7.後ろには光の世界
音楽がもうすぐ終わる。オレが気付いた頃には、ほとんどの人が集まっていた。
交流タイムと同じように、同じ職場で働いて来た人同士、労い合うはずだ。
今がチャンスだと、リッキーの背中を軽く叩いて合図をした。
「ほら、立って。行くよ。今のうちに」
「えっ」
驚いた顔で見てくる。急に現実に引き戻されて、まだ理解が追いついていない。
そんなリッキーに手招きしながら、中腰で走った。アトラクションの間は通らないで、敷地を囲む鉄柵に沿って行く。
本当は、オレだってもう少し見ていたかった。
売店広場まで来て、誰も居ないのを確認してから姿勢を起こした。リッキーもすぐ後ろに追いついて来て、アトラクションの方を振り向く。
広場にも外国の街灯のような明かりが何本かだけあるが、やっぱり、ライトアップされたあのエリアだけは別の世界みたいに見える。
「なんか……いいね。おれ将来こういうトコで働きたいな」
リッキーがそんなことを言った。
大学までの話はしていたが、それより先の将来について聞いたのは初めてだ。あれが面白そう、これをやってみたい、というのは聞いても、具体的に何になりたいかは、小学生の頃の野球選手で止まっていた。
志望校も決まってないじゃん、と言いかけるが、ぐっと飲み込む。やりたい事が決まったなら、それに向けて動けばいいだけだ。
「良いんじゃない。リッキーは人を楽しませる天才だから」
昼間のダンスショーは確かに奇跡的な展開だったが、リッキーが人気者なのは今日に限った話じゃない。
学校でも何かと人に囲まれているシーンを見るし、バイト先でもよく言われている。仕事がカンペキじゃなくても、愛嬌があって好かれる見本だ。
本人の意思でその進路に進むなら、それもアリだと思う。むしろオレの方が、大学を卒業した後の事をまだ決められていない。
ここからリスの木立までは、照明がほとんどない。
また、暗い道が続いている。後ろには光の世界、目の前には闇。
「マサは? マサも、おれといるの楽しい?」
歩き出した時、リッキーが聞いてきた。
「何言ってんの、決まってんでしょ。楽しくなきゃここまで一緒にいないよ」
自分で言いながら、本当にそうだと思う。
たまに呆れもするが、リッキーといるのは、ワクワクする事の方が多い。だから、カモに襲われていたところを助けられてから、ここまでついて来てしまった。
1人なら絶対に通りたくない道も、リッキーと一緒なら、怖さや不気味さが少し薄れる。どんな状況でも、いつも変わらないで居てくれるというのは、心強い。
オレにとってのしまらくの最初も、最後も、一緒にいる。
スマホのライトは点けずに進んだ。
まだ、人の目があってもおかしくない。動物園エリアにも従業員が残っているかも知れないし、警備員が巡回している可能性もある。
「誰もいないねぇ、貸切だ」
リッキーが言ってきた。オレはずっと人の気配を警戒しているのに、のんきだ。
「いたらダメなんだから」
今日は大盛況だったが、最近はいつも貸切みたいな状態だった。並ばずに乗れたし、どこの席にも座れた。
でも、こんなに人の気配がしなかった時はない。
「人混みじゃないし、マスク取ったら?」
リッキーが提案して来たが、
「いや、いいよ。寒いし。誰かさんと違ってマフラーも無いから」
すぐに却下した。
今日はやたらとマスクについて聞いてくるなとは思う。普段ならオレが新しい服を着ていても何も言わないくせに。
理由を考えている間に、また聞いてきた。
「……じゃあ手つないでいい?」
いつもの事だが、ちょっと日本語の接続がおかしい。
「何がじゃあなの。……いいけどさ」
冷たくなったカイロを離して、ポケットから手を出した。
さっきまで何も言わずオレがつかんでいたのには、何か思わなかったのだろうか。
リッキーはオレの手を握ると、なぜか、指を絡めた恋人つなぎにして、自分の上着のポケットに入れた。裏地までモコモコしていて、暖かい。
けど、この体勢だと、腕が絡むほど近付かなくてはいけない。
少し歩きにくいのを我慢して、リッキーがオレに歩幅を合わせるから、さっきよりゆっくり進むはめになった。急がなければいけないのに。
木立に入ると、どんどん暗く、ますます寒くなっていく。ポケットに突っ込んでいる手以外。
「なんかドキドキするねぇ」
めずらしく、リッキーの言うことに同意だった。
「確かに。肝試しみたい」
肝試し自体をした事は無いけれど、こんな感じだろう。
夏でも、このしまらくにお化け屋敷やびっくりハウスはない。びっくりを通り越して、泣いてしまうような、小さな子供向けだから。
さすがに危ないと判断して、握られているのと反対の手でスマホを出した。ライトを点けて、少しだけ先を照らす。
ベンチはすぐそこだった。マフラーらしいものは見えない。
さあ、ここからリッキーはどう出て来るか。
またオレをワクワクさせるか、それとも呆れさせるか。
そっと手を抜いて、わざとベンチに近付いて聞いてみる。
「どう? ありそう?」
スマホのライトで照らした。
リッキーは動こうとしない。ベンチの上には何も無いし、周りにも見当たらない。
「誰か持って行っちゃったんじゃない」
リッキーが取った行動は、意外とシンプルだった。
「……マサ、ごめん」
その場に立ったまま、うつむいて、謝ってきた。
