表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真面目で何が悪い  作者: 桜庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/77

64話


 十五の夏と言えば、曲の歌詞になるほど多感な時期。

 そんな時分に、私の頭の中は研究所見学の事でいっぱいだった。


 初夏の太陽がリネンの生地越しに腕を焼く。


「とうとう来たわね、この日が……」


「……何をそんなに意気込んでいるんだ」


 呆れたようなディートハルトの視線を受けつつ、私はルイスの腕をガシリと掴んだ。

 ビクッと震える友人を横目に「行くわよ」と気合を入れる。



 

「……え? 許可が降りていない?」


 私たちを出迎えた職員の言葉に、思わず聞き返す。

 嗜めるように引率教員が私を見たので、口を噤む。が、納得したわけじゃない。


 私が口を挟むのが駄目なら、そっちから聞いてくれ。

 そう言わんばかりの視線を向けた。


 眉を顰めた引率教員だったが、軽く喉を鳴らし、研究所の職員へと向き直る。

 

「失礼。ですが、申請時にきちんと従者クラスの者が一名付き添うことを、お伝えした筈ですよ」


「ええ、そちらは伺っております。ですが、それがシュタルクであることは伺っておりません」


「……だ、そうだ」


 ちらりと視線がこちらに向き、私は思いっきり眉を顰めた。

 ディートハルトと顔を合わせると、彼もまた厳しい顔付きをしている。


 視線を交わし合い、この場は彼に譲る。入所拒否にあっているのは、彼の従者だからだ。

 ディートハルトが一歩前に出て、凛とした声を張る。


「その件に関しては、父を通して事前に王宮魔術師より許諾を頂いております。ノイマン家より申し出がなかったか、早急に確認をしていただきたい」


 拍手をしたいほどの堂々たる姿だ。

 

 ノイマンの名前を聞いて、慌て始める職員。

 バラバラと手元の資料に目を通しながら、責任者への取り次ぎをしようとした。


 その時だった。

 

「その必要はない。ノイマンからの申し出は、私の一存で取り消した」


 低く嗄れた、権威者の声がした。

 バッとその場にいた全員の視線が、その男に向く。

 

 丁寧に撫でつけられた真っ白な頭。露わになった額は広く、年齢通りの皺がいくつも刻まれている。

 毛の長い白眉の下に潜む灰色の瞳は、酷く冷たかった。


「エグモンド=ベルトラム様……」


 誰かが、彼の名前を呼んだ。

 周囲の者が恭しく頭を下げ、私たちもそれを真似る。


 良い、と短い返事があり、姿勢を戻す。しかし、ピリついた空気は変わらないままだ。


「ヘア・ノイマン。貴殿の父君から頂いた申し出は、我が同胞が勝手に受け入れてしまったようでね。私の方から取り消させて貰ったのだが、連絡が遅れているようだ」


 すまないね、と悪びれる様子もなく、エグモンドは言う。

 黙り込む私たちを前に、引率担任が慌てて「そうでしたか」と声を取り繕う。


「そうとは知らず、失礼いたしました。当該生徒は直ちに帰らせますので、残りの生徒たちだけでも……」


「ああ、それは勿論。未来ある若者たちだ。存分に見学するといい」


 手を広げ、中へ誘導するエグモンド。私たちの表情なんて、これっぽっちも意に介していないようだ。

 あまりの態度に奥歯が軋む。思いっきり、あのしわくちゃの喉に噛みついてやりたかった。


 でも、できなかった。

 ルイスの主人であるディートハルトが、誰よりも悔しそうな顔で言葉を飲み込んだからだ。


「……承知した。今日のところは下がれ、ルイス」


 短いディートハルトの命令に、ルイスは大人しく去る。

 その背を追うべきか、私が迷いを見せると彼は小さく囁いた。


「お前はいろ。人手が必要だ」


「……何か考えがあるの?」


 この状況に納得はいかない。だが、不法侵入の手伝いは御免だ。

 そんな感情が乗ってしまったのだろう。ディートハルトが馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「何も規則を破るわけじゃない。黙ってついて来い」


 偉そうに言うな。私はお前の部下じゃない。


 そう言いかけたが、彼と手を組んだことも事実。そして、社会的立場は彼の方が上だ。

 まだ学生の身分。本来は対等だ。


 しかし、


「……わかった。貴方を信じるわよ」

 

