5話
ゲーム内では、アメリアが水属性の魔術を使い、多くのイベントをより良い方向へと運ぶ。鎮静効果のある水の魔力は、人々の心を鎮め、傷を癒し、アメリアの善良なる心根を示すかのような効果を発揮した。
じゃあ、風の属性を持ってしまった私はその辺どうしたら良い?
膝の上で固く握り締めた拳。その手の甲を眺めながら、おそらく蒼い顔をしているのだろう。エーリアスの慮るように私の名前を呼んだ。
「大丈夫かい?」
「……はい……ありがとう、ございます……」
嘘だ。誰の目に見ても、私は大丈夫じゃない。
エーリアスの心配気な視線を感じつつ、私は頭の中で何故、どうして、と子供のように繰り返す。
今まで当たり前のように私の足元を固めていた大地が突然崩れ落ちたかのような錯覚を覚え、気を抜いたらそのまま倒れこんでしまいそうだった。
しかし、そんなことを知る由も無いヴァイツゼッカー子爵。やはり平坦な声色で私の視線を上げさせる。
「アメリア。先程、君は自分がギルベルトを巻き込んだと言ったな」
「はい」
「だが、君の言葉は矛盾している。巻き込んだ筈の君が、ギルベルトをあんな風に叱るか? あれではまるで、止めたのにも関わらずギルベルトが無茶をし、君を巻き込んだみたいだ」
魔力の話題から唐突に話を戻され、若干思考停止していた私は、別の意味で血の気が引く。
そうだった。忘れかけていたが、私は子爵子息を危険な目に合わせ、あまつさえ手を上げてしまったのだ。
ぶわっと冷や汗が背中を伝い、頭から言語機能が失われる。いっそこのまま気絶してしまいたい。
「そそそのことに関しましては、あの、えっと、」
「お、落ち着こう、アメリア。一旦、ねっ」
あまりのテンパリっぷりに、膝を折り、優しく背を叩いてくれるエーリアス。そのリズムに合わせて深呼吸。ありがとう、エーリアス。ゲームプレイ時に名前だけのモブとか思ってて本当ごめん。
ギルベルトに似た柔らかい若草色の目が心配そうに覗き、胸が痛んだ。と、同時に小さな安心感を覚える。
本当に、私はこの色に弱い。
大きくひとつ深呼吸をし、エーリアスにお礼を述べる。彼が離れるのを感じつつ、私は子爵へと向き直った。
本当は話したくなかったけれど、どうしようもなく情けない話だけれど、ここで齟齬は出したくない。
ギルベルトと、私のためにも、彼には正直でありたい。
「ひとつ、情けないお話をしてもよろしいでしょうか」
言葉を発さないヴァイツゼッカー子爵。しかし無言のまま、子爵は葉緑の瞳で話を促す。その目に意を決して、アメリアなって初めてとも言える最大級の言い訳を口にする。
「……以前、私は人から遊びが足りないと言われました。ですが、それで良いとも思っておりました。つまらなくとも、正しい人であれるならばと。
だから、見せたいものがあるとギルベルト様に誘われた時も、初めは躊躇しました。家主に許可を頂いたわけでもないのに、好き勝手歩き回るものではないと」
けれど、と続ける言葉に、私は少しだけ自嘲する。なぁんだ、と。
「ギルベルト様が少しだけ寂しそうなお顔をされた時、思ってしまったのです。もし、私がここで断ってしまったら、また思われるのではないかと」
つまらない、遊びのない人間だと。
「私は、私のために……まるで、ギルベルト様に請われたから仕方なくといった風を装って、共に行く事を選びました。ですから、今回の事は私の責任なのです」
私が、巻き込んだも同然です。
声が震えないように気をつけながら、私はそう話を締めた。
どうやら、私は思ったよりもあの幼い友人を気に入っているらしい。ゲームの中の登場人物としてではなく、一人の友として、嫌われたくないと思うくらいには。