「実はさ……ウソだったの。忘れたのは朝からだし、ホントは家にある」
あっさり自白されて、オレは拍子抜けする。
「もー。そんな事だろうと思ったけどさ。何してんの」
思った通りだった。
オレがリッキーの忘れ物を見落とすはずが無いし、リッキーは悪知恵が働く。
何かと理由を付けて、しまらくに忍び込む方法を考えていたのだ。ダダをこねればまだ居られると、子供の頃に味を占めたから。
本人は、バレているとは思わなかったらしい。
「えっ……じゃあ何でついて来てくれたの?」
じゃあ、も、本当はきちんと使える。
リッキーは本物のバカな部分もあるけど、だからこそ、バカなフリをするのも上手い。
オレがそれを、分かりすぎてしまうだけ。頭が良すぎると言うより、リッキーと一緒に居すぎなのだ。
「1人で行けとは言えないでしょ。こんな暗いし、遅いのに」
ついて来たおかげで秘密のパレードも見られたワケで、ちょっと得した気分すらした。
本人も意識していないところで、奇跡と呼べるような、予想もできない展開を呼ぶから、一緒にいたいと思う。
だからここまでついて来たと、言うワケにはいかないけれど。
ガサガサッと音がして、何かが足に触った。
「うわっ!」
思わず飛びのいた拍子に、リッキーにぶつかってしまう。
「あっ、いたっ!」
足を踏んでしまったらしい。リッキーの声が聞こえて、いっしょに地面に倒れ込んだ。
「いた! いたぁーっ!」
リッキーは何回も叫んでいる。
確かに踏んだオレが悪い。けれど、さすがにオーバーリアクションだ。
「ごめんって! のくから! 待って!」
上に重なった体勢から、起き上がろうとした。
スマホも地面に落としてしまっていて、手探りでドタバタもがくしかない。
いきなり、がっしり手をつかまれた。
「ちがう! いた、マサリスっ、マサリスいた!」
リッキーはいつも以上に意味の分からないことを叫んでいる。オレの顔ではなく、別の所を指差して。
よくよく聞くと、マサ、リス、居た、だった。
「えっ!」
信じられず、リッキーの指している方を見た。
オレのスマホのライトが上に向いていて、そのすぐそばに、何か小さい物が動いている。
フサフサの長いしっぽ、クリクリした目。
間違いない。リスだ。
「わあっ!」
思わず子供みたいな声が出て、すぐマスクの上から口を押さえた。せっかく見つけたのに、驚かせたら逃げてしまう。
上に乗ったまま、リッキーと顔を見合わせる。
さっきオレの足に触ったのは、このリスだったのだ。
また、奇跡が起こっていた。
リスは昼行性だ。どうしても見たくて、生態を調べて、木のうろを1本1本探してみた事もある。
努力しても見られなかった。何がリスの木立だと、思っていたのに。
「……やったね、リスいたよ」
ひそひそ声で言われ、何回もうなずいた。
「触っちゃだめかな」
「無理でしょ、逃げちゃうよ」
オレが止めようとした時には、リッキーは地面に倒れた体勢で、リスの方に手を伸ばしていた。
「ほら、おいで。マサリスちゃん」
「もう名前付けてんじゃん」
オレが言ったことにも構わず、舌でチッチッチッと音をさせて、リスをおびき寄せようとしている。
いくら子供にはなつかれても、動物は、そう簡単にはいかないだろう。
人間の敷地内に棲んでいても、ふれあいコーナーに居なければ、カモと同じで野生みたいなものだ。これまで姿を見せなかったくらい警戒心も強いし、エサもないのに。
そう思っていたのに、リスはリッキーの指先を嗅いで、するするっと手に乗ってきた。
ありえない。ここまで来たら、もうリッキーが仕込んでいる可能性を疑う。
しかも、リッキーの腕をたどって、オレの膝まで来た。
ますます動けなくなる。小さい足がちょろちょろ動くのが、ズボンの上から分かる。エサを探すみたいに、オレの上着のポケットを覗いている。
可愛いと、言わざるを得ない。
オレと同じ出っ歯なのに、何でリスは可愛いんだろう。
リッキーは首を起こして、動いているリスと、動かないオレを見た。
「触っちゃえ」
そう言われたけれど、オレが触ろうとすると、するするっと膝から下りて、逃げていってしまった。
「あっ」
ガサガサと音はしても、もう戻っては来ないだろう。
「ごめん……せっかく会えたのに」
1匹見つけられただけでも奇跡だったのに、膝に乗って、ポケットまで覗いてくるなんて。
これも、リッキーについてきたから経験できた事だ。
リッキーが嘘をつかなければ、オレはこのしまらくには、リスがいないと誤解したまま生きて行くところだった。
やっぱりリッキーとは、一緒にいる方がいい。
リッキーは、名前まで付けたリスに逃げられても、平気そうだった。
「……マサ、大きくなったね」
そう言われてやっと、リッキーの上にずっと座っていたのに気付いた。
いくらチビでも、男子高校生1人分だ。それでも重いとか、苦しいとか、マイナスなことは言わない、リッキーなりの伝え方だった。
「ごめんごめん」
立ち上がって、両手をつかんでひっぱり起こす。
予想より重くて力がいる。オレだけじゃなく、リッキーも当然、初めて会った時より大きくなっている。
スマホを拾ってズボンで画面を拭いてから、リッキーの背中や帽子についた土や小石を払った。
そうしていると、急に、子供っぽいと思っていたリッキーの背中が、広い、男の人の背中に見えた。