 きっとこの先、こんなことは幾度もあるだろう。

 ふ、とディートハルトが小さく笑った。




 エグモンドの案内で、私たちは研究所内を見て回る。

 権威者の案内に、教員は随分腰を低くしていたけれど……


「なに、ノイマン家の従者を追い返してしまった詫びだ。気にすることはない」


 と、当人は白い口髭を歪めて笑っていた。


 広い魔術訓練場、術式がびっしり記された黒板のある講義室。試験管や薬品棚の並んだ実験場。

 大学みたい、というのが正直な感想だった。


 時折、白衣を着た職員や厳しいローブを纏った魔術師とすれ違う。

 その度に誰もが頭を下げ、教員は随分と鼻を高くしていた。間抜けめ。


 彼らが頭を下げているのは、先頭を歩くエグモンドに過ぎない。


 魔術師の最高権威。ヴィクトールの父親。

 そして、シュタルクを便利な道具くらいにしか思っていない、差別主義者。


 …………苦手だ。同じシュタルク嫌いでも、かつてのニコラとは明確に違う。

 少なくとも彼女は、シュタルクを人と認めていた。


 だからこそ、同じ『人間』なのに『違うこと』が嫌だった。


 しかし、エグモンドは違う。

 彼らを人として認めておらず、完全に見下している。


 だから、彼らが『人間として扱われること』を嫌がっている。


 こういう人間は反吐がでる。

 

 自分たちが特別だと思っているのだろうか?

 才能があるから? 努力をしたから?

 

 だとしたら、それは間違っている。

 優れた力も積み重ねた努力も、驕る為にあるのではない。


 先ほど別れたルイスの顔を思い出し、手のひらに爪が食い込む。

 あともう少しでプツリと皮膚が切れるかもしれない——そんな時、エグモンドの目が私を見た。


「フラウ・フォーゲル。貴女は確か、魔術教科において優秀な成績を収めておられたな?」


「え、……あ、いえ。まだまだ若輩者で、大した素養は御座いませんわ」


 思考が飛んでたため、言葉に詰まった。

 しかし、なんとか謙遜混じりの言葉を口にする。

 

 エグモンドが「そう畏まらずとも良い」と眦を下げた。

 けれど、灰色の瞳はちっとも笑っていない。


 それどころか、

 

「講師として授業に参加したうちの部下が褒めておったよ。将来有望だとな」


 ひどく冷たいその目は、私を値踏みしているようだ。


 カッとプライドが傷付けられ、頬が紅潮する。

 思わず眉根が寄りそうになった時、眼前にホワイトの制服が立ち塞がった。


 ディートハルトだ。


 キリとした空色の瞳が、少し低い位置にあるエグモンドの顔を涼やかに見つめている。

 どうかされたか、と問う老齢の声。若き青年の声が、それに答えた。

 

「老師よ、あまりこの者を褒めないでやってください。首席でもない者に、調子に乗られては困る」


「ははっ……そういえば、この場にはもう一人優秀なのがおったな。これは失敬」


 表面上は愉快そうなエグモンド。再び背を向けて、数歩先を歩き出す。

 教員が慌ててその背を追う。

 

 その後ろでドッと冷や汗を吹き出す私に、ディートハルトが小さく囁いた。

 

「痴れ者が。貴族なら、もう少し上手く表情(かお)を隠せ」


「……ごめんなさい。腹芸は苦手なのよ」


 ふん、と鼻を鳴らすディートハルト。できなきゃ困る、と低く呟かれた。

 肩を落とす私に、彼は突き放すように言った。


「この先、足を引っ張るようなら捨て置くぞ」


「……そう言うわりに、さっきは助けてくれたみたいだけど?」


 ありがとうね、と言えば、彼は薄気味悪いと口元を歪めた。失礼な。

 私だってお礼くらいは言うわ。


 無機質な廊下を闊歩しながら、ディートハルトは再び小声で言った。


「人を探したい。俺一人では難しいが、お前の手があればなんとかなるやもしれん」


「人?」


 知り合いでもいるのだろうか、と怪訝そうな顔を向ける。

 すると、彼は横目で私を見下ろした。忘れたのか、とでも言いそうな目だ。


「入口での言葉を思い出せ。エグモンドが言った言葉だ」


 ————貴殿の父君から頂いた申し出は、我が同胞が勝手に受け入れてしまったようでね。


 あ、と声を上げると同時に、ディートハルトが「そうだ」と低く唸った。


「研究所内に、シュタルクに対し好意的な魔術師がいる。そいつを探し出せば、ルイスの研究が少しは進むかもしれん」


 ズカズカと私を引き離すように歩くディートハルト。

 身長差からできるコンパスの差は大きい。 


 だが、


「そうね。まずはその人を探しましょう」


 半歩先を歩くディートハルトに追いつくよう、私は少し歩幅を大きくした。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