表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1.ジェットコースター待機列


『しまらくこども遊園は、本日、40年の歴史に幕を下ろします。永きにわたるご来場、誠にありがとうございました』


正面ゲートの方から、アナウンスが繰り返されているのが聞こえる。同じ文章がポスターにも書かれていて、それが選挙ポスターみたいに、ずらりと貼られている。

せめて園内にいる間くらい、その事を忘れさせてくれてもいいのに。だからここは、夢の国にはなれなかったんだ。


「ヘックション!」

隣にいるリッキーがくしゃみをしたので、ポケットティッシュを渡した。

この寒い2月ももうすぐ終わる。この遊園地と一緒に。

「混んでるねぇ。いつもガラガラだったのに」

リッキーは鼻を拭いて、オレの渡したティッシュの残りと、丸めたティッシュを自分のポケットにしまった。

坊主頭をすっぽり隠す毛糸の帽子と、最近買った茶色のフリースは暖かそうだが、今日はいつものマフラーをしていない。また忘れて来たのかも知れない。


「風邪もらわないようにね」

オレはマスクをしたまま言った。リッキーの分のマスクも持って来れば良かったとは、昼に会った時に思った。

「もらったら明日休めるのかなぁ」

リッキーは両手をポケットに入れたまま、鼻をスンスンさせる。

野球部の練習がメンドくさいのだろう。3月中旬まで試合も無いし、こんな田舎の弱小チームでは、やる事もない。強豪校なら放課後も土日もぶっ続けなのだろうけど。

「…………」

優勝とかの目標は無くて、メンドくささはある。

続けている意味が、オレには分からない。内申点や調査票以外に部活なんてやる理由が無い。それすら考慮しない大学に行けば、まったく関係ないのに。


前に並んだ人が1度、振り返った。目が合ってしまったので、会釈をする。マナーのなってない高校生に思われたくない。

「そんなんじゃダメだよ。もうすぐ受験生なんだから」

少し小声で言った。


「おれよりマサの方が真剣だよね。あと1年あるのにさ」

「リッキーがバカだから心配なの。スベッて浪人とかマジでやめてね」

「それいつも言うよねぇ。大学から同級生って面白いと思うんだけどなぁ」

リッキーは、のんき者だ。本当にやりかねないから恐い。


落ちていくジェットコースターから悲鳴が聞こえる。

オレの親友があんな風に、大学受験に落ちませんように。つい、そんな心配までしてしまう。


しまらくこども遊園は、地味な遊園地だった。

と言うか、子供向けだ。


あるのは、今オレたちの並んでいる小型のジェットコースター、馬の顔が怖いメリーゴーランド、コーヒーカップとの違いが分からないティーカップ、ゴンドラ部分が8部屋しかない観覧車。

それと黄色いロープを掛けられて、飛べなくなった空飛ぶじゅうたん。赤ちゃんでも乗れるような、小さな青い、顔のついた汽車。

その辺に放置されている動物の形の四足歩行のロボット、移動はできなくて中が見えるタクシーや消防車は、100円玉を入れると動く。


お金を使わなくても遊べる、プラスチックのすべり台やジャングルジムがある広場も、対象年齢は12歳まで。

あとはボロっちい売店と、延々しゃべり続けるポップコーンマシンと、ちょっとした動物園エリア。いるのはサル山のサル軍団、ちっとも見かけないリスの木立、ふれあいコーナーのウサギとモルモットと、大きなオリに入った大きな鳥。カモの池に居るカモは、野生かも知れない。

その間を、外国のバスみたいな、赤色のバスが走る。


子供の頃からずっと来ていたから、何も不思議には思っていなかった。もちろん地味だとも。

ただ少し前に、車で1時間の場所に、大型のテーマパークができた。

そこは何もかも最先端で、園内にはレストランがいくつもあって、建物は海外の街並みを再現していたり、屋内のアトラクションもあったり、売店ではSNS映えするカラフルな食べ物が売っていたりした。マスコットキャラの着ぐるみも、新品らしく綺麗だった。


オレはお父さんがミーハーだから、行きたいと言われて、仕方なくついて行っただけ。この歳で親と一緒に遊園地なんて恥ずかしかったし、絶対知り合いに会うと思ってビクビクして、全然楽しくなかった。

