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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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59話


 ディートハルトの話はこうだった。


 彼は今、次期皇帝候補として研鑽を積む日々を過ごしている。

 ディートハルトの戴冠は、誰の目からも疑いようがないくらいに確実だ。


 だからこそ、彼の周りは今、さまざまな人で溢れている。

 覚えを良くしようと媚び諂う者。利用しようと企む者。親しいふりをして蹴落とそうとする者。


 その汚い手足は、ディートハルトだけではなく、その周囲にも及んでいるそうだ。


「だから、信用できる手足がいる。俺に媚びず、俺に靡かず、俺と志を同じにする——優秀な手足が」


 じっとこちらを見つめる空色の瞳。

 いつもと変わらぬ厳しい表情のディートハルトだが、その空色には確かに信頼が映る。

 

「突然……それも随分、過分な評価ね。私の何が、そこまで貴方の琴線に触れたのかしら?」


「日頃の態度から、俺の目指す国にはお前のような人間が必要だと感じた。ただそれだけだ」


 さらりと出た賛辞に、思わず言葉を失う。

 ディートハルトに真正面から褒められる日が来るなんて、夢にも思わなかったからだ。


 まさかの言葉に固まる私。二の句が告げないその様子を見て、ディートハルトは意外そうに鼻で笑った。

 

「なんだ。随分間抜けな面をしているな」


「当たり前でしょう……貴方、いつからそんな素直になったのよ」


「その方が、お前みたいな女は口説き落としやすいからな」


 冗談でもやめて欲しい。状況的に、ちっとも笑えない。

 口をへの字にすると、ディートハルトは勝ち誇ったように笑んだ。本当に、悔しいくらい端正な顔だ。


 しかし、ここで素直に頷けるほど、私は尻軽じゃない。

 返答を待つディートハルトに「一つ教えてくれる?」と問いかける。彼は言ってみろ、と頷いた。


「私みたい、と言うのはどういう事かしら」


 融通の効かない、頑固者ということではないだろう。

 会話の流れとしても、シュタルクに関する何かだと思うのだが……。


 きちんと明言してもらわないと、こちらも軽々には動けない。

 じっとディートハルトの顔を見上げる。彼の空色が、僅かに細くなった。



 

「ここだけの話だが」


 そんな言葉から始まったのは、ルイスの話だった。


 彼はディートハルトが生まれる数年前に、コーネンプレッツエル国内で生まれた。

 もっと正確に言えば、ノイマン家で。


「アイツは紛れも無い、コーネンプレッツエルの国民だ。この国で生まれ、この国で育ち、ノイマン家に尽くしてきた」


 何故、彼がノイマン家にいたのか——そこまでのことは知らないらしい。

 しかし、ディートハルトの物心がつく頃には、すでにルイスはノイマンの家で使用人をしていた。


 だというのに、屋敷の者は、誰一人として彼を認めない。

 

 同じ国民として。同じ人間として。

 ただ、その目が、肌が、体の作りが——異なるというだけで。


「俺は、それが不思議でならなかった。確かにシュタルクは、クルークと異なる種族だ」


 だが、それが何だ、とディートハルトは眉間の皺を深くする。

 吐き出すような声色は、いつもより低く、静かな怒りを携えていた。


「アイツが国民として、うちの使用人として、誰よりも献身的に働いている事に変わりはない」


 淡々と——しかし、秘めた情熱が言葉の端々から、漏れ出ている。

 いつもは見せない彼の優しさが、これほどまで前面に押し出されているなんて……。


 こんなディートハルト、画面の向こうでも見たことがない。

 いや、もしかしたら、私が感じ取れなかっただけで、元々そういった面があったのかもしれない。


 しかし、何故だろうか。

 こんな彼を見られたことが、私はどうしようもなく————嬉しかった。


 もういいわ、とディートハルトの話を静かに終わらせる。

 

「貴方の志は、もう十分にわかったわ。それが、私と同じものだということも」


「それは何よりだ。……それで、返事は?」


 高圧的な彼の態度は気に入らない。しかし、その姿勢が彼なりの虚勢だというのも、私は知っている。

 一度目を伏せ、大きく息を吸う。


 静かに息を吐き出し、目を開けると——ほんの少し、世界が優しく見えた。


「ええ、とても有り難いお話ね。……謹んで、お受けするわ」


 自然と口が綻び、心強さを覚える。

 どうしてだろうか。ゲームで見た彼は、どこまでも幼く、頼りなかったというのに。

 

 アメリアへの恋心と、エルフリーデとの婚約の間で揺れるディートハルト。

 恋人でも無いアメリアの人間関係に嫉妬し、感情に振り回されるがままだった。


 努力は空回りし、気持ちは振り乱され、ボロボロになっていく彼の姿が印象的だった。


 だというのに、今目の前にいる彼は、順当に成長している。

 国を背負う王としての自覚を持ち、己の下に就く人間への敬意を忘れない——そんな精神性を持ち始めている。


 ……私が思うことではないかもしれないが、なんだか誇らしい気持ちだった。


 こうして、私とディートハルトは、初めて互いの手を取り合った。






 ディートハルトとの話が無事に終わり、私たちはその場で解散した。


 鞄を取りに戻ろうと、教室に向かう途中のことだ。ヒュンッヒュンッと風を切る音がした。

 音の方に視線を向けると、中庭でギルベルトが剣舞の練習をしていた。


 真剣な面持ちで、一心に剣を振るう幼馴染。

 随分長いことやっているのだろう。動きに合わせて飛び散る汗が、キラキラと輝いている。

 

 声をかけるのが躊躇われ、少し彼の練習を眺めていると、はたと視線が交わった。

 若草色が跳ねるような驚きを映し、すぐに喜色へと変化する。アメリア、と朗らかな声が私を呼ぶ。


「お疲れさん。ディートハルトの用事は終わったのか?」


「ええ。……貴方は、授業の復習?」


 そんなとこ、と言いながら、ギルベルトは袖で汗を拭った。

 ハンカチを差し出せば、素直なお礼が返ってくる。相変わらず気持ちの良い子だ。


 洗って返すというギルベルトに、どうせ洗うのは寮母だから、とハンカチを返してもらう。

 そんな平時と変わらないやり取りを交わし、私たちはどちらともなく寮へと歩き出す。


 揃わない足音が、二人の間に響く。静けさが心地よく、私はあえて口を閉ざした。

 そんな空気を読み取ったのか、ギルベルトも特別何かを言うことはない。


 ただ、時折、私の歩みに合わせるように、歩幅を狭くした。


 女子寮の前に着くと、彼はたった一言、


「ルイスのこと、何とかなりそうか?」


 とだけ訊ねた。

 

 きっと、彼が示したのは、私と彼の間に続くぎこちなさのことだろう。

 わかっている。ギルベルトが、ルイスの体のことを知っているわけがないのだから。


 しかし、私はそうは受け取らなかった。

 受け取れなかった。


 だって、


「ええ。……少し、希望が見えそうよ」


 ずっと心の内にかかっていたモヤが、ほんの少し、晴れたのだ。


 ギルベルトの顔が、柔らかく微笑む。そうか、と満足そうな声が鼓膜を刺激した。

 ええ、と重ねた私の返事に、彼は何を思ったのだろう————ほんの一瞬だけ、ギルベルトは地面に視線を落とした。


 しかし、気付いた時には、いつものように彼は笑っている。


「それじゃあ、また明日な」


 ひらりと振られた手に、私も同じように振り返す他なかった。

 おやすみなさい、という言葉は、無事に彼の耳に届いただろうか?

 





 

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