6話
「やあ、アメリア。お使い帰り?」
くるりと振り返ると、近所に住む悪ガキがいた。
私は頼まれた食材の袋を抱え直し、こんにちは、と挨拶を返す。
「マルコも手伝いの帰り?」
向かう方向が同じ為、どちらともなく並んで歩き出す。マルコはズボンのポケットに入れていた両手を頭の後ろで組み、私の質問に頷いた。
「うん、そろそろ収穫期だからね。アメリアは?」
「お夕飯の材料と……足りないものを買い足しに」
ああ、とマルコが煉瓦色の目を瞬いた。
「アメリア、引っ越すんだっけ」
そう、私は今月末に、このヴァイツェンシュタットを離れる事になった。
遡る事半月前、ギルベルトとの落下事故を、その後の張り手と共に『子供の悪戯』として、子爵より直々にお許し頂けた。
むしろ、ヴァイツゼッカー子爵の本題はそちらでなく、私の魔術刻印の方だったのだろう。
魔術を日常の一部として使うシュタルクはともかく、クルークは原則として貴族の血筋、それもその長子にしか現れない。それすらも必ずではない、というのが、更に魔術刻印を稀有なものにさせた。
何故そんなものがアメリアに現れたのか。
それはアメリアの先祖にまで遡る話なのだが、今は関係がないので割愛。なんなら『主人公だから現れた』でも良い。
ともかく、現れた。現れてしまった。
それを踏まえ、ヴァイツゼッカー子爵は私にある選択肢を用意してくれた。
「先程君の父上にも話したことだが、君は聡い。ましてや、自分の事だ。話しておいた方が良いだろう」
そう切り出した彼は「フンベルクを知っているか?」と訊ねた。
「山岳地方にある、国境沿いの大きな街ですか?」
「そうだ。そこを治めるフォーゲル伯爵家の長女が亡くなられたばかりでな。魔力持ちだったらしい」
知っている。彼女の名前はシャルロッテ。私と同じ風属性の魔力を持っていた少女だ。
そして、私は彼女の代わりとして求められる。
「フォーゲル家は、古くからの慣習を重んじる一族だ。……魔力持ちは自然との繋がりの証。それを欲しがる貴族は少なくない」
わかるだろう、と言葉を濁すが、要は養子に来いという事だろう。あらかじめ知っていた私にとっては、察するまでもない。
「気の良い話ではないが、フォーゲル家に行けば、魔術に関する知識を正しく付けることができるだろう。……少なくとも、学園に通うのに苦労はしない」
学園——正式名称は王立学園アルバイテン——とは、国内唯一の国営教育機関である。
初出だが、私たちの住まう国はコーネンプレッツェルと言う。世界最大を謳う国で、人口の九割がクラークに寄って形成される。世界に二つしかない大陸のうちひとつ、そのほぼ西半分を占めるコーネンプレッツェルは、山にも海にも困る事はない。
隣国は、多種多様なシュタルクの中で最も数が多いとされる人狼族の国ヴァルコンと、コーネンプレッツェルに対し比較的友好関係にある鳥人族の国ラフテェン。その他小さな国々に囲まれている。
そんな大国であるコーネンプレッツェルだが、教育制度は決して良いわけではない。日本と違い、平民の子供の殆どがまともな教育を受けることはなく、親元で必要最低限の読み書き算盤を習うのみ。
稀に私塾もあるが、当然知識は偏る。ましてや家業を継がぬ多くの魔力持ちは、王家に召し抱えられる為、魔術に関する知識が得られる事は全くと言って良い程ない。
そんな中、唯一王宮魔術師を講師として呼ぶことの出来る教育機関がアルバイテンである。
魔術を習得するのであれば、学園に通うのが最も早い。十歳から入学ができ、中等教育を六年間、高等教育を二年間受ける事ができる。
当然学費は目玉が飛び出る程高い……らしい。どのくらいかは知らないが、少なくともうちで支払うには高過ぎる代金になるだろう。