けれど、そこでオレは気付いてしまった。

オレの思い入れのある場所は、ただの田舎の、経営難の、老朽化した、子供向けの遊園地だと。


オレは、一応、東京生まれだ。いとこも東京にいて、おばあちゃん家も東京にある。

幼稚園から小学校に上がるタイミングで、お父さんの仕事でこの田舎に引っ越して来た。


その春休みの間に初めて出来た友達が、今も隣にいるリッキーだ。出会ったのもこのしまらくこども遊園で、偶然、住んでいるマンションが同じだった。


オレのたった1人の親友は、1つ年上で、愛すべきバカというやつだ。


さっきも『(なが)らく』を「えいらく」なんて昔の貨幣みたいな読み方をしていた。もし、えいらくだとすれば、その後に続く文章をおかしいと気付かない所がヤバい。

漢字にも弱いし、かと言って理数ができるワケでもない。勉強もできなければ、足もそれほど早い方でもない。

下の名前が(ちから)だから、音読みにして、リッキーなのだが、そんなに強そうな見た目でもない。

高校生になってからは、身長も伸び悩んでいる。現時点では、まだオレの方が小さいので、そこはイジれないが。


別に本人は、何にも悩んでなさそうに見える。

誰にでも優しいし、いつも明るいから、友達は多い。周りが助けてくれるから、愛すべきバカなのだ。


リッキーもジェットコースターを見上げて、語り始めた。

「おれさぁ、大きくなったらデートでしまらくに来るの夢だったんだ」

「叶える前に閉園したね」

子供向けだから家族のお客さんが多いが、カップルも、確かにいるにはいる。


中学までは、リッキーの他にもよく遊ぶ友達がいた。オレの同級生と、リッキーの同級生で、先輩後輩の区別もほとんどない男子5人組。

でもリッキーたちが高校生になってからは、全寮制の高校に行ったり、彼女ができたり、部活が忙しくなったりで、バラバラになった。

オレとリッキーだけが、いまだに彼女もいないし、バイトも一緒のファミレスだから、ずっと付き合いが続いている。


「こういう所に来ても喜んでくれる女子っているのかな」

現実的なことしか言えないオレに対して、夢のあることしか見えないリッキーは、すぐ聞き返してくる。

「なんで、なんで?」

「女子って基本的にオレらのこと見下してるでしょ。イケメンとか先生には女アピするけど、それ以外はサル山を見る目と同じ」

こういうことを言っているから彼女ができない。自分で分かっている。でも、そうとしか思えない。

オレみたいな出っ歯で猫背のチビは、モテないのだ。たとえ成績や運動神経が良くても。


リッキーは分からないみたいで、首を傾げた。

「えっ、虫じゃないだけマシじゃない? 見ただけでギャーって言われちゃうよ」

「ポジティブすぎでしょ」

人の悪意とか、裏表とか、そういうのに人一倍鈍感なリッキーが、たまに心配になる。オレみたいに面と向かってバカと言える間柄でもないクセに、リッキーをバカ扱いしている人を、オレは知っているから。

「おサルも可愛いよ。マサルも可愛い」

「韻踏まなくていい」

オレをこんな風にからかってくるのはリッキーだけ。他の人は、オレと絡みたがらない。


リッキーは動物園エリアの方を向いて、ウッキー、と言った。仮に、サルに話しかけていたとして、この距離で聞こえるワケがないのに。


ちょっと天然と言うのか、リッキーは子供だ。


けれど実際には、なかなか悪知恵が働く。

まだ本当に子供だった頃、本人から内緒で聞いた話がある。

土曜日にこのしまらくから帰る前、リッキーは、お気に入りだったぬいぐるみを、わざと忘れて行った。

夜になって、ないないと大騒ぎし、日曜日も連れてきてもらった。そこでぬいぐるみを無事に回収した後は、ダダをこねて、日曜日も遊んで帰るという、作戦だった。


それを5才、8才、12才とやっているので、リッキーの親も、さすがに忘れ物に気を付けるようになって、大きくなると通じなくなったが。


17才ともなると、もう親は同伴じゃない。

マーくんが力の面倒を見てくれるから安心だ。リッキーのお父さんから、そう言われた事がある。

おいおいと思ったが、否定はしなかった。

リッキーの家族とオレの家族は、もう親戚みたいな感じだ。最近は何だか恥ずかしくて、会っても頭を下げるくらいしかしないけれど。


順番待ちの列がノロノロ進んでいく。

ジェットコースターからはプルルルルという発車の合図、メリーゴーランドの方からは子供が好きそうな陽気なメロディー、そして全部のアトラクションから、ブゥゥーンと唸るようなモーターの音が鳴り続けている。

