6.秘密のナイトパレード
閉じたゲートを正面突破するのはさすがにマズいので、駐車場の方から行こうと提案した。
今からオレたちは、閉園したしまらくに、忍び込む。
ゲート前から、敷地に沿って大きく回り込む事になる。舗装されてはいるが少し下り坂で、片側は鉄の高い柵、片側は山の斜面。本来なら車か、正面ゲートから出た後に車を取りに行くお父さんしか通らない道だ。
寒くて暗い中を、2人で進んだ。さっきの人たちがしていたのと同じように、スマホのライトで足元を照らしながら。
「見て見て! おばけ」
そう言うのが聞こえて、トントンと肩を叩かれる。
「えっ?」
まさかと思って見ると、自分の顔を下から照らしたリッキーが居た。得意のサルっぽい変顔をしている。子供だましにもならない。
「もー……」
こんなに暗い時間帯に、街灯も無い所で、自分たち2人だけ。1歩間違えば舗装路を踏み外して、斜面を転がり落ちてしまうかも知れない。
それでも通常運転のリッキーに、力が抜けてしまう。
「ビックリした? 怖い? 怖い?」
「サルの霊がいた」
「えっ! 何それ、どこ! 怖い!」
リッキーは驚いた顔になって辺りを見回す。自分のことだ。
「ふざけてる時間ないの。行くよ」
斜面側でキョロキョロ動く、危なっかしいリッキーの手をつかんで、ひっぱって行った。
ずっと一緒にいるが、こんなにしっかり手をつないだのは、何年ぶりかなと思った。会ったばかりの頃は、どこに行くのも、リッキーが手をつないでくれていたのに。
駐車場の、従業員専用のスペースにはまだ車があって、少しホッとする。人の気配がある方が落ち着くなんて、オレにとっては異常事態だ。
目をつむっても歩けると思っていたのに、明かりの消えたしまらくが、いつもと違って見えた。気味が悪くて、正直、怖いのだと思う。
人が少ない方が落ち着くオレは、高校に上がってから、保健室登校になった時期がある。
単に、環境になじめなかった。
教科書をなぞるだけの授業。尊敬に値しない先生。目の前しか見えていない、話の合わない同級生。
そんなサル山みたいな教室に居るのが、苦痛だった。だいたいの人間が嫌いだった。
仲良しだった5人がバラバラになって、同じ校舎にはいるのにリッキーとなかなか会えないのも面白くなかった。
けど、解決できる問題じゃない。親に相談するなんてダサいし、自分でこの高校に行くと決めたのだから、何があっても通うしかない。
家から近いという理由で選んだだけで、偏差値は45を切っている。目的は大学に入る事。高校はその通過点でしかないから、どこでも良かったはずだった。
3年という時間の長さを、甘く見ていた。
避難するみたいに、保健室で過ごすようになった。リッキーにはお腹が痛いとか熱があるとか伝えていた。
あまりにも毎日行くので、保健室の先生も気が付いたらしい。クラスで何か問題があるのか聞かれた。
学校が面白くない、低レベルすぎる、と正直に話したら、オレはちょっと頭が良すぎると言われた。
勉強に関してだけじゃなく、色んな事が見えすぎて、分かりすぎてしまう。あの2年生の仲良しの子と、足して2で割ればちょうど良いのにね、とも。
その日から、保健室登校はやめた。
大学に行くために、出席日数だけ稼ぎに来ていると思い出した。
別に、なじまなくてもいい。高校では勉強も、他人との交流も、滞在時間も、何もかも最低限で済ませると割り切るだけの話だった。
始業時刻ギリギリまでねばって、終業の挨拶と同時に教室を出る。大学の過去問集はお父さんが買ってくれるし、先生はテストの点数しか見ていない。余った時間でバイトもできた。
問題なんか起こしてなかったのに、1度だけ、呼び出しをくらった事がある。生徒指導室ではなく、あの頭の悪い先生のいる保健室に。
くわしい説明も無く、中間考査とは別の、パズルやクイズみたいなテストを受けさせられた。
高校生にもなってなかなかやらないから、面白かったし、サクサク解けた。わざわざ制限時間を決める意味があったのかと言うくらい。
根拠は無いが、何となく分かった。
みんなと違うのは、リッキーじゃなくてオレの方らしい。
夏休みに2年生の模試を受けるよう薦められたのは、そのすぐ後。
先生、お母さん、お父さんが、オレを見る目が変わったのも分かった。ぜひとも頑張って、良い大学に入るよう応援された。言われなくても、言われる前から、そのつもりだった。
せっかくの青春、高校生活は、思っていたようにはいかなかった。子供の頃から変わらないのは、このしまらくだけ。
早く出て行きたい田舎の、本当に何にもない地味な遊園地だけど、リッキーと来るしまらくだけが、オレの居場所だったのに。明日から、どうすればいいんだろうか。
駐車場から坂を登れば、しまらくの裏口に着く。
ゲートの方とは違って腰の高さの鎖が1本張られているだけだ。セキュリティという概念はないのか。