ヴァイツゼッカー子爵が言っているのはおそらくその事だ。
考え込むように目を伏せる私。アメリアと同じ運命を辿りたくないのであれば、私はここで行かないという選択を取る事が出来る。
当然魔術を学ぶことはできないが、ならばいっそ刻印を封じてしまえば良いだけの話だ。少なくとも、魔力量が多いシュタルクは、国内ではそうするよう義務付けられている。
そうしてしまえば、刻印が暴走し、魔術が暴発することもない。災害規模の事件は防げるだろう。
けれど——……
初めから即決即断を期待していなかったのだろう。返事は後日で構わないと言うヴァイツゼッカー子爵。
そんな彼に、私はひとつの質問を投げかけた。
「そういえば、アメリア最近ギルベルト様に会った?」
パッとこちらを向くマルコ。さっきまで弟であるティモの話ばかりしていたのに、随分と突然だ。私は小さく首を横に振った。
「お忙しいみたいで、全然会えてないよ。マルコは? 彼、よく小麦畑を見にお父様と一緒にいらしてたでしょ」
「まあね。今も来てるけど、変なんだよなー」
「変?」
うん、と頷いたマルコは思い出すように視線を斜め上へと向ける。
「前までは、領主様に連れられなくても勝手に遊びに来て話してったりしたんだけど、最近は……なんだろ、仕事みたいって言うか、領主様が行くから一緒に行くって感じがするんだよね」
「ふぅん……ギルベルト様らしくないね」
「だろ?」
マルコの話に頭を過ぎったのは、先日ヴァイツゼッカー子爵が漏らした「ギルベルトにも領主としての素質があるのかもしれない」という言葉。マルコの疑問には、それが影響しているのかもしれない。
しかし、私が彼と会わないのは……。
「避けられてるのかもね」
街中ですら、ギルベルトを見かけなくなったのは、どう考えてもおかしい。前までは週に一度は向こうから声を掛けられ、見かけるだけならその倍はあった。
避けられているのだろう、と思うには、十分な状況だ。
しかし、マルコは私の言葉に眉をひそめる。
「ギルベルト様が? アメリアを?」
そりゃあり得ないよ、とマルコは声を大にする。……そうだろうか?
私からしてみれば、あんなに勢いよく自分の頬を引っ叩いたお説教ババアは避けて当然だと思う。その後ギャン泣きもしたし、恥ずかしがっているのかもしれない。
しかし、そんな話をマルコにするつもりもないので、曖昧に笑っておく。マルコは不服そうに頬を膨らませた。
「ねえ、アメリア。本当に行っちゃうの? ギルベルト様もティモも……勿論オレもだけど、みんな寂しがるよ」
「ありがとう、マルコ。でも、私知りたい事が出来たから」
「知りたい事?」
うん、と頷く。マルコはその内容を知りたがったが、私は「秘密」と目を細めた。
ヴァイツゼッカー子爵に問うた事。
それは「魔力の属性はどう決められるのか」という事だった。本来、水の属性魔力を持つはずの私に、何故風の属性魔力が現れたのか。私はそれがどうしても知りたかった。
しかし、ヴァイツゼッカー子爵はその答えを持ち合わせていなかった。いや、明確な答えを、というのが正しい。
「魔力の有無は遺伝に、そして属性はその魂の質に寄る物だと、現段階では認識されている」
これが子爵のお答えだった。
しかし、魔力に関しても魔術刻印に関しても、未だわかっていない事が多すぎる為、ヴァイツゼッカー子爵にも答える事ができないそうだ。
「学園には多くの王宮魔術師が講師として招かれる。もし詳しく知りたいのであれば、彼等に問うと良い」
その言葉を聞き、私の決意は固まった。
「領主様、私、養子に行きます」
子爵の深碧の目が、ゆっくりと細められた。




