55話
話は少し遡り、私がローラントと校舎裏で話した後のこと。
魔術師になると決めた私は、すぐさまその旨を手紙に綴り、義父に送った。
彼の目的と私の目的が、がっちり噛み合いそうだったからだ。
リヒャルトが権力を求める理由————それが、この『魔術師』の存在に他ならない。
先述の通り、学園で魔術を修める男子生徒の多くは各家の後継ぎである。長子なのだから、当然だ。
そして、女子生徒の殆どが胎として嫁がされる。
稀に、ニコラのように家業を継ぐ者もいるが、事例は殆んどない。
それがこの世界だ。この世界における、学園の生徒の進路だ。
つまり、学園で魔術を学んだ学生が、そのまま魔術師となる数はとても少ない。
王宮魔術師は、常に人手不足だ。だからこそ、その存在は希少価値が高く、王都に閉じ込められる。
本来、最も警戒しなければならない、国境沿いではなく。
——父上、貴方の目的は国境警備の強化でしょう?
——ラフテェンとの平和が、いつまでも続かないと確信している。だから、貴方は国境に魔術師を派遣できる権力が欲しいんだ。
攻略中、ゲームの中のアドルフはそう言った。
事実、ストーリーを進めると、クルークに比較的友好的だったラフテェンですら敵に回ることがある。
リヒャルトの慧眼、恐るべしと言うところだ。
そして、そんな彼の真意を見抜き、彼は愛する義姉『アメリア』との将来を守るため、動き出す。
そんなイベントシーンをようやく思い出せたのは、つい最近のこと。
なら、話は簡単だ。私が魔術師になり、彼らを各地に派遣できるだけの地位に立てばいい。
もちろん、話はそう簡単ではないだろう。
女の魔術師は前例がない。おまけに、王宮魔術師のトップはヴィクトールの父、エグモンドだ。
手段を選ばず、研究熱心な稀代の魔術師。今ある魔術の発展は、彼の貢献も大きい。
そんな男に、どう『女の魔術師』を認めさせればいいのだろうか。
無い知恵を振り絞って、私はどうにか答えを出した。
「私は、魔術研究の一環として、シュタルクに協力を願いたいのです」
静かに息を呑むローラント。どこか否定的な空気を纏う彼に、私は続けて詳細を語る。
「貴方は以前、研究に協力をしてくれるシュタルクはいない。そう仰いましたね?」
「……言ったっけ?」
「貴方でなかったかもしれませんが……シュタルクの研究参加に、みんなが否定的なのは確かです」
シュタルクに物を頼むのが嫌だ、と彼らは言っていた。シュタルクも、そんなクルークに協力はしないだろう。
だからと言って、強制的に調べるなんてことは、絶対に駄目だ。彼らにだって尊厳がある。
だが、それでは何も変わらない。一生、彼らを理解できないままだ。
「シュタルクを知れば、彼らへの偏見も薄まります。魔術研究も進み、国家の発展にも貢献できます」
「良い面だけを見れば、な。……シュタルクの呪いの話は忘れたか? 彼らにだって禁忌はあるだろう。クルークに知られたくない、彼らだけの領域が」
「承知しています。だから、求めるのは『協力』なのです。目の前の子どもが孤児だと知らなければ、家族の話がタブーだなんてわからないじゃないですか」
魔力や刻印の仕組みを解けば、シュタルクの逆鱗に触れるかもしれない。
だからこそ、段階を踏まなければならない。できるだけ、慎重に。
そして、誰かがやらなければならない。相手を傷付け、自分が傷付くかも知れない歩み寄りを。
そうでなければ、この国に未来はない。コーネンプレッツェルは大国だが、シュタルク全てを敵に回せるほどじゃない。
誰もやらないなら、私がやる。
シュタルクとの関係を上部だけのものじゃない、確かなものにしてやる。
その一歩として、
「私は、従者課に通う竜人種の子——ルイスを、助けたいのです」
決意を口にする私の視線に、ローラントは唇を一文字に引き結んだ。
彼が次に口を開いたのは、分針がひとつ隣に動いた後だ。
