68話
「で、なんで俺のところに?」
しがない教師だぞ、と首筋を摩るローラント。
そんな彼にずいっと差し出したのは、羽飾りのペンダントだ。
「これを見て反応のあった騎士様がおりまして。エグモンド様のこともありましたし、もしかしたら王宮内に交流があるのではないかと推察いたしました」
まあ、推察どころかゲーム知識で確信しているのだけど。
私の言葉にローラントが頭を抱えた。声には出さず、口だけが「あの野郎」と動いた。
同じように隠し事を持つ身としては、彼に対する同情が禁じ得ない。
が、それはそれ。これはこれ。
弱味に付け込むようで大変心苦しいが、じっと相手の反応を待つ。
五分近く経つが、ローラントの表情は変わらない。
流石にこれ以上は進展がないな、と残念半分、安堵半分で肩を竦めた。
「いえ、すみません。甘え過ぎました。忘れてください」
私にしては珍しく、前言を撤回する。
すると、はあ、と嫌なため息が聞こえた。呆れられてしまっただろうか。
そろり、とローラントの顔色を伺う。
彼はどこか困ったような様子で、口元を歪めていた。
「ほんっとうに……やりにくい生徒だよ、お前は」
特大ため息を吐き出して、ローラントは責めるような目でこちらを見る。
何か伝え方を間違えてしまっただろうか。意味を問うように視線を向けると、彼は苦笑を浮かべた。
「駆け引きで言ったわけじゃないのが、扱いにくいって話だよ。お前がもっと汚い大人だったら、俺も知らぬ存ぜぬを貫き通せるんだが……」
「……よくわかりませんが、何か話していただけるんですか?」
「ここぞとばかりに乗り出してくるな。座れ、期待の眼差しをやめろ」
ひどい言われようだ。向こうが勝手に屈しただけなのに……。
未だ私の何が彼の琴線に触れたのかはわからないが、話が通るなら僥倖。
私は教員室の椅子に座り直し、姿勢を正した。
はあ、と何度目になるかわからないため息を吐いたローラント。
ただでさえ、レオンハルト王のことで心労が絶えないだろうに……。
さらに余計なトラブルを持ち込んで、本当に申し訳ない。
改めて反省すると同時に、ローラントの反応をじっと待つ。
彼はボリボリと頭を掻くと、自然と煙草を口に咥え……ハッと私を見た。
「………………駄目?」
このタイミングで訊くのは狡くない?
散々無茶を言っている私が、この場で「駄目だ」というのも心苦しい。
とはいえ、自分の都合で規則違反を見逃すのも躊躇われる。
葛藤の末、私が出した答えは「ご自身の責任でどうぞ」だった。
……責任逃れだと言いたければ、言えばいい。
この二律背反に正しい答えを出せるなら、私は今頃悟りを開いている。
「今日は本当に珍しいな」
口の端で笑いながら、マッチを擦るローラント。橙がかった白い火がシガレットを燻らせる。
気持ちを落ち着かせるように煙を吐き出した彼は、煙草ではない苦さに顔を顰めた。
「まあ、お前さんの言うとおりだよ。昔の縁で少しは上に顔が利いてね……とはいえ、もう交流は殆んど絶ってるんだけど」
「その古い縁で、先ほどのお願いはどうにかなりませんか?」
私が彼に提案したのは、シュタルクの研究を国家事業にすること。
そして、カレステンを責任者に置き、エグモンドには秘密裏に進める。
当然、非人道的な実験は御法度だ。
研究に協力してもらうルイスには必ず正式な文書で合意を取り、結果は欠かさず記録する。
細かな話は、今後カレステンたちを混ぜて煮詰めたいところだ。
私の申し出に、腕を組んで考え込むローラント。
正直、かなり難しいことをお願いしている自覚はある。
「……手が、ないでもないが……かなりの無茶を通す羽目になるだろうな」
「ですよね」
苦しそうな声で答えるローラント。
事情を知らない人が見たら、腹でも痛いのかと心配することだろう。
不意にローラントが前髪を掻き上げた。
思わぬタイミングで露出した素顔に、一瞬だけ目を剥く。
が、すぐに手が離れ、再び長い前髪がだらしなく顔を覆う。
「なんだ?」
「いえ……何も」
見なかったことにしよう。
そっくりと言う程ではないが、王の面影が滲む彼の顔はあまり表に出すべきじゃない。
頭を切り替え、私は「では」と話を戻す。
「その無茶を通していただく為、私が貴方にできることは……いえ、品の無い物言いですが、率直に言って、どのような対価を用意すれば良いでしょう?」
「……お前、頭はいいけど、そう言うところは馬鹿だよな」
そんなの真正面から訊くな、と言われ、それもそうだと反省。
しかし、相手が喜ぶものを予め用意する、と言うのは苦手だ。相手のことを考えれば考えるほど、わからなくなる。
相手に「これが欲しい」と強請られる方が、幾分かマシだ。
「あんまり馬鹿正直だと、吹っ掛けられるぞ」
「割に合わない交渉だと思えば、きちんと手を引きますよ」
「……引かせてくれる相手ばかりじゃないから言ってんの」
やれやれと肩を竦めるローラント。それも重々承知だ。
これでも相手は選んで交渉している……つもりだ。
まあいいや、とローラントは煙を燻らせる。
「報酬ねぇ……何でも良いわけ?」
「何でも、と言われると困りますが、私に差し出せるものなら」
はい、と言うや否や、彼は意地悪く口元を引き上げる。
ふぅん、と頷いた彼は、肘をつきながら「それじゃあ」と指に挟んだ煙草を揺らした。
「今度からは、あまり口煩く言わんでくれや」
「………………それは、学校側の規則でしょう」
「だから、お前が見逃してくれればいいんだよ。どうせ学校は何も言って来ないんだから」
そりゃそうでしょうね!
たとえ王位継承権を手放していようと、彼が王の甥であることに変わりはない。
素行の悪さくらいで噛み付く人間は少ないでしょうね。
私は唇を引き締め、葛藤する。
「そこまでして吸いたいものなんですか」
「お、興味ある?」
「ありません。が、報酬としては……その、釣り合わない気がして」
申し訳ないよりも、怖いが勝つ。後から何か言われても、困ってしまう。
じっと疑うような視線を向けると、彼は「いやいや」と軽い調子で足を組んだ。
「好きな魔術を子供達に教えられて、息抜きに一服する。……これに勝る幸せを、俺は知らないね」
ご自宅で一服してください、と言いそうになったが、口を閉ざす。
学校が好きで、教師を天職とする彼のことだ。
煙草の煙を燻らせながら、魔術に勤しむ子供たちを見るのが好きなのだろう。
ならいっそ、校内禁煙のルールを撤廃してしまえ。
と言うのは野暮なのだろう。
仮にも教育機関なのだから、一度できた規則を無くすのは難しい。特に酒や煙草関係は。
そんなにも煙草が好きなのか。あるいは、戒めだろうか。
かつて火の魔術で、最愛の人の故郷を燃やしてしまった自分への……。
錆色の髪から覗く琥珀の瞳とバチリと視線が合う。
彼は大人らしい小狡い眼差しで、子供のように小首を傾げた。
「駄目か?」
ああ、これは狡い。本当に狡い。
先に無茶を言ったのはこちらなのだから、引っ込めることができない。
おまけに「釣り合わない」と言ってしまった。
彼の要求をささやかなものだと断じた以上、これは飲まざるを得ない。
私は苦渋の決断で「善処します」と、彼の要求を飲み込んだ。
ローラントは心から嬉しそうな表情で、二本目の煙草に火を付けた。ああ、くそっ!




