52話
全寮制である本校においては、休校日でも学園で活動する生徒は多い。
というのも、学園を出るには外出届が必要になる。
その上、中心街の外へ出ようともなると、厳重な城壁の警備審査を、出入毎に受けなければならない。
手続きが面倒すぎる。もちろん必要なことだとわかっている。だから文句をつけるつもりはないが、外の世界へ足が遠退くのは、致し方ない話だ。
故に、いくら自由人とはいえ、ヴィクトールも中心街の外には行っていないだろう。
そう思っていたのだが。
「どこにもいないじゃない」
午前中いっぱい探しても、ヴィクトールには会えなかった。
学園内はもちろん、わざわざ外出届を記入して、中心街まで出てみた。
だというのに、ヴィクトールの姿どころか、彼を見たと言う人すら見つけられなかった。
もしかして、男子寮から一歩も出ていないのだろうか?
会おうと思うと会えない相手に、不条理だとわかっていても苛立ちが募る。
向こうは、いつもどうやってこちらの姿を見つけていたのだろう。
仕方ない、昼休憩も兼ねて一休みしよう。
そう思って、学食に向かうと——……
「やあ、アメリア嬢」
あっさりと見つかった探し人に、理不尽な八つ当たりをぶつけそうになってしまった。
引き攣りそうになる口元で弧を描き、「御機嫌よう」といつも通りの挨拶を交わす。
「急にレープクーヘンが食べたくなってね」
「この時期にですか?」
「聖人祭の食べ物だからって、冬にしか食べてはいけない、なんて規則はないよ」
得意げに菓子を口に運ぶヴィクトールに「よく、メニューにありましたね」と半ば感心したように呟く。
「意外と融通がきくんだ。ボクが頼むと」
それは『融通』ではなく『エコ贔屓』という。
不思議だね、なんて白々しく笑っているが、どう見ても確信犯の顔だ。
食堂で働く女性を誑かしているに違いない、と偏見に塗れた確信を持つ。
これで違ったら、土下座でもなんでもしてやろうじゃないか。
なんて、誰の得にもならない覚悟を決め、私は改めて姿勢を正す。
「ちょうど良かったわ。私、貴方を探していたんです」
「おや、珍しい」
行儀悪く、テーブルに肘をついたヴィクトール。
彼が「どうぞ」と対面を指し示すので、私は遠慮なく席に着かせてもらった。
しかし、席に着いたは良いものの、どうやって切り出すべきか。
そもそも、エルフリーデの言葉自体が、ひどく曖昧なものだ。知りたいことがあるのなら、なんて言葉じゃ何を指し示しているかがわからない。
これは賭けだ。彼女の言う『知りたいこと』が、私の求める情報かどうか——……
口内に溜まった唾を飲み込み、私は「以前の話だけれど」と頭をフル回転させ始める。
「貴方、ルイスが困っているところを助けてくれましたよね?」
「うん、そんなこともあったね」
それがどうかしたの、と小首を傾げる彼に、私は何でもないことのように踏み込む。
「シュタルクに偏見は無いのかしら」
ぴたり、と菓子を摘むヴィクトールの手が固まった。
すぐに緩やかな笑みを浮かべたものの、赤い瞳が僅かに動揺している。
「そんな事を聞いて、どうするんだい?」
「ただの好奇心ですわ。ルイスと一緒だと、嫌な目で見られる事も少なくないので」
そう、と返事をしつつ、納得してなさそうなヴィクトール。
少し目を瞑り、そうだねえ、と考えるような素振りを見せた。
「別に……シュタルクだからと、特別に思う事はないよ」
肩を竦めるヴィクトール。
本当かよ、と疑いの気持ちが湧く。しかし、彼の言葉はそこで終わらなかった。
「とはいえ、彼らは彼らで各々特異な性質があるからね。コーネンプレッツェルでは、さぞかし過ごし難いだろう」
彼らしい、口から出まかせ。ちっとも思っていないくせに、まるで聖人のような口ぶりだ。
しかし、今回はその上っ面の言葉が蜘蛛の糸に見えた。
「あら、随分お詳しいんですね」
話に食いついた私に、彼はしまったと言いたげな目で視線を逸らした。
ニコリと笑いかけてくるが、残念ながらそれで誤魔化される私じゃない。こちらも作り笑いを返す。
「是非聞かせてくれませんか。シュタルクの特異な性質って、どんなのかしら」
小さな舌打ちが聞こえたのは、きっと気のせいだ。
いつもは妖しく映る赤い瞳が、今日ばかりは胡乱な眼差しを向けてくる。
それに気付かぬ振りをして、私はじっとした視線で話を促した。
「はあ……キミみたいなタイプが、こんな会話運びをするとはね」
やれやれと肩を落とし、ヴィクトールは「まあ、良いけどね」と諦めたように菓子を摘む。
「何を期待してるかは知らないけど……そんな風に食い付くってことは、キミもいくらかは知ってるんだろう?」
「と言いますと?」
「シュタルクのことさ。彼らは、クルークと違う。例えば、年の取り方や食事の傾向————もちろん魔力や刻印に関しては、キミも知るところだろう?」
話を遮らないよう頷くが、年の取り方に関しては初耳だ。
ってことは、ルイスはあの見た目でとんでもなく年上だったり、年下だったりするのだろうか?
