜めた。

 この気の強そうな極悪美人が涙を見せるなんて今までになかったでしょ……! という期待を込めて、じっと看守を見つめる。


「……だめだ」

「お願い。明日、私は消える。貴方の人生に迷惑はかけないわ」

 

 看守は口を閉ざし、苦悩の顔を浮かべていた。暫く沈黙が続き、どこか諦めたように最後にボソッとだけ口にした。


「……五分だけだ」


 看守! やっぱり私は貴方を信じて正解だったよ!



 深夜。

 看守は牢の前に来て、鍵束を取り出した。カチャと鍵を回し、魔法陣を解き、扉を開けた。私は大きく息を吸う。


 ああ、これが自由の匂い。…………臭い。


 看守が静かに言う。


「星空を見たら、すぐ戻すぞ。……あと、一切物音を立てるな」

「うんうん、分かってる」


 私は牢獄から一歩踏み出した。今まで経験したことのない幸せを感じる。

 看守の横をすり抜けて、私は腕を上にグッと天井に向けて、思い切り伸びをした。ふぅっと小さく息を吐いて心を落ち着かせ、看守の方を振り向いた。

 私は看守のベルトを掴んで、自分の方に引き寄せた。


「……っ!?」


 唇を触れるか触れないかの場所で止めた。彼の温度だけを感じることができた。

 心臓が飛び跳ねるこの距離が大切。看守の動きが止まった。


 ……今だ!

 

 私はニヤッと口元を緩めて、油断している看守の手から鍵束を奪い取る。間髪を入れずに、思い切り看守を先ほど私が入れられた牢獄へと突き飛ばした。

 しっかりとこの牢獄の鍵がどの鍵かを確認していた私はすぐに彼を閉じ込めた。

 残念なことに魔法陣はかけられないけど、この鍵だけでもかなりの時間は稼げるはず……!


「……おい!」

「ごめんね。でも私、まだ死にたくないの。…………罪人には隙を与えちゃだめよ」


 私は青い瞳を大きく開く看守にそれだけ言って、くるっと踵を返し、全力で走り出した。


 走れ! 止まるな! 走り続けろ! 

 運動神経が良い私はもちろん、足もそこそこ速い。……ただ、たまにドジなだけ。


「戻れ! 罪人X!」


 背後で看守の声が響いた。私は振り返って叫んだ。


「またいつか私に会いに来い! 看守よ!」


 勢いだけは大英雄。実際は死刑囚の脱獄。

 石の廊下をひたすら全力疾走し、私は外に出た。

 涼しい夜風がひんやりと私の頬を撫でる。ふぅっと一息をついて、私は輝く星々を眺めた。

 

 …………明日も生きられる。



 私は牢獄から出て、見知らぬ森の中で足を進める。

 どうやら、とんでもない僻地に牢獄は存在していたようだ。

 今、私が歩いている道がどこに通じているか分からないけど、大丈夫! 

 なんたって私の命はまだ終えていないだもん! なんとかなる! 新しい人生をエンジョイ!


 脱獄を祝って、私は両手を勢いよく上げて万歳をした。


「脱獄成功だ~~!! 自由の身だ~~~!!」 


 ――ヌルッ。

 

 万歳した瞬間、足元に嫌な感覚を覚えた。


「……え?」


 体のバランスを崩す。

 視線を落として、地面を確認する。そこにあったのは、つやっつやの、謎のゼリー状物体。

 

 これは――

 スライムの粘液!!! ここは異世界だった!!


「まじかぁ」


 体の重心が後ろへと倒れていくのを感じながら、私の力の抜けた声が情けなく夜空に響いた。

 読んでいただきありがとうございました~~!

 

 最近、雪の降る地域に引っ越しまして、外を歩くたびにツルツルと滑ったり、転んだりしているものですから、ふと思いついた話を書いてみました(笑)

 

 皆様も転倒にはどうかお気をつけて……!!

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― 新着の感想 ―
序盤の「雪道×ハイヒール」で読者を一気に掴んで、そのまま地下牢&“罪人X”に叩き落とす導入が強かったです。軽口のテンポがいいから重い状況でも読んでて息が詰まらないし、「明日処刑」っていう最悪カードを出…
起承転倒の結末ですね。 彼女は元の世界に戻れたのでしょうか。 足元に気を付けなくては
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