ローラントは静かに息を吐き、「アイツか……」と悩ましげに天井を仰いだ。
「ご存じなのですか?」
「直接は知らないが、目立つ生徒だからな。……仲が良いのか?」
「ええ、友人です」
「……助けるってのは? 彼に何か相談でもされたか?」
ローラントの問いかけに、私はゆるゆると首を横に振る。彼が私に助けを求めることなんてない。
いつだって、彼は悩み事を自分の心中に収めてしまう。たとえ、それが命を削ることになったとしても……。
だからこそ、見捨てられない。
「近い将来、彼は必ず危機に直面します。……シュタルクであるが故に」
「何故そう思う?」
私はディートハルトとのやり取りを告げた。その上で、シュタルクの体がクルークと違うのだと告げる。
もちろんそれは外見的な問題だけでなく、体内の器官や内臓の性質も含めて。
当然だが、ローラントはそのことを知っていた。ならば話は早い。
「当たり前ですが、この国はクルークの国。シュタルクの体質を考慮した作りにはなっていません」
「そうだな。先代だか先々代だかの国王が、彼らに人権を認めたとはいえ……生活様式までは考慮されていない。彼らへの思いやりが生まれるのは、まだまだ先だろう」
「……そんな環境で、彼の体が不自由を感じないとでも?」
私の言葉に、ローラントは言葉を止める。視線が続きを促すので、私も小さく頷いた。
「もし、私の推測通り、竜人種の体質が爬虫類に近いとしたら、彼らの体は人間よりも環境変化に対し敏感なはずです。適切でない環境での生活が、どれほどの負担を彼に強いているでしょうか?」
「知恵がある分、ただのトカゲよりは自分達の体を慮れるだろうけどな。……それでも、どうにもならない部分がある。そう言いたいんだな?」
「はい」
確信を持って頷く。しかし、「根拠は?」と訊かれたら、私は何も提示できない。
ローラントの視線は、これ以上を要求しているが、今の私が口にできるのはここまでだ。これ以上はない。
困ったように眉を下げれば、彼はそれを察してくれたらしい。静かに「そうか」と頷いた。
「んー……なるほどなぁ」
首筋を摩り、イマイチそうなリアクションを取るローラント。
理解を得られるとは思っていなかったが、あからさまな反応に不安が増す。
「…………無茶苦茶なことを言っているのは、わかってます」
だからと言って、全てを口にすることはできない。
フォーゲルの娘は頭がおかしい、なんて噂が立ったら、それこそリヒャルトが許さないだろう。
口元をキュッと結ぶ私に、ローラントは言葉を探すように視線を外す。
暮れ始めた窓の向こう。最終下校時刻が刻一刻と近付いていることを、太陽が知らせる。
「止めるべき、なんだろうなぁ……」
ポツリ、と小さな声で、ローラントが呟く。
じっと彼の言葉を待つと、外に向けられていた顔がこちらを向いた。前髪の向こうから、視線を感じる。
「まともな大人なら、お前のことを止めるんだよ。普通は。なに訳わかんねぇこと言ってんだって」
「はい。私もそう思います」
「自覚あるなら、ちゃんと最後まで話すか、諦めるかして欲しいけどな」
すみません、と頭を下げる。その態度が重々しく見えたのか、ローラントは嫌そうに顔を歪めた。
苦々しい声で「お前はいつもそうだ」と歯を剥く。
「頼ってくるくせに、肝心なことは何も言わねぇ……本当に、嫌なガキだよ」
大人でしたから、とは言えず、今度は小さく頭を下げる。
身勝手は承知だ。不義理を責められたら、申し開きようもない。甘んじて処罰を受けよう。
ややあって、ローラントは諦めたように嘆息した。
「これだけは約束しろ、フォーゲル」
項垂れた長身から、低めの言葉が飛び出す。
「本当に、自分だけ——いや、子どもだけでどうにもならなくなったら、」
ちゃんと大人を頼りなさい。
いいね、と琥珀色の目が、前髪を避けるように私を射抜く。
