57話
噴水の水飛沫が、周囲の草花を濡らす。薄い虹がかかり、夏の匂いを感じさせる。
ルイスが瞠目し、爬虫類のような瞳孔が極限まで細くなった。
なるほど、確かにこの目は少し人間離れして見える。
そんな感想を抱く私をよそに、ルイスは震える声で訊ねた。
「……それは、俺が……竜人種だから、ですか?」
「それもあるけれど、それだけじゃないわ」
そう言ったものの、ゲームの知識があるから、とはさすがに答えられない。
追及されないことを願いつつ、ルイスの反応を待つ。
彼は小さく「そうですか」と頷いた。
「……はい。多分……おそらくですが、俺は水の刻印を持っているんだと思います」
随分曖昧なのね、と言おうとして、気付く。
そうか、彼は刻印ができてすぐ、封印を施されている。その判別がつくわけがないのだ。
「……ごめんなさい、変なことを訊いたわね」
「ああ、いえ。そんな……正直、俺はあまり実感がないので」
少し照れたように、彼は言う。
およそシュタルクらしくない自覚があるのだろう。
だからこそ、シュタルクらしさを期待されると応えられない。なのに、決してクルークには成れない。
そのジレンマが、さらに彼の心を殺すのだ。
私は一度目を伏せ、彼への同情心を落ち着かせる。
いつもなら、こんな空気になった時点で手を引くのだけど……。
「そのことについて、もう少し詳しく聞いても良いかしら?」
今日ばかりは、私のわがままを貫かせてもらう。
ルイスは不思議そうな顔で、しかし、はっきりと頷いた。私はホッと息を撫で下ろす。
それから、私たちはいくつも言葉を交わした。
言葉を選び、議題を選びながら、私は普段問い掛けないようなことを、彼に問い掛けた。
ルイスはしどろもどろではあったけれど、どの問いにも真摯に応えてくれた。
一頻り話し終えた後、私は「つまり」とこれまでの話を要約する。
「貴方は『呪い』どころか、自分以外のシュタルクについては何も知らないのね」
「……はい、面目ないです」
しゅん、と落ち込むルイスに、慌てて「責めてるわけじゃないのよ!」とフォローを入れる。
「ただの確認よ。……でも、傷付けたのならごめんなさい。言葉が悪かったわ」
「いえ、そんな! アメリア様が悪いわけではないです!」
二人してぺこぺこと頭を下げ合い、何だか滑稽だった。
困ったような笑みを浮かべるルイス。私も似たような表情をしていることだろう。
それにしても、とルイスが口を開いたのは、長丁場に疲れた私が飲み物を取って、戻ってきた時だった。
「どうして、突然そんな質問を?」
借りてきたティーセットを広げる私は、その問いの答えに少し詰まる。
そんな様子に気付いて、ルイスが「あっ……応えにくかったら、別に、」と慌てて手を振った。
ありがたい遠慮だ。
しかし、
「少しでも、貴方の助けになりたくて」
ここで誤魔化すのは、誠実でないと思った。
え、とルイスの声がこぼれ落ちる。
うまく言えないのだけれど、と前置きを挟み、私はカチャカチャと食器を鳴らした。
「今更、シュタルクがどうとか、クルークがこうとか、そういう話をするつもりはないわ。でも、それでも、貴方はシュタルクだし、私はクルークなのよ」
変えることのできない事実を、ルイスは静かに聞いている。
私の手は、休むことなく茶葉を用意し、もらったばかりのお湯を注ぎ入れた。
「この国はクルークの国で、シュタルクのためにはできていない」
くるくると茶葉が周り、白い湯気が香りと共に立ち込める。
「だから、私はそんな国を変えたいと思う」
視線を上げると、黄金色の目がこちらを見ていた。
きらきらと、ルイスの肌に浮かぶ鱗が輝く。ああ、綺麗だ。
「だから、まずは貴方のことを知りたい。知って、できることがあるなら……貴方の生きにくさを改善できたなら、少しはその未来が近付くと思うの」
だから、私に力を貸してくれないかしら。
そう訊ねた私に、ルイスは少しだけ戸惑い、それから——……
「少し、考えてもよろしいでしょうか」
そう言って、深々と頭を下げた。