鎖をまたいだ時も、その後も、まだオレとリッキーは手をつないでいた。リッキーは何も言って来なかった。
ここからはアトラクションエリアと広場を抜けて、リスの木立まで行かなけばならない。
狭い敷地としか思っていなかったのに、今は長い道のりに感じる。暗いし、寒いし、何か聞き慣れない音まで聞こえるようになっていた。
スチャラカチャッチャ、パッパラパ、スチャラカチャッチャ、ドンドンドン。
最初は空耳かと思った。
何となく調子がはずれていて、どっちかと言うと、盛り上がるより気が抜ける。スピーカーはビリビリ、ザラザラと音割れしている。
土日の10時、13時、15時にしかないはずのパレードだ。
ついさっき、明るい時間に遭遇したばっかりなのに。
思わず立ち止まってリッキーを見ると、リッキーもめずらしく真剣な顔でオレを見ていた。
「……聞こえる?」
オレが聞くと、うん、と頷く。
遊園地は潰すにしても、機材はどこかに引き渡されるのかも知れない。バイトで他店のヘルプに行った時に、そんな話を聞いた。それに向けての点検や確認をしているようだ。
こんな音割れのするスピーカーを、欲しがる施設があるとは思えないが、バラして部品にすれば、使えない事もない。
さすがのリッキーも警戒しているのか、飛び出して行かなかった。
ぐっと手を握り合ったまま、そろそろと歩いていく。自分たちが不法侵入中という事を忘れず、不気味な音の正体を確認するように。
アトラクションエリアが見えた時、ありえない光景が見えた。
全部が、ピカピカ、キラキラと光っていた。
小型のジェットコースター、馬の顔が怖いメリーゴーランド、コーヒーカップとの違いが分からないティーカップ、ゴンドラ部分が8部屋しかない観覧車。
数少ないアトラクションがライトアップされて、真っ暗な夜の中で動いていた。
ジェットコースターからはプルルルルという発車の合図、メリーゴーランドの方からは子供が好きそうな陽気なメロディー、そして全部のアトラクションから、ブゥゥーンと唸るようなモーターの音が鳴り続けている。
勝手に動いているんじゃない。誰かが動かしている。
目をこらすと、蛍光色のジャンパーが見えた。
窓のついた小さな操作室の中はもちろん、メリーゴーランドの馬の上にも。1人だけじゃなく、何人もいる。
オレンジ、黄色、黄緑のジャンパーを着た従業員が、アトラクションに乗っていた。昼間に客がしていたのと同じように。
いや、それ以上に、もっと楽しそうな顔で。
点検のためではないのが、その表情ですぐに分かった。
今日の夕方まで、このしまらくこども遊園を支えてきた大人が、子供向けの遊園地で、あんな顔をするなんて。
お姉さんも、おじさんも、おばちゃんも、初めて遊園地に連れてきてもらった子供みたいに嬉しそうにしている。
本当は、あの人たちも乗りたかったのかも知れない。
やっぱり何の根拠も無しに、オレはそう思った。
大人だから、従業員だからと、ずっと遊びたいのを我慢していた。閉園してようやく、そういう意識から解放されて、自由になった感じに見えた。
知能の低い人間じゃない。与えられた役割をしっかり果たして、やり遂げた大人だ。
隣でリッキーが、ぽかんとして言うのが聞こえた。
「すっごーい……」
いつもなら大声を出してはしゃぐはずの幼馴染さえ、そんな反応だ。オレも、ぼんやりと見てしまった。
晴れた日の夜空に負けないくらいド派手に、しまらく全体が輝いているように感じる。
ここは、ただの田舎の、経営難の、老朽化した、子供向けの遊園地なんかじゃなかった。
夢の国にはなれなくても、夢を見るには十分な場所だった。
大人だってあんなに楽しそうな顔をして、時間を過ごせている。ワクワクして、少しドキドキもしているのが伝わってくる。
覗き見しているオレですらそうだったし、リッキーもそう感じているのが、手を握ってくる力の強さで分かった。
オレも握り返しながら言った。
「……なんか、夢みたいだね。奇跡だよ」
夢でも、こんな世界は見た事が無いと思いながら。
しかも、それだけで終わらなかった。
『みーんなー! 元気かなー!』
『会えてうれしいわー!』
スピーカーから爆音のセリフが流れてきた。
オレとリッキーは、同じタイミングで顔を見合せた。
何も言わず、同時に動き出して、すぐそばの身長制限用の看板の裏に隠れていた。
すごくドキドキする。かくれんぼとはまた違う。ヒヤヒヤ感は無かった。みんな遊ぶのに夢中で、オレたちには気付かないはずだ。
やっと手を離して、リッキーは四つんばい、オレは中腰になって、少しだけ顔を出した。さっき見ていた場所を確認する。
ラックとシマーは居ない。
が、ライトアップされたメリーゴーランドとティーカップの間に、白、黄色、赤、青の小さな光が、ぞろぞろ動いているのに気が付いた。
売店のある広場ではなく、アトラクションエリアの中央に向かってくる。
「あれ何?」
