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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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4話

 

 揺れるエプロンドレスの裾を眺めつつ、長い廊下を歩む。足音ひとつ立てずに歩く姿はさすがだとしか言いようがない。


 案内された先では、丁度父さんが退室したところだった。部屋を出る時より青ざめた顔で私を見て、くしゃりとその端正な顔を歪める。


 何かあったの、とは聞けなかった。



「ヘア・シュナイダー。お部屋までお戻りでしたら、ご案内致しますので暫しお待ちを。……フロインライン・アメリアはこちらの部屋へ。主人がお待ちです」



 淡々と、私たちの反応などどうでも良いといった風に案内をする彼女に、筋違いだとわかっていても腹が立った。心の準備くらいさせろ。


 すれ違いざま、父さんが「大丈夫だ、アメリア」と無理矢理笑みを浮かべる。そんな青い顔で言われても説得力がない。むしろ、逆に不安だ。


 いってきます、と小声で返し、私は深呼吸をひとつした。


 それが合図だったようだ。案内をしてくれた侍女が、重厚な扉をノックした。



「フロインライン・アメリアをお連れ致しました」



 アメリア=シュナイダー、断罪の時間です。






「掛けなさい」



 思いの外明るいヴァイツゼッカー子爵の部屋——執務室だろうか——に入ると、彼はそう言った。


 美しい彫り物と装飾が施された大きな書棚と、動かすのに四人の手が必要な程重そうな執務机が目を引く。


 意外だったのは、壁際のラックに花が飾られていた事だ。必要性のみで物を配置しそうな彼の印象と全く結びつかないそれは、重苦しく感じるこの部屋に気持ちばかりの彩りを与えていた。



 貴族の作法なんて知らない私は、一礼をした後、言われるがままに不自然な配置の椅子に腰掛けた。きっと父や私と話し合うために用意させたのだろう。


 正面には、机につく子爵。息子たちとは違い、その顔に人懐っこさなど微塵も感じさせない。私の顔に怯えがある事に気付きながらも、彼は「さて、」と話を進めた。



「まずは先程の事について順序立てて説明して貰おう」



 始めからだ、と念を押すヴァイツゼッカー子爵に、私はできるだけ端的に事の次第を説明する。


 手伝いを終えた後ギルベルトの遊び相手をしていた事。

 私的な事で落ち込んでいた私を、ギルベルトが励まそうとした事。

 そして、先の事件が起こった事。


 要点立てて説明すると、ますます自身の不甲斐なさに情けなくなってくる。挙句、あんな風にギルベルトに八つ当たり紛いな説教までかまして……何をやっているのだ、私は。

 いや、ギルベルトが一切悪くないという事も無いのだけれど、あんな幼い子に責任を追及するのもおかしな話だろう。


 であれば、最終的な原因は私だ。そこは間違いなく断言できる。



「大変申し訳ありませんでした。ギルベルト様を巻き込み、挙句あのような醜態を、」


「アメリア。私は状況を説明しろとは言ったが、謝罪をしろとは言っていない」



 一瞬で口を噤んだ。


 常ならば、しろと言われてする謝罪に意味があるのかと反論をするのだが、そういうわけにもいかない。眼力強過ぎかよ。


 口調はそこまで厳しいものではないにも関わらず、その目は変わらず鋭い。ああ、彼のどこがどう遺伝して、ギルベルトの朗らかさが生まれたのだろうか。母君か。母君似なのか。


 そんな現実逃避すら何の効果も残さず、ヴァイツゼッカー子爵の吐き出したため息に、私は小さく肩を震わせる。


 身構えた私とは裏腹に、彼はチリリン、と傍らのベルを鳴らす。間も無く、先程の能面侍女が静かに現れた。



「ペトラ、悪いがエーリアスを呼んで来てくれ」


「畏まりました」



 お手本のような一礼を残し、ペトラと呼ばれた彼女はやはり音も無く退室する。

 一連の流れを、まるで無かったかのような雰囲気で伯爵は再び私の名前を呼んだ。



「腕を出しなさい」



 驚く程シンプルな指示。しかし、その意図がわからぬ程無知ではなく、私は大人しく左腕の袖を捲り始める。ただ細く白いだけだった前腕に、淡い光の紋章が浮かんでいた。初めて見るそれはぼやけていて、肝心の形まではわからない。

 それを、見せつけるように差し出した。

 子爵は何も言わない。


 間も無く、ペトラに呼ばれたエーリアスが到着する。ヴァイツゼッカー子爵は彼を呼び寄せ、私を示した。困惑する私を他所に、彼は息子へと問いかける。



「刻印が見えるか」


「失礼するよ、アメリア。…………はい、確かに」


「そうか」



 静かに目を伏せたヴァイツゼッカー子爵。そうか、彼は魔力持ちではないのか、と初めて私はエーリアスを呼んだ理由を把握した。



 この世界において、体内に宿した魔力を自在に操る為には、この魔術刻印が必須となる。いくら魔力を持っていても、操るに足るだけの素養がなければ刻印は現れない。そして、刻印が現れるまで、己に魔力があるかどうかすら判別がつかないのだから、素養を身に付けろと言われても土台無理な話だ。


 故に、魔術師は成るべくして成るのである。


 少なくとも、ゲームではそういう設定だったし、子供時分に親から聞いた話でも同じだ。



 話を戻そう。


 何故ヴァイツゼッカー子爵がエーリアスを呼んだか。

 それは、彼でなければ刻印を確かめる事が出来ないからだ。自らの魔力で焼き付けられる刻印は、同じ魔力持ちでなければ見る事が叶わない。


 ましてや、属性がわかる程、刻印の形を詳細に見れる者は、恐らく国中を探しても見つからないだろう。少なくとも、魔力量の少ないクルークには。


 前腕を彩る刻印。私にもその形はわからない。ただ、そこにある。それだけだ。



「アメリア」



 静かなヴァイツゼッカー子爵の声が室内に響く。


 刻印へと落とされていた私と、エーリアスの視線が彼へ向く。思慮深い深碧の瞳が私を射抜く。



「君は、魔力持ちだ」



 改まった言葉は、まるで幼子に言い聞かせるようなものだった。



「属性は、おそらく風だろう。君とギルベルトを救った緑の風は、君が遣わしたものだ」



 そんなバカな、とは言えなかった。


 確かにあの状況で、あの現場を見て、出せる答えはそれだろう。アメリアの持つ魔力は風の属性である、と答えを出すのが、最も現実的だ。



 けれど、私は声を大にして叫びたかった。



 そんなバカな、アメリアは()()()()()()()()()()()()、と。







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