用意したカップの片割れが、その日の役目を果たすことはなかった。
あれからひと月が経った。
その後、ルイスと顔を合わせてはいない。
「喧嘩したんなら、早く仲直りしなよね」
ニコラの言葉に、私は曖昧に頷くしかできなかった。
……だって、喧嘩とかではないのだもの。
ふう、と人目を盗んでため息を吐く。自業自得、という言葉が脳内に焼きついて離れない。
いくらルイスが優しいからと言って、踏み込み過ぎたかもしれない。
言わなければ良かったとは思わない。だが、言って良かった、とも思えない。
胸を張って自分の正しさが主張できないことを、私はしてしまった。
はあ、と思わず、ため息が漏れた時だった。
「アメリア」
ギルベルトが私を呼んだ。
顔を上げると、眼前にドサリと大量のカップケーキが置かれた。
「……これは何かしら?」
「貰いもん。沢山あるから、一緒に食おうぜ」
当たり前のように隣人の席を借りるギルベルト。可愛らしいラッピングを外し、バクリと大きく一口。
美味い、と言いながら、次々と焼き菓子を平らげる。
ニコラが「うげー」と顔を顰めた。
「お昼食べたばかりだよ? よく入るね」
「さっきまで剣舞の時間だったんだよ。腹減っちゃって」
成長期だものね、と相槌を打つ。
ギルベルトに勧められるまま、カップケーキを一つ手に取る。
その途端、なんだか嫌な予感がした。
「……ところで、こんなに沢山の焼き菓子、誰に貰ったの?」
ラッピングのリボンに手を掛け、そう訊ねる。
ギルベルトはあっけらかんと「高等課の先輩方」と言った。
「女性の方?」
「そりゃあ、そうだろ。家政の授業なんて、男は取らないよ」
人と時代に寄るわ。
とは突っ込まず、私はそっとリボンを整える、カップケーキを山に戻した。
「これは全部、貴方が食べなさいね」
「……別に、気にしなくてもいいと思うけどな」
どこか不満げに——しかし、わかったよと言いたげな顔で頷くギルベルト。
これが相手からの好意だというのはわかっているらしい。
今年に入って、ギルベルトは更に背が伸びた。元々同年代の中では大きい方であったが、まだ伸び続けているようだ。
そういえば、子爵もエーリアスも背が高かったな、と思い出す。
ともあれ、そんなだからだろう。
思春期と第二次性徴に入った周囲は、まさに恋に恋するお年頃。
顔立ちが良く、背も高い彼は、幼馴染の贔屓目を抜きにしてもよく目立つ。
勿論、ディートハルトやヴィクトールほどではない。
が、二人にはない人柄の良さが、わかる人にはわかるのだろう。
率直に言って、最近のギルベルトはよくモテる。特に、高等課のお姉様方から。
「ふぅ〜ん、そういうことかぁ〜」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるニコラ。ギルベルトが煩わしそうに眉を顰めた。
「これは隅に置けませんなぁ……ねえ、アメリア」
「正当な評価よ。ギルベルトはとても魅力的な男の子だもの」
茶化す気満々のニコラ。そういう態度は良くないぞ、と視線で嗜める。
が、ニコラの表情は見る見るうちに萎えた。
おや、存外素直だ。
と思ったのも束の間、
「……その反応、本気なのがタチ悪いわ」
何故、私が責められてるのでしょうか。
そんな私たちのやり取りを、ギルベルトはどこか複雑そうな顔で眺めていた。
始業のチャイムが鳴る。それぞれが自分の席に戻る中、私はこそりとギルベルトに近付いた。
「さっきはありがとうね」
「何が?」
未だ食べ切らないカップケーキを手に、彼はきょとんと振り返る。
「元気付けてくれたのでしょう?」
ルイスのことで悩む私を。
ギルベルトは眉を下げて、少し困ったように笑う。
「……そういうのには、ちゃんと気付くんだもんなぁ」
「何よ。含みがあるわね」
何でもないよ、と何か言いたげに肩を竦めるギルベルト。
これ以上触れてほしくなさそうな気配に、私はモヤっとしつつも口を閉ざす。
少しずつ、何かが変わっていく音がした。