リッキーが独り言みたいに聞いてきた。オレも目を細めて確認する。
「ペンライトみたい。ライブとかで振ってるやつ」
「うりゃほい、うりゃほいって聞こえる?」
「それは聞こえないけど」
光を持った行列はどんどん近付いてくる。
鼓笛隊とダンサーらしい。しましまの衣装は着ていないし、顔を白塗りにもしていないが、パレードのダンスと同じ振り付けで、光の軌道を作っていた。
LEDなんて立派で明るい物じゃない。縁日でよく見かけるような、折って光るケミカルライトだ。曲げたり、何本かつなげたりして輪を作って、手首や足首に付けて回している。
他には、例のキラキラ光る電飾のおもちゃ、懐中電灯、ライトを点けたスマホを持って、行進して来ていた。
夜にしか見られないそれを見たのは、当然、初めてだった。
「しまらくで夜間パレードなんか聞いた事なくない?」
もし、特別なイベントでもあれば広告のチラシが入っているはずだ。そして、オレたちは何だかんだ言いながら来ていただろう。
しまらくについて、まだ知らない事があったなんて。
「うん。ない」
短く答えた後、リッキーが聞き返してきた。
「夜って、英語で何て言うんだっけ」
スピーカーの音にかき消されてしまうほど小さな声だが、すぐそばにいるから聞こえた。
「ナイト。スマホの暗い所の撮影とかナイトモードって言うでしょ」
「そっか。じゃあ夜のキシダンなら、ナイトナイトになる?」
質問を続けてくるリッキーの目は、パレードに釘付けになっている。口も開いていて、子供みたいだ。
「Kがつく方の騎士?」
オレはそう聞き返したが、すぐに、
「そもそも夜の騎士団って何?」
と連続で聞いてしまった。昔の悪役みたいな名前だ。
リッキーからの返事は無かった。
スチャラカチャッチャ、パッパラパ、スチャラカチャッチャ、ドンドンドン。
鼓笛隊は陣形に並んで手拍子をして、ダンサーはキラキラした光の輪を付けて、紙吹雪をまき散らす動きをする。
よく見ると、外国人っぽい顔立ちの人が多かった。あの人だけではないらしい。どういう世界観か分からない白塗りのメイクとしましま衣装は、年齢も性別も人種もバラバラの集団をひとつにまとめていたのだ。
一瞬、リッキーがキスされたのを思い出しはしたが、もう気にならなかった。
『さーあ、ぼくたちと遊びたいおともだちはいるかなー?』
コートを着た女の人が2人、前に飛び出して、何かを探すのが見えた。
2人とも日本人に見える。ダンサーたちよりも背が低くて、きぐるみの中に入るには、ちょうどいいくらいの身長だ。
ラックはサルの男の子だが、正体は、若い女の人だった。ひっつめにした黒髪のポニーテールが、周りの光に照らされながら、ふりふり揺れている。
その隣の女の人は茶髪の短い三つ編みで、リスのシマーと同じ、口元を両手で隠して笑う動きをしながら、本当に笑っていた。
イケメンの部活姿を見ている女子の表情とそっくりだった。ポニーテールの女の人のことが、好きなのかも知れない。
ズドドン、ズドドン、チャッチャッチャッチャッ。
鼓笛隊とダンサー、真ん中の2人の女の人は、アトラクションエリアの中央で音楽に合わせて踊り出した。
ポニーテールの人は片手で逆立ちしたり、バック転したり。三つ編みの人も、チアリーダーみたいに高く脚を上げて、バレリーナみたいにグルグル回る。コートとブーツなのに、きぐるみの時より動きやすそうだ。
どう見ても、歩き出したくらいの子供と一緒に遊ぶ動きではない。
明るい時間よりずっと迫力のある、ド派手なダンスショーに切り替わっていた。
ジェットコースターやティーカップから降りて来た人が、次々とそこへ集まっていく。
まばらにショーを囲んで、笑顔で手拍子をしたり、体を揺らしたりし始める。まだ乗っている人たちも、顔を向けているのが見える。
スマホを向けている人はいない。
年齢層が高いから、写真を撮る事になじみがないのかと思ったが、単に、今ここだけの思い出にするつもりなのかも知れない。
告知なんかしていない。と言うか、来場者に見せるつもりはないのだ。
夜の撮影に使うのがナイトモードなら、夜のパレードはナイトパレード。
それも、ここにいる以外の人には知られる事のない、スマホのナイトモードにも映らない、秘密のナイトパレードだ。
日常の一部だったこのしまらくで、日常とかけ離れた現実が起こっている。これこそ非日常感という、客が遊園地に求める物だと思う。
それを見ているのが、本来ならいるはずがないオレたちだけというのも、このしまらくが閉園する要因のひとつだ。
はっきり言って、オレは感動したし、どうしようもなく悔しかった。
「何で今までこれをやらなかったんだよ、バカだな……」
しまらくは、子供向けの遊園地だ。
夜の9時にもなって、子供が出歩くなんておかしい。
でも、こんなに、綺麗なのに。
この景色をもっともっとたくさんの人に見てほしかった。