設定では『年齢:?』となっていた気がするが……。
「ボクが知ってるのもその程度だよ。キミが期待するようなトンデモ話は持っていないさ」
「いいえ、とても興味深かったです。もっと詳しく聞きたいくらいに」
「……随分と必死だね」
煩わしさを隠さない声色に、私は「ええ」と、今度ははっきりと頷く。ザクロの瞳が意外そうに瞬いた。
「友達のことだもの」
人の命がかかっている以上、形振り構っていられない。
もちろん、ヴィクトールを頼ることで、彼を命の危機に晒してしまうかもしれない。それもわかっている。
だが、しかし——……
年々近付く運命の年に、だんだんと気が急いてきた。
あと二年。あと二年で、彼の体には限界がやってくる。
だというのに、私の調べごとはちっとも進まない。
学園に来た当初に思い描いていた未来図では、とっくに何かしらの手がかりを得ていたというのに。
これ以上、足踏みはしていられない。
「…………そういう目をされると、ボクとしては頼みを聞いてあげたくなっちゃうなぁ」
薄ら笑いを浮かべたヴィクトールが、いつぞやのように身を乗り出す。先ほどまでの動揺は、すでに鳴りを潜めている。
「キミが望むなら、知りたいこと全部……こっそり教えてあげるけど?」
内緒話のような小さい声。蠱惑的な笑みも合わさり、なんとも魅力的なお誘いだ。
しかし、当然、その裏には「条件次第で」という言葉が隠されている。
相手がヴィクトールでなければ、それでも良かった。しかし、彼は駄目だ。彼だけは、信用してはならない。
この世界の基盤となった『愛はすぐ側に』において、ヴィクトールの新エンディングは最高難易度と呼ばれている。
その所以が、彼のルートで四度起こる『駆け落ちイベント』だ。
父親の傀儡であるヴィクトールは、作中で四度、アメリアを駆け落ちに誘う。
一度目から三度目までは、彼の誘いに乗ると即バッドエンド突入。
四度目で、ようやく彼から本気でのお誘いになり、これを受けて初めて彼の真エンドに入れるのだが……。
初見でそんなのわかるか!
信じても駄目、疑いすぎても駄目……厄介にも程がある!
攻略サイトを見たら負けだと思い、何度も何度もバッドエンドを踏んだ。
疑心暗鬼になりながら、ゲームをプレイしたのは初めてだ。
そんなわけで、
「教えていただけるのであれば、是非。メモする準備は整っておりますわ」
あくまで、表面上はただのイチ後輩として、先輩に教えを乞うだけだ。
「………………キミ、流石にわざとだよね」
「何のことでしょう?」
「そのセリフを、素知らぬ顔で口にするのは、すっとぼけてる人間だけだよ」
じろりとこちらを睨め付ける赤い瞳は、以前のような胡散臭さが抜けている。
ふう、と鼻先でため息をついた彼は、渋々と口を開いた。
「じゃあ、これは知っているかい? シュタルクは入国の際にもれなく刻印を封じる」
「ええ。法律上、彼らをクルークと同等に扱う代わりに、在国時は魔術の一切を封じることを提示。その手段が、刻印に封印術を施す、というものなのですよね?」
「その通り。シュタルクにとっての魔術は生活の一部。一方で、クルークにとっての魔術は『特別な力』だ。日常生活は全て道具で賄える」
自然にある物を活かし、昔ながらの生活を続けるシュタルクと、それらを基盤に新たな技術を生み出し、発展させるクルーク。
価値観が違うだけで、どちらの生活が良いとか悪いとかではない。
ただ、この国では、ただ生きるだけなら魔術はいらない。
だから、シュタルクは封じられるのだ。生きる以上の力を持たないように。
しかし、それはすでに周知の事実だ。今更それが何だというのだろう。
首を傾け、続きを促す私に、彼は「その封印にまつわる噂さ」と話を続けた。
「刻印の封印時、シュタルクは同時にある呪いを受ける————らしい」
「……『呪い』ですか?」
ひゅっと喉の奥が冷える。ヴィクトールの薄寒い笑みが、再び口元を彩った。
「そ。口封じの呪い。それは、シュタルクだけが知る、シュタルクの秘密を口外しないための呪いなんだ」
細く、白い指がヴィクトールの唇をなぞる。
「シュタルクには、クルークに知られてはならない秘密があるんだって」
「……っその内容は!?」
思わず立ち上がった私に、彼は弾けたように笑い出した。
「あはははっ! 本気にしたのかい、アメリア嬢。こんな眉唾話を!」
「え、は?」
思わず、ポカン、と開いた私の口。そこに彼はレープクーヘンを押し込む。思わず変な声が出てしまった。
ふふ、と口元に余裕を浮かべたヴィクトールは、「美味しいだろう?」とどうでも良いことを訊く。
口の中のものを慌てて飲み込み、今度は私が彼をじとりと睨んだ。
「……嘘なんですか?」
「さてね。ボクも人から聞いた話だ。とはいえ、口封じをされているシュタルクが、そんな話をわざわざするかい?」
きっと誰かが作った噂話さ、と話を締め、彼は席を立つ。
「ちょ、話はまだっ……!」
「ボクから話を聞きたければ、今度はボクの部屋においで。そこでなら、ちゃんと相手をしてあげるよ…………ゆっくりとね」
慣れたようなウィンクを残し、ヴィクトールは去って行く。
せっかく彼のペースを乱したと思ったのに……結局、嘘ではぐらかされてしまった。
誰もいないのを良いことに、はあ、と大きなため息を吐く。
「…………これだから、嘘は苦手だわ」
吐くのも、疑うのも、疲れるばかりだ。
果たして、本当にヴィクトールの話は嘘だったのだろうか?