暫しの沈黙の後、ヴァイツゼッカー子爵は静かに問う。
「止めるべきだったと。そう、君は思うのか」
「そうすべきでした。つまらない女だと思われても、……たとえ、嫌われてしまっても」
私がどうしても行かないと言えば、私を元気付ける事が目的だった心優しい彼は諦めただろう。屋根に登ることも、そこでしか見せられない何かを見せることも。
情けない。嫌われたくなくて相手に従うだなんて、まるで子供の関わり方だ。格好が悪い。
なにより、あんな、何気無い過去の言葉に揺らいでしまった自分自身が情けない。
自己嫌悪でいっぱいになる私を、ヴァイツゼッカー子爵はどれ程見つめていたのだろう。きっと、私が感じた程長い間ではないだろう。
アメリア、と今日だけで何度も私の耳を打った声がする。ゆるりと上げた視線の先では、子爵がなんとも言い難い顔をしていた。
子爵も言葉を探しているのか、珍しく名を呼んでからの反応が鈍い。助けを求めるようにエーリアスを見るが、彼は少しだけ眉を下げただけで、何も言わない。いや、だからその目は何。
「アメリア」
再度名前を呼ばれ、私は「はい」と答える。
「君の言い分はわかった。……私もひとつ、情けない話をしよう」
思わぬ展開に目を瞬く。が、そんな事はお構いなしとヴァイツゼッカー子爵は淡々と、まるで書類に判を押すような調子で話を始める。
「私は今までギルベルトに対し父親らしい事をして来なかった。というより、する必要性を感じていない」
子爵にとって、優先すべきは跡継ぎであるエーリアスで、ギルベルトは居ても居なくて良い存在だと彼は言う。自分の全てを、いずれは受け継ぐであろうエーリアス。彼ばかりを構い、ギルベルトが何をしようと気になどしていなかったらしい。
知っている。
その話を、私は数年後、ギルベルト本人から聞く可能性があった。ギルベルトルートに入ればの話なので、おそらくは無いと思うが。
「私にとっては父親である事よりも、領主である事の方が重大でな。現に今も、私は息子が死にかけた事よりも、魔力持ちの娘が領地内で現れた事の方が重要に思っている」
とんでもないクソ親父発言だな。
「……だが、領民からそこまで愛されているのならば、ギルベルトにも領主としての素質はあるのだろうな」
反応に困る話に思わず身動ぎをすれば、ヴァイツゼッカー子爵は少しだけ目元を和らげた。そんな顔もできるのか、と意外な一方で、やはり整った顔立ちはどんな顔をしても見目が良い。羨ましい。
話がズレたな、と子爵は再び顔を引き締める。
再度険しい視線を向けられ、私は背筋を伸ばした。
「今回の事はギルベルトにも責任がある。
だが、ケジメはケジメだ。もし、君がギルベルトを巻き込んでしまったと気に病むのならば、その後君が魔術を使い、我が息子の命を救った事で、その罪を無くそう」
「えっ……いや、でも」
「幸いどちらにも怪我はなく、ギルベルトの方も自分が悪いのだと主張している」
いつの間にそんな話を。
そんな疑問が顔に出ていたのか、エーリアスがこそっと「アメリアのお父さんと話をしてる時に泣きながら転がり込んで来たんだ」と教えてくれる。そんなことがあったのか……ちょっと見たかったな。
ヴァイツゼッカー子爵は領主の顔をしたまま、話を続ける。
「私も忙しい身でな。子供の悪戯に割く時間はない。君が悪意を持って行なったと言うならば話は別だが、双方の主張が一致し、尚且つ反省をしているのならば、この話はここまでだ」
息子への躾も済んでいるようだしな、と僅かに意地悪な目をする子爵に、びくっと肩が揺れたのは仕方ないと思う。私がそこを気にしているの絶対わかってやってる……!
エーリアスの少しだけ困ったような笑いが漏れた。




