56話
ローラントから預かった羽根飾りのペンダント。
ふわふわとした蒼色の羽根が束ねられている。その濃淡の境を撫でると、小さな熱を感じるようだった。
翌日、私はそのペンダントを持って、エルフリーデの元へ向かう。
教室にいた彼女に声をかけると、初めてエルフリーデは私の誘いに応じた。
周囲の視線が突き刺さるのも、だんだんと馴れてきたな……。
「どうかしら?」
まじまじと羽根を見つめるエルフリーデに問いかける。彼女は静かにため息を吐いた。
「どうも何も……何も聞こえないわ。言ったでしょう? 大地に通ずることしかわからないって」
「もしかしたら、を期待したのよ。何かわかるかもって」
「それは残念ね」
くすり、と笑うエルフリーデ。預かり物だと伝え渡したそれを、彼女は丁寧な手つきで返す。
ペンダントを大事にしまいこむ私。
そんな様子を見て、彼女はいつもの笑みを崩さないまま「他には?」と訊いた。
「わざわざ私を呼び出したのだもの。用があるなら、今のうちに済ませてくださる?」
「そのつもりよ。お昼の間に話が終われば、放課後までは拘束しないから。お茶はもう少し我慢してちょうだい」
わざとらしく肩を竦めるエルフリーデ。
食事を終えてしまい、手持ち無沙汰なのだろう。やけに退屈そうに見える。
ロータルのことがある以上、彼女が席を立つことはないだろうが……。
いつもと変わらない笑みが怖い。話はさっさと終えるに越したことはなさそうだ。
「ヴィクトールにシュタルクの話を聞いたわ。奇妙な呪いの噂について、貴女はご存知?」
「呪い? 魔術ではなくて?」
「ええ、呪いだそうよ」
「ふぅん……そう。それはまた、随分と古臭い話ね」
聞いたことが無いわ、というエルフリーデに、先日の話を伝える。
もちろん、ローラントの所感付きで。
話を聞き終えると、彼女は考え込むように唇を触った。
「私が貴女に言ったことを覚えているかしら?」
エルフリーデの問いに、私は小さく頷く。
——知りたいことがあるのなら、新しいお友達を大切にすることね。
エルネスタに伝手に呼び出されたあの日、彼女はそう言った。
それの事だろうと確認を取ると、エルフリーデは蜂蜜色の瞳をこちらに向ける。
「彼の瞳——あれは禁忌の色だそうですね」
ドキッと心臓が跳ねる。彼の出自を知っているのだろうか。
探るような視線を向けるが、エルフリーデの笑顔からは何も読み取れない。
むしろ、私のリアクションに彼女は「相変わらずの正直ね」と上品に笑う。
「詳しいことを聞く気はないけれど、だからかしら。少し……彼の気配は独特なのよ」
ルイスほどではないけれど、と少し嫌悪の色を滲ませるエルフリーデ。
その態度に思うことが無いわけでもないが、今は口を噤む。
小さく息を吐き、それで、と話を進める。
「貴女は、彼なら『彼なら知ってる』と言ったのね? 私の調べ事について」
「ええ。ここ最近、特に根を詰めているようだから。少しでも力になれたらと思って」
嘘言え。あの発言は、ロータルと邂逅する前の発言だ。
とはいえ、手詰まりだった状況が、彼女の気まぐれで動いたのも確かだ。
少なくとも、彼女の言葉がなければヴィクトールの元には行かなかったし……。
彼の話がなければ、ローラントからペンダントを預かることもなかっただろう。
そう思うと、エルフリーデの行動は、確かに私の力になっている。
そこに彼女の意思が含まれるか否かはさておき……。
「そうね、助かったわ。おかげさまで」
まあ、と意外そうに驚くエルフリーデ。しかし、すぐに「なら良かったわ」と笑う。
思ってもいないだろうに、彼女らしいお愛想だ。
とはいえ、肝心なことは何もわかっていない。
やはり、当事者であるルイスに話を聞かなければ……。
そんな考えが口から溢れた瞬間——……
「お止めなさい」
ぴしゃり、とエルフリーデの硬い声が言った。
思わぬ声色に、驚きの視線を向けると、彼女はひどく真剣な眼差しで私を見ていた。
静かに息を呑み、呼吸を二つ。
心を落ち着けてから、私は「何故?」と問いかける。
「あの子は何も知らないわ。この国で生まれ、魔術を覚える間も無く刻印を封じた——シュタルクの一切を知らない、哀れな忌み子」
聞くだけ無駄よ、とエルフリーデは言う。
