62話
約束の週末がやってきた。
外出届を提出し、ギルベルトと共に中心街へと繰り出す予定だ。
衛兵に軽く頭を下げ、門を潜るとギルベルトが大きく背伸びした。
「休みの日に制服着るなんて、なんか新鮮だな」
「私は図書室に来ることが多いから、それほど珍しくはないけど……」
そっか、と屈託なく笑うギルベルト。しかし、すぐに表情を落とし「本当にいいのか?」と訊いた。
「何が?」
「ニコラとか誘わなくて」
仲間外れみたいで気分が悪いのだろう。
難しい顔で眉を寄せる彼に、私は「大丈夫よ」と言った。
ニコラは存外さっぱりしている。一回遊びに誘われなかったくらいで、拗ねるような子じゃない。
「そもそも、今日は貴方と過ごすための日だもの。二人じゃなきゃ意味がないじゃない」
「……そういう意味じゃないんだけど」
まあ、いいか、とやっぱり困ったように笑うギルベルト。……彼は最近、よくこんな反応をする。
どういう意味だと問い詰めても、彼は「なんでもない」と首を振って、答えない。
気がかりだと言えばその通りだが、思春期の少年だ。人に言いたくない考えの一つや二つもあるだろう。
そう思って、あまりしつこく聞くつもりもないけれど……。
「引っかかる反応ね。言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
このくらいの追撃は許されるだろう。
「なんでもないって。それより、ほら……行こうぜ」
誤魔化すように、すっと自然に手を出すギルベルト。
エスコート慣れしている、と感心しながら手を乗せると、彼は一瞬驚いたような顔をした。
え、なんで?
「そ、ういう意図じゃなかったかしら……?」
「え、あ、いや……間違ってねぇよ、うん」
照れたように頬を掻き、ギルベルトは繋いだ手に力を込める。
痛くはないが、子供の時とは違う感触に、大きくなったのだと実感する。
「じゃあ……行くか」
「え、ええ……」
なんなんだ、一体……。
手を引かれるままに歩き出し、私とギルベルトは街に繰り出した。
そんな風に、ぎこちなく始まった外出。
しかし、奇妙な気まずさはあっという間になくなった。
立ち並ぶ商店を冷やかし、学術書の並ぶ本屋に立ち入る。喫茶店で軽食を摂り、再び外へ。
隣並んで歩くことに慣れたギルベルトだからこそ、肩に荷を感じることがない。
見たいものを見たいと言い、欲しいものを買いたいと言える間柄。気負うこともない。
「なんだか、久しぶりね。こんな風にのんびり過ごすのは」
「お茶会はしてたけど、なんだかんだで、いつもバタバタしてたからな」
楽しいか、と聞かれ、楽しいわ、と答える。ギルベルトが満足そうに笑った。
彼の瑞々しい若草色があまりに眩しくて、思わず視線を逸らす。
こんな風に遊んでいて、いいのだろうか。
ふと脳裏を過ぎった不安。それを見透かしたように、ギルベルトがぐいっと手を引いた。
「わっ!」
つんのめる私を、繋いだままの手が支える。
責めるような目でギルベルトを睨むと、彼はニイっと口元を引き上げた。
「難しい顔すんなよ。今日はとことん楽しむために来たんだろ?」
存分に気を抜けよ、と笑うギルベルト。この幼馴染は……と呆れてしまう。
本当、昔から変わらない。私が考え込んでいると、すぐにこうして甘やかしてくる。
申し訳ないと思いつつ、その親愛に救われている自分もいるのが、甚だ恨めしい。
そんなことを考えながら、私は緩やかに破顔した。
半日ほど遊び、私たちは十分に満足して帰寮する。
お土産を買うか迷ったが、ギルベルトに「別に遠出したわけじゃないんだから」と呆れられたので止めた。
今日はありがとう、と礼を述べ、暖かな気持ちでその日は床に着いた。
その翌日のことである。
「御機嫌よう、フラウ・フォーゲル。少し、いいかしら?」
高等課のお姉様方にお呼び出しを食らった。いや、何でよ。
当然、お断りをするつもりだった。忙しいので、先生に用がありまして、えとせとら。
言い訳なら無限にあったが、それも叶わなかったのが……
「ごめんなさいね。またお時間をいただいてしまって」
翠の瞳とぽってりした唇。ススキのような淡い金の髪が豊かに靡く——エルネスタがそこにいたからだ。
流石に顔見知り程度とはいえ、知人の呼び出しを無視するわけにはいかない。
