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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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67話


「母のことはあまり覚えていません。早くに亡くなったので」


 そんな言葉を皮切りに、ルイスはポツポツと語る。


 彼の母親は病気がちであった。

 臥せる彼女の傍らで寝るルイスは、母の心音を子守唄にしていたそうだ。

 

「母の心臓も、非常にゆっくりだった……ような気がします」


 辿々しい言葉に、カレステンは「ほう」と呟いた。

 長い指先で顎を摩り、ふむふむと一人頷く。


「失礼だが、君の御母堂はなぜお亡くなりに?」


「え? あ、えっと……病、だったと聞いています」


「どんな? 病名はわかる? 症状は? その時のことを思い出せるかい?」


「えっ……えっと……?」


 困惑するルイス。見かねた私が嗜めるように彼を呼ぶ。


「ヘア・ティーリマン。もう少し落ち着いて、良識のある聞き方をお願いできますか?」

 

「ああ、これは失敬! つい好奇心が優って心無い言い方になってしまったね! 悪気はないんだよ! いや、本当に!」

 

 なんだこいつは、というディートハルトの感想は正しい。

 私も同じように思っている。


 しかし、聞き方はともかくとして。

 やはり専門家からの疑問や問いかけはありがたい。


 竜人種が長命だとわかれば、そうでなかった彼の母に注目がいく。

 その流れから、彼自身も同じ運命を辿る可能性が視野に入れば……。


 今度こそ、ルイスの体のことが発覚するかもしれない。


「どうした? 顔が野良犬のようだぞ」


 ルイスたちに聞こえないよう、ディートハルトが小声で訊ねる。

 

「普通に険しいと言われた方が救われるわね」

 

 誤魔化すように返せば、彼は小さく鼻を鳴らした。

 追及する気はないらしい。ありがたい限りだ。


 別に、現状に不満があるわけじゃない。

 事は順調に進んでいる。


 なら、何故こんな顔をしているか————答えは簡単だ。


 ここまでの道のりが、どうにも他力本願でならない。

 その無力さに、私は腹を立てている。ただ、それだけだ。

 

 できないことを、できなかったことを嘆いても仕方ない。

 私は私にできることをしなければ。


 心中にべったり貼り付く罪悪感を、私は見て見ぬふりをした。






 結論から言うと、ルイスの脱水に関する話は発覚しなかった。

 ルイス自身があまり母のことを思い出せなかった事が大きい。


 もしかしたら、彼にも自覚がないのかもしれない。

 

 だが、


「ふむ……君たちの種族には何かの特有の病があるかもしれないね。それがシュタルク全体のものなのか、竜人種だけのものなのか……あるいは、私を含む水属性の魔術刻印を持つ者なのかはわからない。……わからないが、調べがいはありそうだ!」


 パッと目を輝かせるカレステン。ルイスの肩がビクッと跳ねる。

 しかし、彼が興味を持ってくれて良かった。


 私は少しだけ彼らに歩み寄る。


「しかしですね、ヘア・ティーリマン。彼の研究所への出入りは、ヘア・ベルトラムより禁止されていて……」


「なんだって!? なんて愚かなっ……ああ、いや、今のは決して彼への批判ではないがね。いや、それはさておき……なんて勿体無いっ! こんな貴重な人材が自ら協力してくれると言うのに! いや、嘆いていても仕方ないね! そういう事なら、今度私の屋敷に来なさい! 王都に邸宅(パレ)があってね! あそこなら好き勝手にできる!」


 いや、好き勝手にはされちゃマズイのよ。


 どうする、と投げかけるようにディートハルトと視線を交わす。

 彼は少し迷っているようだ。無理も無い。


 初対面でないとはいえ、カレステンとの関わりは今日が初めて。

 となれば、慎重になるのも仕方あるまい。


 私は少し迷いながらも、「一ついいですか」と挙手をする。


「なんだね、フラウ・フォーゲル」


「仮にルイスを……シュタルクである彼を調べる事が、シュタルクたちにとって不快な思いをさせる行為だとしたら……ヘア・ティリーマン。貴方はどうしますか?」


 言葉を選ぶように問いかける。

 丸眼鏡の奥で、 静かに鳶色の目が光った。


「それは、彼を実験動物にしていると思われる……そう言いたいのかな?」


「っ……!」


 ハッキリと言葉にされ、思わず息を呑む。

 せっかく人が言うのを避けたのに、と恨めしく感じた。


 渋々、小さな肯定を示せば、彼はふむ、と眼鏡の縁を押し上げる。


「正直、私としては『それの何がいけないのか』という感じだがね。とはいえ、そんな瑣末な事で争い合うのが人間だ。さもしいね。知的探究心は人間にのみ与えられた唯一の娯楽だと言うのに。……だが、昨今の社会情勢ではそうも言っていられないのが現状だ」


 わかるね、と人差し指を向けられ、いらっとする。

 行儀が悪い。


 手のひらでその指先を押しやりながら、再び肯定する。


「ええ。クルークとシュタルク(わたしたち)の関係はとても繊細ですから」

 

素晴らしいアウスゲツァイヒネット! フラウ・フォーゲルは相変わらずの言葉選びだ! 私にはない表現だ!」


 逐一、大袈裟な男だ……呆れて言葉も出ない。

 大仰な様子で一通りの賞賛を投げかけた後、彼は話を戻す。

 

「彼女の言う通り、我々はいつだって一触即発! だからこそ、この研究は火種にも架け橋にも成り得る。わかるね?

 ここで引いたら、我々は研究者でもなければ、国家安寧を願う魔術師でもなくなるのだよ」


 パチリと綺麗なウインクを飛ばすカレステン。

 だが、その言葉だけでは納得がいかない。


「それは、物事が良い方向に転ぶことを願って、事を進めるということですか?」


「簡単に言えばそうだが、もちろんそれだけじゃないさ! できる手は全部打つ! とはいえ、うちのトップが駄目だと言った事を、魔術師の責任で行うわけにもいかない。何か別の手立てを考えないとね」


 珍しく真っ当な意見のカレステン。

 思わず私も視線を落とした。


 視線が胸元に落ち、服の隙間から細い首紐が見える。


「あ」


 脳裏に過ったのは、一人の人物。

 いや、しかし……彼を巻き込んで良いものだろうか。


 逡巡したのは一瞬。

 私は再びおずおずと、挙手をした。


「その件、一旦私に預けてもらえないかしら」


 気は進まないが、もしかしたらなんとかなるかもしれない。


 

 

 

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