アナウンスも含めて、ずっと耳に入れられていると、頭がおかしくなりそうな単調さだった。


ノロノロ進むパンダのロボットが寄ってきて、追い抜かされた。

「まあ、喜んで来るのはあんな人ばっかりだろうし、別によかったんじゃない」

聞こえないように言った。乗っているのが、ヤンキーっぽいカップルだったから。

男の方は茶髪で、ダボダボの服を着て、パンダの上に立ち乗りになっている。

「オラオラ! 天然記念物捕まえたぞ!」

パンダは別に、日本の天然記念物じゃない。世界規模で見ても、絶滅危惧種でもなくなった。


「キャハハハハ! ヤバーイ! チョーウケるんですけど!」

横を歩いている女の人がバカ笑いしながら撮影している。過剰な動画をネットに載せて、炎上するタイプだ。


男はイケメンでもないし、女の人も別に美人という感じではない。そのくせ、ミニスカートとブーツを穿いている。

大学生くらいだろうけど、大人として恥ずかしくないのだろうか。


リッキーは女の人の太ももを見てから、ズッと鼻をすすった。

「寒くないのかな……」

しまらくこども遊園は山の上にあるから、町の方より気温が低い。春と秋は、花粉がひどい。


人を見下すという発想のない、平和主義のリッキーを見ていると、腹を立てた自分がダサく思えてくる。

何だかんだオレは、この遊園地が好きだ。

それを、知能の低い人間にガサツに扱われるのと、ヤンキー相手だから面と向かって注意できずに陰口を言うしかない自分が、嫌いなだけだ。


ポケットの中でカイロを握って、かかとを上下に動かした。ほとんどじっとしているから、足から冷えてくる。

「普通の子はもっと、ランドとかシーとか、そういう所に行きたがると思う」

「あーそっかぁ。遠いからなぁ。チケットも高いって言うし。修学旅行で行けたの奇跡って感じ」

その前に彼女いないじゃん。と言うのは可哀想なので黙っておくが、やっぱり悩む所がズレていておかしい。


「オレは違ったしね。リッキーの世代で学校が予算使い果たしたんじゃないかって思ってたよ」

「あれ、そうだったの? じゃあ行った事ない?」

「東京に帰った時に1回あるよ。でも、いとこ家族と一緒だったから、子供6人とかいて、親も大変だったっぽくて。あんまり遊べなかった」


あの時、同い年のいとこの1人から言われたことが、いまだに忘れられない。

『ボクはいつでも来れるけど、マサルは、いなかものだもんね』

だから多めに乗れるようにと、順番を譲ってくれようとした。


すごく、見下された気がした。

オレは幼稚園まで東京にいたのに。好きで田舎にいるんじゃない。家の都合で、そうなっただけ。

腹が立ったから乗らなかったし、帰るまでずっと不機嫌なまま過ごした。まだ子供だったから、どうして嫌な気分になったのか自分でも理解できなかった。


お父さんとお母さんだけに話して、東京に住みたい、帰りたいと言った。大学生になったら、1人で東京に住んでいいと言われた。

だから、オレは東京の大学に行くと決めている。

気が早いと言われても、受験が気になるのは当たり前だ。そのために勉強を続けて、先生から、特別に2年生の模試を薦められるくらいになったのだから。


ちなみにリッキーは、2年生なのに模試の日程すら分かっていなかった。どうせ忘れると思ったので、受験票も先にオレが預かっておいた。

逆に余裕すぎて、すがすがしい。


のんき者のリッキーがのんきに言う。

「今ならおれたちだけでも行けるのにねぇ」

同級生にも、バイト先にも、わざわざ夜行バスに乗って行ったと言う人は確かにいる。

オレには、そこまで行きたいという気持ちはない。大学生になって東京に住めばいくらでも行けるし、今のところ、あまり良い思い出ではない。

「交通費もかさむけどね。1回のチケットでここなら年パス買えるでしょ」

でもまあ、リッキーが誘って来たら行ってもいいとは思う。どうせ、1人では夜行バスの乗り方も分からないはずだ。


「だから毎年買っちゃうんだよねぇ」

はー、とため息を吐いてから、リッキーはくしゃくしゃのパスをひっぱり出して眺める。オレも尻ポケットの財布から出して、同じようにした。

小さな紙のチケットで、園内の写真が印刷されている。その下に、ピンク地に青と白の『しまらくこども遊園』というロゴがある。

有効期限は、今年の4月までだ。


「そう言えばこれ、払い戻しできるのかな?」

ふと思って言ったら、リッキーが大きい声を出してきた。

「えー! 記念に取っておこうよぅ」

「えぇ……もー……」

そう言われたら、オレもそうしなければいけない気がする。

そうして貯まったリッキーとの思い出や記念は、すでに部屋に山ほどある。また1つ、増えてしまう。


確かに、忘れ物もなくし物も多いリッキーだが、このパスだけは、1度もなくした事がない。くしゃくしゃにはしても。

しまらくの年パスは、毎年4月にお父さんが買って来てくれる。会社の割引が使えると言っていた。定価で買っても、年に2回来れば、もう元が取れる値段ではあるが。


小学生の頃は家族と一緒に、中学生になってからは自分たちだけで、最低でも月に1回。多い時は週に1回くらいのペースで来ている。

週末より、平日の、部活のない日が多かった。17時閉園なので長くはいられなくても、アトラクションに1つか2つ乗って、売店のベンチで軽く飲み食いして帰る。

もう、入場ゲートのお姉さんや、売店のおばちゃんや、アトラクションの運転士のおじさんとも知り合いだ。あの人たちがこれからどうして行くのかは、聞けないけれど。


リッキーはパスを顔より高く掲げて、写真と実際の景色を比べるようにした。

その瞬間、曇り空がぱっかり割れて、少しだけ日が差してきた。

タイミングが良くて笑ってしまう。海を割ったモーゼみたいに、リッキーが天気を操ったみたいだった。

「なんか、ここがなくなったら思い出まで消えちゃう気がしない? だからせめて物で残しておきたいなぁ」

本人はそんな事なんか気にもせず、ちょっと悲しそうに言ったから、オレは何も言えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