私はにっこりと微笑み、いえ、と謙遜の言葉を述べる。そう思うなら呼び出さないで欲しい。
授業が全て終わった放課後。場所は高等課の校舎裏。天気は晴れ。
背後には壁。ベッタベタな『お呼び出し』の状況。
上級生にぐるりと囲まれた私の胃は、ストレスでじりじりと焼かれるようだ。
「……それで、何のご用でしょう?」
「あら、ある程度はご自覚があるのでは?」
意地の悪い質問だ。
肩を竦め、「何のことでしょう」と疑問を投げつける。ピクリと令嬢たちの眉が跳ねた。
方々から「白々しい」「厚顔無恥とはこの事ね」とヒソヒソした声が囁かれる。なんだと、こら。
眉間に皺を寄せ、苛々とした語調で問う。
「悪口を聞かせるため、わざわざ呼び出したのですか? フラウ・リッター」
「いいえ。そんな上品なことしないわ、私」
ちくりとした言葉に、ピタリと姦しさが止む。
にこり、と蠱惑的なエルネスタの笑みが、仲間たちに向けられる。
「でもね、ただでさえ人の少ない学校でしょう? その中で、貴女のような目立つ子がいると、みんな目がいってしまうのよ」
男子と異なり、女子は魔力持ちしか通えない。
ただでさえ少ない魔力持ちの中で、更に女子となると本当に稀有な存在だ。
校内で何かあれば、あっという間に噂になる。
「貴女……先日、ヴァイツゼッカーのご子息と遊ばれたんですってね」
ええ、と静かに頷く。小さく息を飲む音が、どこかから聞こえた。
エルネスタはゆるりと首を傾げる。
翠色の瞳が、ガラス玉のように光り、背筋を冷たいものが伝った。
「その前は、ヘア・ノイマンとのお噂」
声が、
「わたくしのヴィクトールも……」
視線が、
「貴女が誑かしたのでしょう?」
私が罪人だと告げてくる。
眉間に皺が寄る。どれも身に覚えのない事ばかりだ。
しかし、そんな言葉が通じる相手でないことは、百も承知。
だって、この出来事は知っているもの。
ヴィクトールが死ぬきっかけとなる、エルネスタの裏切りイベント。
彼の心が自分に無いと知った彼女が、ヴィクトールの出生の秘密を暴露する——その一歩手前のイベントだ。
純粋なアメリアがヴィクトールとの関係を聞かれ、繰り返し「何もない」と告げる。
しかし、何故だか言葉が通じない。
人の話を聞きなさい、と何度も思ったイベントだ。まさか自分の身にも起こるとは……!
「一生の不覚だわ」
「あら、何が?」
ボソリと口にした本音に、エルネスタが上っ面の笑顔で問いかける。
面倒臭さを隠さず、私はため息混じりに答えた。
「こうして、くだらない勘違いを生んだことよ」
まあ、と驚いた振りをするエルネスタ。
そんな彼女に、私は噛み付くような声色で告げる。
「貴女方がどんな下世話な噂をばら撒こうと、興味がありません。私は魔術の研究で忙しいのです。
それでも、貴女の問いに答えが欲しいと言うのなら、今すぐ答えてあげるわ」
私はヴィクトールが大っ嫌いなのよ。
誑かすだなんて、冗談じゃない。私の趣味はそこまで悪くない。一緒にするな。
……流石にそこまでは言わなかった。
続けて飛び出しそうになる言葉を飲み込んで、私はポカンと口を開ける令嬢方の顔を一巡する。
「何か言いたいことがある方は、まだいらして? 全員の言葉に、片っ端から言い返してみせるわ。
私は、自分の信条に恥じる行いをした覚えはないもの」
堂々と、胸を張る。
今この場で、自分の身の潔白に自信があるのは私だ。
誰に見られようと、誰に責められようと、取り繕うことはない。
間違った事がないわけじゃない。後悔もある。
それでも、自分なりに誠実に生きてきた。……生きてきた、つもりだ。
しん、と誰もが口を閉ざす中、エルネスタだけが「そう」と小さく頷いた。
「そんな貴女だから、彼は私を捨てたのね……」
それは知らんっ!!
思わず心の中でツッコミを入れた。
彼女たちの追及、基、お呼び出しはその言葉を最後に終わった。
エルネスタの独白が、周囲をお通夜のような雰囲気にしてしまったからだ。
慰めモードに突入した友人を引き連れて、彼女たちはどこかに消えていく。
その背をしばし見つめた私は、数秒後——……
「アドルフっ! ちょっと頼みがあるのだけれど、良いかしらっ!?」
大慌てで義弟を訪ねた。