しかし、その言葉の裏に隠れた意味に気付かないほど、私も鈍くはない。
何も知らない彼に、シュタルクのことを訊ねる。
それは、もしかしたら彼に恥をかかせる行為に近いのかもしれない。
「……意外ね。貴女はルイスのことが嫌いなのだと思っていたわ」
「あら、私、これでも分別があるのよ。嫌いだからといって、恥をかかせるほどではないわ」
プライドの高いエルフリーデだからこそ、ということだろうか。
静かに肩を落とし、私は「肝に銘じておくわ」と告げる。私だって友達を傷付けたくはない。
エルフリーデとの情報交換が終わると、私は早々に席を立った。
お礼は必ず、と言うと、彼女は「いらないわ」とただ静かに微笑んだ。
その代わり、蜂蜜色の目だけが何か言いたげに輝く。言いたいことは、もちろん『黙ってろ』だ。
軽く手を挙げ、無言で了承。やはりエルフリーデは、どこまでいっても彼女らしい。
放課後、私は悩んでいた。
ルイスにシュタルクの話、あるいは魔力の話を、彼にすべきか否かについてだ。
もちろん、私としては聞いてみたい。が、エルフリーデの言もある。
先日ローラントに切った啖呵を思い返せば、ここはアクセル一択なのだが……。
そんな風に一人、図書室でうんうんと唸っていると、
「アメリア様、どうかなさったのですか?」
なんというタイミングだろう。数冊の本を胸元に抱えたルイスがそこにいた。
ディートハルトの借りた本を返しに来たらしい。随分趣味の良い本が揃っている。
すぐに手続きをしてくると言うので、テーブルの上を片付けながらルイスを待つ。
……さて、どうしようか。
「お待たせいたしました」
ニコニコと嬉しそうなルイス。こんな彼の顔を曇らせるのは、本意ではない。
だが、と何度も冷徹な私が顔を覗かせる。
そんな私の内情も知らず、ルイスはまるで大きな子供のように、喜び勇んで話しかけてくる。
「本を戻されるんですか?」
「ええ、ここだと落ち着いて話せないでしょう?」
失念していたようで、彼はすぐに声量を落とし「手伝います」と本を棚に戻し始める。
ふと、彼の黄金の瞳が、傍に退けた本を捉える。
「『水質環境の基礎知識』……?」
あ、と私が声を上げると、彼は反射的に「すみませんっ!」と謝る。
突然飛び出した大きな声に、周囲の視線が集まった。パッとルイスの顔が赤らむ。
目が合い、苦笑を浮かべると、彼も同じような表情をした。
私は彼の手から本を取り上げて、表紙をさらりと撫でる。そして、小さな声で言った。
「魔力持ちは、自然との繋がりの証。そんな古い慣習が、フンベルクにはあるのよ」
「アメリア様の出身地ですね。はい、俺も聞いたことがあります」
納得したようにルイスは「やはりアメリア様は勤勉ですね」と言った。
「魔力への理解を深めるため、自然への知識を蓄えていらっしゃるんですね」
ええ、と頷きかけて、すぐに首を横に振った。
「いえ、ごめんなさい。嘘を吐いたわ」
「え?」
困惑するルイス。そんな彼に、私は覚悟を決めて向き直る。
「ねえ、ルイス。私、貴方に訊きたいことがあるの。この後、少し良いかしら?」
ルイスは小さく頷き、その後は手早く本を片した。
全てが片付いた後、私たちはいつぞやの噴水前まで移動する。
対面に座り、互いの顔が見えるように顔を合わせた。
「今からとても答えにくい質問をするわ」
私の言葉に、黄金の目が緩やかに瞬く。
白い睫毛の下で、信頼がまっすぐこちらに向けられているのがわかった。
その綺麗な瞳に、翳りが生じるかもしれない。脳裏を過ぎる『もしも』に、背筋がゾッとした。
しかし、後には引けない。
「嫌な気持ちにさせるかもしれない。だから、答えたくなければ、席を立ってくれて構わないわ」
良いかしら、と問えば、彼はきょとりと爬虫類のような目を少しだけ彷徨わせ、
「俺に答えられることなら」
と小さく微笑んだ。
私は静かに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
姿勢を正すと、倣うようにルイスも背筋を伸ばす。乱れてもいないのに、真面目な子だ。
そんな子だから、
「それじゃあ、聞きたいのだけれど…………貴方の魔力属性は、水で違いないかしら?」
たとえ嫌われても、私はルイスを救いたいのだ。