私はしかと頷き、はい、と今まで以上にハッキリ答える。彼の口元が、緩く弧を描いた。
それから、彼は訥々と、思い出すようにシュタルクの話を聞かせてくれた。
もちろんローラントが知る範囲で、だ。
お詳しいんですね、と相槌を打てば、彼は「昔、世話係にいてね」と短く答える。
ああ、彼女のことか、と私は脳裏に一人の女性を思い浮かべる。画面越しに見ただけの、彼女の姿を。
ローラントの言葉数は少ない。だが、いつもより声が柔らかく聞こえるのは、私の気のせいだろうか。
それから暫くして、私は対話を終える。
特別目新しい情報はなかった。しかし、心中を吐露できたのは、少しだけありがたい。
少なくとも『大人の味方がいる』と言うのは、心強いものだ。
「今日も有意義なお話、ありがとうございました」
「いや、あんまり力になれなくて悪いな。思った以上に、お前さんが勉強してて驚いたよ」
「学園では、だいぶ時間に自由がありますから……」
貴族の家では、分刻みに家庭教師がやってくる。基礎教養だけでも、一日の半分以上が終わる。
カロリーナはそこまで教育に熱心な方ではないが、それでも実家の方が忙しかったことは事実。
学生という身分の、拘束時間の短さに感謝だ。
「……で、空いた時間でまた勉強? もはや麻薬常用者だな」
「『フリーク』だの『ジャンキー』だの……人聞きの悪い」
「褒め言葉だよ。親から与えられた役割に満足するのも結構だが、お前やノイマンみたいに足掻くヤツの方がよく伸びる」
将来が楽しみだ、とどこか疲れたように笑うローラント。少しだけ申し訳なさを感じる。
「では、今日はこれで」
「おう、お疲れ」
いつものように別れを告げ、席を立つ。また暫くは来ないだろう。
そんなことを考えながら、教員室を離れようとした時だった。
「ああ、そうだ」
フォーゲル、と名前を呼ばれ、何かを放られる。は、と声にならない空気が口から漏れた。
飛んできた何かを、どうにか手中に収め、そっと物を確認する。
こ、これはっ……!
「シュタルクの羽毛だよ。そんな羽根数枚で、何がわかるかは知らんが……研究したいのなら貸してやる」
「いや、あのっ……これっ!」
これ、貴方の宝物じゃないか……!
ゲームにおいて、各キャラクターの攻略には『思い出の品』と呼ばれる、固有アイテムの入手が必須だ。
例えば、ギルベルトの場合は『押し花のしおり』。
幼い頃、アメリアが作ってくれたという、その『思い出の品』を入手することで、彼のルートに入れる。
ちなみに、この世界には存在しない。何故なら、私が作っていないからだ。
変なフラグを立てたくなくて、頑として作らなかった。後悔はない。
そしてローラントルートの場合、この『羽飾りのペンダント』がそのアイテムになる。
かつて愛した鳥人族の世話係、オティーリエからの贈り物だ。
そんな大事な物を軽々しく人に渡すな! それも研究材料として!
慌てふためく私を見て、ローラントは「ああ」と何かに気がつく。
それから、意地悪そうな笑みを携え、
「そうそう。それ、さっき言った俺の世話係の形見だから。ちゃんと大事に扱えよ」
「そんな大事な物をしれっと渡さないでください!」
形見って、尚更貸しちゃ駄目じゃねえか!
戸惑いの隠せない私に、ローラントはカラカラと笑う。
ずっと我慢していたであろう煙草を口に加え、彼はどこか遠くを見るような目で静かに言った。
「信頼してんだよ。お前がちゃんと、『約束』を守るいい子だってな」
大事にしろよ、と重ねられた言葉に、思わず口を閉ざす。
ずるい。そんな言い方されたら、これ以上の文句は言えない。
ぐっと言いたいことを喉の奥に押し込み、私は手の中の宝物を潰さないように握りしめる。
そして、深く——深く、頭を下げた。
「必ず、お役に立てます」
おう、と返ってきた言葉は、羽根のように軽かった。




